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冒険者ギルドの受付でチート持ち主人公の噛ませ犬にされた男の一生  作者: 雨宮ヤスミ
バックストリア編

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37.ヤーマディス候ドルフ・アドニア

 

 

 ヤーマディスは、300年前に勇者ヒロキ・ヤマダが拓いた街である。特徴的な円形の都市計画は、その際になされたものだ。


 円の中心にはヒロキ・ヤマダがかつて住んだという屋敷が建っている。勇者亡き後は、その遺言に従ってアドニス王家所縁のものが住まい、この街の領主を務めている。


 現在の領主の名はドルフ、現国王ダリル三世の末弟である。


「ヘンリエッタ=ハンナ・レーゲンボーゲン、参上いたしました」


 この領主の館をエッタは訪ねていた。


(ちょうどあなたを探していたのよ)


 盗賊の男をカーヤが連行して行った後、エリザはエッタにそう話を切り出した。


(さっきドルフ様のところから使いが来てね、あなたに話したいことがあるから屋敷に来るようにって)


 そんな折に、巨大な石塔隆起(ロック・リフトアップ)の発動が見えたという。


 お陰で探す手間が省けましたわね、とエッタが冗談めかして言うと、エリザは「そうね」と応じた。


(この後説教する手間が増えたけれどね)


 ともかく先にドルフ様の用事を済ませるように、と言われ、エッタは一旦解放されたのだった。無論、用事を済ませたらギルドに戻り、こってりと絞られるのだが。


 ひざまずいたエッタに、ドルフは親しげに微笑みかける。


「うむ、よく来たなエッタ」


 ヤーマディス候・ドルフは今年で38歳になる。若かりし頃は冒険者としてこの街で活動していた行動派で、引退して10年となる今もその剣の腕は衰えていない。筋骨たくましい体つきは、現役の冒険者と並んでも遜色なく見える。


 たびたび冒険者ギルドを訪れては若い冒険者と話をしたり、時には力比べをしてみたりと親しまれている。ヤーマディスのギルドに登録する冒険者が王国で最も多いのは、このドルフの人柄が大きかった。


 とりわけエッタは、このドルフとよく顔を合わせている冒険者の一人だ。何せ、冒険者の規約はギルドと街の取り決めでもあり、その違反者に謹慎を申し付けるのも領主であるドルフの仕事だからだ。


「謹慎が解けて即、街中で魔法を使っちまうとはな。なかなかの『悪役』ぶりだ」


 この館からも見えていた、とドルフは笑うが、エッタはヒヤリとする。


「や、やはり謹慎……?」

「今回のことはいいさ。カーヤが盗賊を捕まえてきたが、それに協力したんだろ?」


 既にその報告も耳に入っているようだ。とりあえず今回は「不問に処す」ということで、エッタは少しホッとする。


「それに、お前を謹慎させている暇はないかもしれん」


 不意にドルフの目が鋭さを増す。ただならぬ雰囲気に、エッタは居ずまいを正した。


「何か、面倒事でも起こりましたか?」

「今日お前を呼んだのは他でもない、あいつのことだ……」

「あいつ――フィオですか?」


 ああ、とドルフはうなずいた。


 フィオラーナ・ダンケルス。「紅き稲妻の双剣士」の称号を持つ、ヤーマディスきっての冒険者だ。エッタとは冒険者になった年が同じで、その頃からパーティを組んでいる。


 このフィオが、アドニス王国で最も名誉ある武術大会「天神武闘祭」で優勝を果たしたのが、つい3日前のことだった。


 「天神武闘祭」の後ともなれば、アドイックから離れた街でも大きく盛り上がる。特に、優勝者を推薦した都市はそうだ。


 だが、今年はどうにもそういう空気が薄い。元老院が5日に一度、布告の周知も兼ねて発行し王国全土に配っている「ニュース」でも、第一に取り扱われていたのは武闘祭のことではなかった。「武闘祭」の最中に起きた、あの事件が尾を引いているのだ。


「偽勇者騒動のことは聞いているか?」

「はい。『ニュース』に載っている程度のことなら、目を通しておりますわ」


 「ニュース」は、地方の村落では識字率が低いこともあって各村に1部や2部程度だが、ヤーマディスのような読者の多い都市部であれば3000部から5000部は配布され、食堂や商店などに届けられる。特に「印刷魔法(グーテンベルク)」の発達が著しいここ20年で、「ニュース」の発行部数は飛躍的に増えていた。


 エッタも、冒険者ギルドの食堂に置かれる「ニュース」を読むのを5日に一度の楽しみにしていた。


 最新の「ニュース」が発行されたのが、つい昨日のことだった。「天神武闘祭」の結果に関しては「号外速報」で伝え聞いていたので、詳細な試合内容を読むのを楽しみにしていたのだが、まさか「大闘技場(コロシアム)」が破壊されるような事態が起こっていたとは……。


「あれを読んだ日は、アドイックへの早馬車に乗ろうとする自分を抑えるのに必死でした」


 謹慎中は冒険者証の資格が停止されるので、自由に街の外に出ることはできない。


「抑えるって、ヤーマディスの早馬車の駅で、無理矢理に乗ろうとしていたっていう目撃証言も聞いているが……」

「そうでしたっけ、うふふ?」


 かわい子ぶって笑い、エッタは完璧に誤魔化したつもりになった。


「まあ、ともかくだ。勇者を名乗った少年は魔人と化し、散々暴れ回って騎士団と『大闘技場(コロッセオ)』を半壊させて、俺の可愛い姪っ子(ディアナ姫)を誘拐し、結局捕縛されて処刑されたわけだが……」

「それを捕まえたのも、フィオなんですわよね?」


 この一件、「ニュース」では次のように報じられている。


!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!


 悪しき心と強大な魔力を持った男が、アドニス王国に害をなさんと企んだ。「異世界から来た勇者」を名乗り、あたかも300年前の勇者ヒロキ・ヤマダの再来であるかのように振舞った。


 「戦の女神」の敬虔な信徒たるカタリナ・カームベルトをはじめとした数人の冒険者を誑かし、王城に潜り込むと「ゴッコーズ」を持つかのように見せて王をも欺いた。


 伝統ある「天神武闘祭」への出場権を、デンナ家から騙し取り、まんまと「大闘技場(コロシアム)」に入り込めば、その邪悪なる力を振るい名だたる戦士たちを甚振り、辱めた。


 卑劣なる偽勇者は決勝まで勝ち進むも、勇者の血統を継ぐダンケルスが子、フィオラーナ・フレデリック・ヤマダ・ダンケルスとその従者に敗れ去る。


 天より我らを見守りたる上帝は、ここで偽勇者に天罰を下し、その身を魔人へと堕とした。魔人へ堕ちし偽勇者は、それでもなお抵抗し、悪しき魔力によって王国騎士団を退け、「大闘技場(コロシアム)」を破壊し、更にはディアナ王女を拐(かどわか)さんとした。


 だが、それを阻んだのもまた、彼の「紅き稲妻の双剣士」フィオラーナ・ダンケルスであった。


 正義の刃に追い詰められ、魔人は呪われし「魔女の廃城」へと逃げ込むも、その凄まじき魔力を使い果たし、騎士団の援助を受けたフィオラーナにより捕縛される。


 魔人は王宮に引き渡され、斬首刑に処された――


!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!¡!



「……そこなんだがな」


 ドルフは一旦、辺りをはばかるように見回して椅子から降りた。そしてエッタに近づき顔を寄せた。


「実は、この魔人は処刑されたのではなく、『魔女の廃城』で殺害されたのだ」

「フィオが手を下したのですか?」


 いいや、と更に声を低くする。元々声の大きなドルフであるので、それでも普通にしゃべるくらいの大きさであったが。


「それが、魔人と似た姿をした未知の魔獣に殺されたらしい」

「おや、それは……」

「しかも、だ。その魔獣はまるで魔人を処刑するために出てきたかのような、時機の良さで現れたというんだ」


 一体どういうことなのでしょう、とエッタは首を傾げる。


「更に、偽勇者なんてことになっているが――魔人は、タクト・ジンノは異世界から来た人間で、本当に『ゴッコーズ』を持っていた可能性が高い」

「つまり、本物……?」


 エッタは息を飲んだ。今、ドルフが語ったことは重大な機密ではないか。


 アドニス王国における「ニュース」とは、第三者である報道機関が発行するものではない。王室の助言機関である元老院によるものだ。言わば「ニュース」とは官報であり、それに書かれた内容は、国の公式見解なのである。


 それとまったく反する内容を何故今、一冒険者に過ぎないエッタをわざわざ呼び出して聞かせているのだろう。


「兄上は、ダリル陛下は今回の事件を重く見ている。そして、フィオに『クエスト』を出した。『この偽勇者事件の真相を明らかにせよ』とな」


 そのフィオは、唯一の手がかりらしい謎の魔獣の一部を持って、このヤーマディスに明日帰ってくるという。


 明日とは急な話だ。事前に手紙くらい寄越せばいいのに、と思ったが、秘密の任務を受けたために出せなかったのかもしれない、とも想像できる。


「俺は兄上からフィオの支援を要請された。とは言え、俺は領主だ。あいつに同行したり、一緒に戦ってやったりはできない」


 国王陛下もそんなつもりで支援要請を出したわけではないと思いますけど、とエッタは内心で呟く。ドルフは今でも、隙あらば自分が現場に出ようとするきらいがある。


「そこで思いついたのが、お前だエッタ。お前は少々やり過ぎるところもあるが、優秀な魔道士だ。そして、フィオと長らくパーティを組んでいる。だから……」

「つまり、わたくしがドルフ様に代わって、フィオと同行したり一緒に戦ったりすればよろしいのですわね?」


 そういうことだ、とドルフは深くうなずいた。


「承知いたしました。謹んでお受けいたしますわ」


 エッタは優雅に微笑んで見せた。その笑みを、ドルフは「頼んだぞ」と受け取った。


「察していると思うが、これは秘密任務だ。無闇に他言してくれるなよ」

「もちろん、心得ておりますわ」


 このわたくしにお任せを、とエッタは胸を叩いた。

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