51.襲撃
街に戻り、冒険者ギルドにて「クエスト」の報告を行った後、3人は「エクセライの研究塔」を訪ねた。角のことだけではなく、「魔力だまり」の枯渇についても尋ねるためである。
しかし、朝から変わらず扉の鍵は閉まっている。呼びかけてみても返事がないのも同じだ。
「うーん、おかしいですね……」
エッタは困ったように塔を見上げた。
「出掛けるのは珍しいことなのか?」
「基本はそうなんですが……。ただ、年に数回、突然放浪の旅に出かけてしまうこともあるので……」
エッタと同居していた頃も、急にふらっといなくなって1か月ほど帰ってこないこともあったという。
「調査を請け負っているのにか?」
「ええ。大学から依頼された調査の最中でも、脱線して『別の興味が沸いた』と言っていなくなったこともありましたわ」
「気まぐれにも程があんだろ!」
ザゴスは首を振った。安易に角を預けたのは失敗だったのかもしれない。
「また放浪の旅に出ているとしたら……」
「しょうがない、出直そう」
フィオはがっくりと肩を落とした。
その夜、ザゴスたちは街の酒場で夕食を囲んだ。
「白き賢人亭」というその店は、バックストリア大学の学生御用達の酒場であり、またサイラスの行きつけの店でもあった。
「もしかしたら、とも思ったんですけど……いないですね」
当てが外れてエッタは「まあ、そうですわよね」と肩をすくめる。
「学生御用達、という割に冒険者も多いようだな」
フィオは辺りを見回す。店の中は、学生と冒険者パーティが半々ぐらいだろうか。
「大学卒業後に、魔法を実戦で試したくて冒険者になるという方もよくいるんです」
「テメェもそのクチってわけか」
ええ、とエッタはうなずいた。
「そういう方が、学生時代の郷愁に駆られて利用することも多いのですよ」
学生がよく利用することからもわかる通り、価格も比較的抑えられており、かつ量が多い。そういった点も、冒険者の需要と合致しているのだろう。
ザゴスらが食事を終えようという頃、隣のテーブルに四人組の冒険者がやって来た。
「はー、しっかし今日は疲れたな。これだけ歩き回らされちゃ参るぜ……」
パーティのリーダーらしき男が、そうボヤいて首元を手であおいでいる。
「あの方たちも、『魔力だまり』の調査をしていたんですかね?」
「だろうな。目標もなく数を数えるだけなんて、魔獣とやり合うより疲れるぜ」
ザゴスは3杯目のジョッキを空にした。おかわりを頼もうとした時、隣の冒険者たちの口から、覚えのある名前が聞こえた。
「そう言えば、テオバルトのパーティが戻ってないらしいよ」
おや、とエッタは片眉を跳ね上げる。
「テオバルトって、俺らが会った連中じゃねえか?」
会ったのは、まだ昼ごろだったはずだ。それが今は夕飯時、「アンダサイの森」の浅い層にいるにしては、戻ってくるのが遅い。
「道に迷っているんだろうか」
「いっくらラインの腕が悪いからってさ、あんな森で迷う冒険者がいるわけないじゃん、ガキじゃあるまいし」
「しかも、あそこは連中の縄張りなんでしょ?」
どこか嘲るような口調であった。テオバルトらは、このバックストリアの冒険者の間でも鼻つまみ者なのだろう。
「欲深いヤツらのことだ、『魔力だまり』を探してうろついてんだろ?」
「城門が閉まるまでは粘りそうだものね」
「日が沈みかけてから、急に出てきやがったしな」
その言葉を聞いてか、フィオが立ち上がった。
「おい、どうした?」
ザゴスの問いかけをよそに、フィオは隣のテーブルの冒険者らに話かけた。
「失礼、少しいいだろうか?」
フィオが名乗ると、冒険者らのリーダーらしき男は「俺はリックだ」と応じた。
「ボクはヤーマディスから『クエスト』のためにこの街に来た冒険者だ。少し事情があって、『魔力だまり』調査の『クエスト』にも参加していてな、『魔力だまり』はほとんど見つけられなかったんだが……」
それがどうしたんだ、とリックは人のよさそうな顔を傾ける。
「今貴殿らの話によれば、日が沈んでから『魔力だまり』が発生してきたように聞こえたのだが、それは本当か?」
リックは残る三人のパーティメンバーと顔を見合わせる。
「本当だよ。『アンダサイの森』の方だけどね」
ユントと名乗る魔道士の青年がうなずいた。
「僕らは『カウク湿地帯』から『アンダサイの森』の入り口辺りをうろうろしてたんだ」
それより奥には入りにくいからね、とユントは肩をすくめる。
「君は知らないだろうが、『アンダサイの森』にはここ最近、性質のよくない冒険者がたむろしていてな。バックストリアの者は、特別な用事がない限りは近づかないのだ」
トレヴァーという治癒士の男が横から口を挟んだ。
「それならば身を持って知った。テオバルトやウルリスという連中だろう? ボクらも彼らと出くわし、仕方なく引き返して『ミストゥラの森』で調査をしていたんだ」
フィオの言葉に、「余所者がー、とか言って絡んでいきそうだもんな」とリックは顔をしかめた。
「日が沈んできてね、だけど一つも『魔力だまり』が見つからないから、こうなったら『アンダサイの森』の奥にでも行ってみようか、って話になったんだ」
「アンダサイの森」の入り口から、リックらは東へ伸びる道を選んだ。北西の道に比べると強い魔獣の多い道であったが、あちらの道の先にはテオバルトらがいることはわかっているので、それを避けて少し危険を冒した格好である。
しばらく進んだところで、パーティの探索士であるアイリが「魔力だまり」に気付いたという。
「気味悪くってさー。さっきまでなかったとこに突然、だもん」
四人の中で唯一の女性であるアイリは、身震いするような仕草を見せる。
「それもどんどん増えていってんの。あっちこっちから気配がして」
「不気味だったから、そこで調査を切り上げたんだよ」
「いくら上乗せがあるからっても、命あっての物種だからな」
そうリックが言葉を継いだ。
「テオバルトたちは、まだ調査やってるかもな。もうすぐ城門も閉まるってのに……」
連中のこと心配してるのか、と尋ねられ、フィオが「いや……」と言いかけた時だった。
ズン、と横っ面を殴られるような衝撃が「白の賢人亭」の建物を襲った。強烈な揺れに、立っていたフィオはたたらを踏む。
「危ねぇ!」
ザゴスがすぐさま立ち上がって、その肩を支えた。
「何だってんだぁ!?」
店の中はどよめきに満ちていた。テーブルから皿が落ちて割れ、料理が床に散乱する。中にいた冒険者らのほとんどは警戒したように立ち上がり、学生たちは怯えた様子だった。彼らの中には、頭を抱えてテーブルの下に潜り込んでいる者すらいた。
混乱の中、外から大きく高い音が聞こえる。耳慣れない音だが、それは胸の中を激しくかき乱すように響いた。
「これは、非常警報……!」
リックは厳しい顔で天井をにらみ、パーティの面々とうなずき合うと、鎧兜を手早く身につけ始めた。
「ただごとではありませんわよ」
冒険者たちの中で、唯一慌てた様子もなく着席していたエッタも立ち上がった。
バックストリア大学の時計台から、非常警報が鳴らされる事態はただ一つ、魔獣の襲撃を受けた時である。それを理解しているバックストリアの冒険者たちは、皆武装し店の外へ飛び出していく。
「ボクらも行こう」
エッタから説明を受けて、フィオは双剣を腰に差した。ザゴスも二本角の兜をかぶり、斧を手にした。不安げな学生や店員たちを横目に、三人も他の冒険者たちに続く。
魔道灯に照らされた石畳に飛び出すと、煙の上がっている建物がいくつも目に入ってくる。
店の前にいた十数人の冒険者らは、一様に空を見上げていた。ザゴスもそれに倣い、絶句した。フィオは息を飲み、エッタもいつになく厳しい表情を浮かべる。リックをはじめとした周りの冒険者たちも同様であった。
バックストリアの上空、夜空を覆いつくす程の魔獣の群れ。1000は下らないだろうそれらは、翼を大きく動かして屋根よりも高いところから街を見下している。
「何だ、あれは……!」
「すごい数だ!」
「どうして街中にまで……」
「おい、見たこともない種類だぞ、ありゃ……」
正体不明の襲撃者たちに動揺が広がる。その中で、魔獣共の姿にザゴスには見覚えがあった。それはフィオも同じだろう。
「もしかしてあれって……」
エッタの問いにザゴスはうなずいた。
「おう、『魔女の廃城』で俺らが出くわした……」
「ブキミノヨル!」
人のような体に黒くねじくれた角と蝙蝠の翼を持つ、忌まわしき造魔獣の群れは、手にした短い槍を振りかざすと、雨のように一斉にバックストリアの街へ降り注いだ。




