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38.「悪役」

 

 

 その夜、エッタはギルド併設の食堂で一人休んでいた。昼間の街中での攻撃魔法使用に関して、この時間までこってりと絞られていたのだ。


 何枚も反省文を書かせるなんて、本当に無駄なことをさせますこと。エッタはペンを握りつかれた右手を見やり、ため息をついた。


 他に冒険者の姿はない。既に時刻は遅く、ギルドの受付も食堂の営業も終了していた。


 エリザは二階で事務仕事をしているようだ。閉じられた配膳口を横目に、エッタは隅に置かれたラックから「ニュース」を取ると、テーブルに広げた。


 室内魔道灯の、ロウソクを模した赤っぽい光の下で、偽勇者の顛末を改めて読みながら、ドルフの言葉を思い出す。


(魔人は、タクト・ジンノは異世界から来た人間――)


 異世界、か。何故こちらの世界に来たのだろう。元いた世界が嫌になったのだろうか。もしそうなら、こちらでもこんな不幸に見舞われてしまって、さぞかし辛かっただろう。


 その(ページ)には、タクト・ジンノ自身にまつわる挿絵は、魔人のものただ一つしかなかった。


 それも、見たままではないだろう。膨れ上がった身体、いぼが密集し盛り上がった四肢、破れたような蝙蝠の羽に、ねじくれた幾本もの角。醜悪に歪められた、大衆の望む退治されるべき邪悪な魔獣の姿だ。


 威嚇する猿のような顔で描かれた魔人を見やり、エッタは思う。一体元は、どんな顔をしていたのだろうか。どんな望みを持って、この世界で生きていたのだろうか。どんな目的で、彼は召喚されたのだろうか。


 無論、今それを考えても仕方がない。どこまでが忌むべき神の計画で、それが狂ったのかどうかさえ人間にはわからない。まして、この少年はもう死んでしまったのだ。


 どこか郷愁に似たその感情を抱えていると、そこでギルドのドアが開く音がした。振り返ると「やあやあ」とカーヤがこちらに右手を挙げた。


「反省文は終わったみたいだね」

「お陰さまで」


 カーヤは腰の物入れから布の袋を取り出すと、テーブルの上に置いた。袋はジャラリと重たい音を立てる。音からしてみると、中は硬貨のようだ。


「これ、お尋ね者の賞金。あんたの取り分ね」

「おや、わざわざこれを届けに?」


 そりゃあねー、とカーヤは応じながら手近の椅子に座る。


「その日の報酬は、その日の内に。でないと、ワケわかんないことになっちまうよ」


 カーヤは、エッタと常にパーティを組んでいるわけではない。必要に応じて「ゲスト」としてパーティに加入し、「クエスト」をこなすやり方で生計を立てている。


 エッタとフィオのパーティは探索士(スカウト)が不在のため、よくカーヤの世話になっている。一度、正式にパーティメンバーになるよう誘ったこともあるが、「ゲストの方が性にあってっから」と断られてしまった。


「長い付き合いなのだから、信用していますわよ」

「ダメダメ、そういうのはきっちりやっとかないと」


 ま、その方がありがたいですけどね。エッタは袋の中の銀貨を数える。お尋ね者の賞金は銀貨30枚、袋には15枚入っていたので、契約通り折半になっている。労働者の一日当たりの賃金が銀貨1枚とされているため、かなりの儲けと言える。


「うふふふ、気になっていた魔道書を買おうかしら」

「あんた、まだ魔法を覚える気?」

「バリエーションを増やしておけば、いろんな場面に対応できますから」


 今でも十分でしょ、とカーヤは苦笑した。


「何せ、全部の属性が使えるんだからさ」


 魔法は八種の属性に分かれる。即ち、「炎」「水」「風」「土」「光」「闇」「癒」、そして「神」である。この内、「神」属性は文字通り神の力であり、勇者ヒロキ・ヤマダ――とタクト・ジンノ――が振るったという「ゴッコーズ」を除けば、人間には使えないものとされていた。ここで言う全部とは、「神」を除く七属性のことである。


 人間一人が扱える魔法の属性は、原則的に一つである。二つ目以降の使用は、本人の素養と努力次第だが、三つまでなら使える魔道士は珍しくない。それが四属性ともなれば稀有な魔道士であるし、五属性以上ならば天才と呼ばれよう。


 カーヤの言う通り、エッタは人の扱える七属性すべてを使用できる「大天才」であった。故に彼女は「七色の魔道士」の異名をとる。


「使える属性が多いから、バリエーションを増やしたくなるんですわ」


 一つの属性の中でも、魔法の種類は多岐に渡る。例えば「風」属性の魔法は、その発現の形態によって「風」「雷」「音」の三系統に分類される。そこから更に攻撃魔法、強化魔法、探索魔法などと細分化されていく。


「どこかの誰かさんが、正式にパーティに加わって下さらないことですし、探索魔法をもっと覚えようかしら」


 探索魔法は、その名からもわかる通り探索士(スカウト)の領分である。昼間にカーヤの使った光透視(レイ・サイト)などは、その典型的な魔法の一つだ。


「まあまあ、クッソヤバそうな事態でもない限りは、手伝ってあげるし」

「例えばどんな?」

「そだねー……。王国の機密に関わる! みたいなヤツとかさ」


 エッタは内心ぎくりとする。探索士(スカウト)はその特性上、情報に通じている者が多い。また、勘が鋭くなくては務まらない職種でもある。何か知っているのか、それとも気付いているのか。カーヤの茶色い瞳からは何も読み取れなかった。


「ま、そんな話一介の冒険者には来ないよね」

「そうですわね」


 二度、三度とエッタは余分にうなずいておいた。カーヤはちらりとテーブルの上の「ニュース」を見やる。


「そういや、フィオってもうすぐ帰ってくるん?」

「明日、帰ってくると聞いていますわ」


 ドルフは明日、街中の冒険者や有力者を招待して、フィオの祝勝会を催すとも言っていた。帰ってくることくらいは伝えてもいいだろう。


「ていうかさぁ」


 カーヤは机上の「ニュース」をめくる。


「ずっと疑問だったんだけど、何で二人で出なかったん?」


 カーヤの開いた(ページ)には「フィオラーナ・ダンケルス、『天神武闘祭』制す」の見出しが踊る。


「今年って二人一組で戦う形式だって聞いてたから、他のみんなも結構首を傾げてたよ」


 何故エッタを「天神武闘祭」へ連れて行かないのか、という疑問は、ヤーマディスの多くの冒険者が抱いていた。ただし、それを直接尋ねるものは少ない。その理由は簡単だ。


「やっぱり、謹慎のせい?」


 このように、多くの冒険者が「エッタのことだから、謹慎のせいで推薦が得られなかったのだろう」と勝手に結論付けるためである。


「……まあ、そんなところですわ」


 そのため、エッタも聞かれたら謹慎のせいにするようにしていた。


 本当の理由を、エッタの口からは話せない。カーヤは、フィオが「戦の女神」に対して持っている感情を知らないのだ。そもそも「神に逆らう」などということは、一般的に歓迎されることではないので、フィオも必要がなければ口にしない。よくパーティを組んでいる間柄とは言え、そこにエッタはカーヤとの断絶を感じずにはいられない。


「何者なんだろうね、このフィオと組んで優勝したって人」


 「ニュース」は、縦1シャト4スイ横2シャト(※42センチ×60センチ、A2程の大きさ)の専用の用紙10枚から15枚ほどで構成されている。今回は「天神武闘祭」の特集とあって大増版の18枚構成であったが、フィオと組んだ冒険者については、その名前すらも一か所でしか触れられていなかった。


「名前、何でしたっけ。基本的にお供って書かれてましたわよね」


 「お供」とされているということは、社会的身分が低い人間であることは想像に難くない。「ニュース」には挿絵も大小いくつかあったが、大きく載っているのはフィオの肖像と伝聞で描かれた禍々しい魔人の姿くらいか。繰り上がりで準優勝となったアドイックの冒険者コンビ、バジル・フォルマースとグレース・ガンドールについては似顔絵付きで載っていたのだが……。


「えーっとね、確かここに書いてあったはず……」


 (ページ)の端に載っていた最終的な順位表を見つけ、カーヤは指差した。


「ザゴス……。何だか弱そうな名前ですわね」

「え、そうかい?」


 酷い言いがかりだね、とカーヤは苦笑う。


「だって、ザゴスですよ? ザの後にゴと来て、スですよ? ガギグゲゴとザジズゼゾが自己主張してやまない名前ではないですか」

「え? ガゲギ……? 何?」

「ともかく、こういうのは弱いと相場が決まっています。見かけ倒しにやられていく巨漢みたいな人に適当に付けておく名前ですわ!」


 ばっさりとエッタは切り捨てた。


「その人、『天神武闘祭』優勝してんのに?」

「フィオと組んだら、よっぽどのポンコツでもない限り、絶対優勝できますわ」


 これはその実力、見極めねばなりませんわね。エッタは内心で呟く。


 ドルフの話では、フィオはザゴスを連れてくるという。ザゴスはアドイックの冒険者だが、街を離れてやってくるということは、秘密任務にも関わってくるのだろう。


「うふふふ、目にもの見せてあげますわ、ザゴスとやら……!」


 両の腕に力を込めて拳を握るエッタに、「程々にしときなよ」とカーヤは呆れたように笑った。



 階下に降りてきたエリザに追い立てられるように、エッタとカーヤはギルドの建物を出る。外はすっかり夜の色だった。ギルドの建つ「黄金通り」には、その名に基づいた金色の魔道灯が輝いている。


 カーヤと別れ、エッタは一人家路についた。このヤーマディスの家は、冒険者になって一年経った頃に、フィオと共同で買ったものだ。フィオが「天神武闘祭」でアドイックへ向かってからは、一人で過ごしている。


 あの日、「天神武闘祭」の推薦を得た後、フィオはその栄誉を報告するべく一度実家に戻った。


 そして帰ってきて、エッタに「君は連れていけない」と突然告げた。


 今年の「武闘祭」は二人一組で戦うと聞き、準備していたエッタにとって、それは寝耳に水の出来事であった。


(この『天神武闘祭』への出場権獲得は、どうやら『戦の女神』の差し金のようだ)


 フィオは厳しい表情で言った。フィオにとって「武闘祭」への出場は、冒険者になってからの目標の一つだった。それを汚された思いがしたのだろう。


(もしかすると、君を連れて行くこと自体が、計画の範疇かもしれん。ならば、その思惑に乗るわけにはいかない)


 フィオの気持ちはよくわかる。「戦の女神」に翻弄されてきた家の歴史も聞いている。女神に背くために必要なことだったとも理解している。


 それでも、自分を連れて行ってほしかった。勇者を倒すなんて、本当に「悪役」冥利につきることですのに。


(『悪役』か、それはいいな)


 初めて出会った時、かけられた言葉が胸に蘇る。


(ボクも、ボクの血筋も、神に見捨てられているからな――)


 「戦の女神」に逆らうことがフィオ自身の冒険ならば、それを「悪役」として共にしよう。そう約束したのだから。


 だから、今度こそは。その約束を果たし、エッタがフィオの隣に立つのだ。


 星と魔道の明かりの下、エッタは石畳の道を行く。明日からの冒険へ想いを巡らせながら。

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