50.枯渇
踏み均されてついた道を、3人はしばらく進む。その間も「魔力だまり」は見当たらない。エッタは「試しに」と魔素を集めてみたが、やはり薄く感じるようだ。
「魔法の使えないザゴスにもわかるよう解説しますと、いつもより深く吸い込まないと呼吸ができないような感覚ですわね」
普段はこんなことないのに、とエッタが言った時、「おい、あんたら」と声をかけてくる者がいた。
森の奥から現れたのは、四人組の冒険者であった。いずれも男性で、見た目からすると、戦士と探索士に魔道士が二人の構成であった。
「おやおや、見かけねぇ顔だな」
その中の一人、探索士の男が顎髭を撫でながら、そう口にする。
「俺たちの縄張りを荒らしに来たのか?」
ニヤニヤした笑いを浮かべているが、その目は鋭くこちらを威嚇している。その彼に、戦士らしい男が「ライン!」と呼びかける。
「こいつだ、そこのデカブツだ!」
指差されて、「あ」とようやくザゴスは気付く。昨日、ギルドで絡んできた野郎じゃねぇか。確か、ウルリスとかいう……。
「俺に舐めた真似しやがった野郎だ……!」
「ああ? 舐めてんのはテメェだろうが」
にらみ返すザゴスに、フィオは横から口を挟む。
「地元の冒険者といざこざを起こすなと言ったのに……」
「こ、こいつが絡んできたんだよ! ギルドの中で魔法まで撃とうとしやがって」
「まあ、街中で魔法を使うなんて野蛮な!」
「おま……!」
「お前が言うな!」と喉まで出かかったが、フィオの言葉を思い出し、ザゴスはそれを飲み込んだ。
「そうだ、それでいいぞザゴス」
「ちょっと、付き合いが悪いですわよ!」
「やっぱ舐めてんじゃねぇかお前ら!」
「ただで済むと思うなよ、余所者が!」
無視されたと思ったのか、ラインとウルリスはいきり立った。
「デカい顔してんじゃねぇぞ!」
「あぁ? 顔がデカいのは生まれつきだよ……って、おい笑うとこじゃねぇぞ」
吹き出したエッタをザゴスは振り返った。
「こいつら……!」
「ライン、ウルリス。落ち着け」
ここまでの様子を静観していた二人の魔道士の片方が、前でいきり立つ二人に声をかけた。
「セロもびくびくすんな、情けない」
言葉通り、もう一人の魔道士はどこか及び腰だった。セロと呼ばれた彼は真面目そうな印象で、四人組の中で浮いて見える。昨日も、ウルリスが魔法を使おうとした際に、制止するようなことを叫んでいたことからもうかがえる。
「テオバルト……」
進み出てきた魔道士に、ラインとウルリスはどこか遠慮がちに道を開ける。こいつが連中のボスだな、とザゴスは察した。
「あんたら、『魔力だまり』を調べる『クエスト』でここに来たんだろ?」
「そんなこと、あなた方には関係な――」
「そうだ」
エッタを制止し、フィオが代表して応じる。
「この辺りは俺らがやる。あんたらは余所でやれよ」
「あぁ? 何でテメェらに指図されなきゃならねぇ?」
「ここは俺らの縄張りだっつてんだろ! テメェらみたいなよそもんが、入っていい場所じゃねぇんだよ!」
ウルリスは吠えると腰の剣を抜き放つ。ラインも短剣を手にした。
「こういうワケだ、余所者。痛い目に遭いたくなかったら、黙って出て行くことをお勧めするぜ」
テオバルトは両手を広げて見せた。錬魔を始めていることは明白だった。薄暗い森にぎらつく白刃と魔法の気配に、ザゴスも腰の斧に手をかけた。
「あらあら、この森のこんなところが縄張りだなんて笑っちゃいますわね。この辺りは、養成所の訓練で使われるような場所だというのに……」
「何だと……?」
テオバルトの口元が引きつる。彼らの縄張りとは、「アンダサイの森」のごく浅い層らしい。
「お馬鹿さんにわかりやすくお伝えしますと、あなた方の実力も養成所の生徒程度、たかが知れている、そう言っているのですわ」
「この女、言わせておきゃぁ!」
「ならその力、お前の身体で試してやる!」
「かかってきやがれ、デカブツがぁ!」
完全に火がついた三人を、最後の一人のセロは怯えた目で見ている。止めたいが言葉が出ない、そんな様子だった。
「結構、教育して差し上げますわ」
マントを翻し、エッタが前に進み出る。それを支援すべく、ザゴスも斧を抜き放った。エッタの口から、魔法が紡がれ――
「みぎゃー!」
その前に、フィオがエッタの耳を無造作に引っ張った。時ならぬ奇声に、テオバルト以下4名はあ然となった。
「エッタ、やめろ。ザゴスも斧を収めろ」
耳を引っ張ってエッタを後ろに下がらせると、フィオはテオバルトに一礼する。
「失礼した。ならば、ここは貴殿らに任せよう。ボクらは西の森へ行く」
「おい、フィオ!」
「逃げんのか?」
ザゴスは驚き、テオバルトは嘲るように鼻で笑った。
「そうだ。冒険者同士、街の外で無闇に衝突することもあるまい」
意に介した風もなく、フィオは言い放った。
「おいおい、んなことしたら舐められるぞ!」
「舐めるだの舐められるだのと、君らは子犬か何かか?」
買うべきケンカじゃない。フィオがきっぱりと言い切るので、ザゴスも「わかったよ」と斧を収めた。
「フィオがそう言うなら、ここはこの方たちにお任せしましょうか」
右耳を赤くしたエッタも渋々といった様子であったがそれに従う。
「ではな」
言い置いて、フィオは踵を返す。ザゴスとエッタもそれに続いた。
「けっ、腰抜けが! お前らの実力こそたかが知れてんじゃねぇのかよ!」
ウルリスの言葉に、フィオは少し振り返る。
その瞬間、両パーティの間に電光が走り、大地を穿った。
「ぬわっ!?」
突然襲った雷の魔法に、テオバルトらは怯んで後ずさる。
「今は街の外だ、これで勘弁してやる」
街中で仕掛けてきたら――フィオの視線は雷よりも鋭く、テオバルトらを貫いた。
「思い知ることになる、とだけ言っておこう」
立ち去っていくフィオたち三人を、何もできずに見送るしかなかった。
「まったく、えらく歩かされましたわね」
「アンダサイの森」を出て「ミストゥラの森」に入ってからも、エッタはどこか不機嫌であった。その原因は単純で、ああしてテオバルトらを脅すのであれば、自分が魔法を使いたかったというただそれだけである。
「わたくしも魔法を準備していたんですよ? 幻魔黒光手で連中を殴り飛ばしたかったですわ」
「んなことでスネるなよ、ガキか……」
「そもそも、上級魔法をケンカで使うのは止せと言ってるだろ……」
フィオが幕を引きを図ったのは、エッタから上級魔法を錬魔する気配を感じたからであった。相手が無頼の輩とはいえ、一応この街の冒険者ギルドに登録されているのだ、下手に怪我をさせてはならない、と判断したのである。
「だって、ああいう場面でわたくしの有用さをアピールしておきたいじゃないですか」
「有用さなら調査の方で示してくれ」
「そうは言っても、『魔力だまり』なんてないですし」
「ミストゥラの森」は、街の城壁と接している周辺は元々魔獣が少ない。街の中の魔道士が魔素を集めてしまうため、「魔力だまり」が発生する余地がないためである。街から3マルン(約4.5キロ)程度の距離では、この森で調査をする意義は薄い。
「奥の方にも行ってみるか?」
ザゴスは北東の方角を見やる。少し煙っているように景色が揺れている。奥の方は魔素が強いようだ。
「いや、この森に入って既に3マルン程は歩いている。これ以上は調査範囲外だ」
「けどよ、報酬は『魔力だまり』を見つけた数の分上乗せじゃねえか」
これじゃあ期待できそうにねぇな、とザゴスはため息を吐く。元よりそれが目的ではないし、路銀も今の所困っていない。ただ、やはり上積みの報酬があるとやる気が出るのが冒険者というものである。冒険者の心理をよく理解しているこの条件は、グレースが付けたのだろうか。
「そもそも、そういうやり方がよろしくないですわよ」
エッタはため息をついて首を振った。
「そうか? 見つけた分、報酬が増えた方が気合入れて探すだろ」
「だって、目的が不明確になってしまうじゃないですか」
不明確? とザゴスは太い眉を寄せた。
「この『クエスト』の目的は、『魔力だまり』がどれくらい減っているのか、を確かめることです。そこに、『たくさん数を見つけたら、その分報奨金を増額する』なんて条件が付いたら、どうなります?」
「どうにかしてたくさん探し出そう、という連中は出てくるだろうな」
フィオも話に入ってきた。
「つってもよ、『クエストチケット』に記録されてんだから、嘘はつけねぇだろ」
「記憶織紙」製の「クエストチケット」には、所持している冒険者周辺の「クエスト」中の魔素の動き、即ち魔法の使用や魔獣との遭遇が記録される。今回の「魔力だまり」を探すような「クエスト」であれば、発見した数は人間が計測するよりも正確に記録される。
「虚偽はできないにしても、目的は違ってしまいますわ。『たくさん見つける』のではなく、『いくつあるのかを知る』のが目的なのですから。やってる者が目的を見失うことをよしとするならば、それは奴隷的搾取の始まりですわよ」
むう、とザゴスはうなった。エッタに感心したのは初めてかもしれない。彼女の言うようなことを、今まで考えもしなかった。
「エッタはこういう条件を嫌うよな」
「……まあ、すぐに目的を見失ってしまうお馬鹿さんばかりですからね」
少し俯いた横顔は、言葉ほどの棘があるようには聞こえなかった。
「それはさておきまして」
エッタは顔を上げた。
「やっぱり、誰かが魔法実験をしたんじゃないんですの? 申請せずに」
「ミストゥラの森」の街周辺の区域はともかく、「アンダサイの森」でまったく「魔力だまり」が確認できないのはおかしい、とエッタは重ねて言った。
「申請せずに実験、って簡単にやれるもんなのか?」
「難しいと思いますよ。実験器具は全部大学のものですから」
「どういうことだよ?」
「えーと、武器や防具は全部ギルドの所有物で、冒険者個人が所有することは認められず、『クエスト』に出るならそれを借りなければいけない、というような状態を想像していただければ、ザゴスでもわかりますよね?」
悔しいが、ザゴスにはそのたとえはよく理解できた。
「ならば、申請できない実験だったら?」
フィオの言葉に、「できない?」とザゴスは首を傾げる。
「例えば――『邪法』の実験」
「――造魔獣!」
エッタとザゴスは顔を見合わせた。
「タクト・ジンノを殺したブキミノヨルは、この辺りの魔素を利用して造られたものかもしれない」
造魔獣1匹造るのにこれほどの魔素が必要なのかは疑問は残るが、とフィオは付け加える。
「いえ、造魔獣は失われた技術です。失敗もしたでしょう」
そうして実験を繰り返したのが、魔素の枯渇の原因。可能性はありますわよ、とエッタは首肯した。
「一度戻ろうぜ。『魔力だまり』は見つかんなかった、で『クエスト』は終わりにしてよ」
「そうだな。サイラス師にこの考えを相談してみよう」
3人はうなずき合って、バックストリアの街へ戻ることにした。




