その後のアドイックの冒険者
昼時の冒険者ギルドの食堂は、大いに賑わいを見せていた。
近隣の「ニギブの森」や「ラバハイカ地下洞」などで、朝から「クエスト」をこなしてきた冒険者たちが、腹をすかして戻ってくる。
厳つい鎧や武器を提げた冒険者たちがつくテーブルの間を、給仕の少女――ビビは料理を載せたトレイを片手にちょこまかと駆け回っていた。
「はーい、お待ちどうさまー」
ビビは皿をテーブルの真ん中に置く。テーブルについていた二人の男の内、簡易な鎧をつけた背の低い男が「ありがとよ」と応じた。
「板についてきたじゃねえか、ビビちゃん」
その男、クサンは愛想のいい笑顔をビビに向ける。
「お陰さまでね。忙しいったらないけどさ」
そう言う傍から「おーい」と別のテーブルから声がかかる。「はいはーい」と応じて、ビビはそちらへ向かって行った。
「うーん、かわいいなあビビちゃん……」
「まだ少女と言ってもいい年齢の子を、そんな目で見るとは……」
小走りに去るビビの尻に視線を注ぐクサンを、もう一人のローブの男――イーフェスが白い目で見やる。
「うるせぇな! 愛に歳は関係ないだろ!」
「見境というものを持ってもバチは当たりませんよ」
それより、とイーフェスは話を変える。
「新しいパーティメンバーのことですが」
「おう、誰か候補がいるのか?」
応じて、クサンは皿に盛られた手羽先にかぶりついた。
「天神武闘祭」から7日が過ぎようとしていた。
大闘技場は修復魔法により、外観上は復元されたように見えるが、使用許可が下りるまでは時間がかかるだろう。
王宮も、勇者と一度認めた少年が魔人と化したことについての調査や、王立騎士団の人員補充など、事後処理に大忙しのようだった。
あれから、アドイックの街は落ち着きなくざわめいているようにも見える。勇者を「騙った」魔人の出現は人々の不安を煽り、礼拝所を訪れる人間が増えたようだ。
そんな中、冒険者ギルドに持ち込まれる「クエスト」も数が増していた。
ここは稼ぎ時だ、とクサンはメンバーの追加を決意する。パーティの人員が増えれば、それだけ受けられる「クエスト」の種類も増えるからだ。
そこでイーフェスに「腕のいい戦士を探して声をかけてくれ」と依頼したのだ。
クサンは情報収集能力に長けるが、人望は薄い。一方、イーフェスは実家の家業のこともあって意外なところに顔が利く。新たな仲間を募るなら、イーフェスを介した方が効率がいい、とクサンは判断したのだ。
「まず、クサンさんお望みの女性冒険者ですが……」
「どうなった?」
「全員に拒否されました」
クソッ、とクサンは鶏の骨を吐きだした。
「何でだよ……」
「たまにはご自分の行動を省みても、バチは当たりませんよ」
じゃあ男は、と明らかにやる気を失った声でクサンが言った時だった。ギルドのドアが開き、一人の男が入ってきた。彼は耳目を集めながら、真っ直ぐクサンたちの座るテーブルに向かって歩いてきた。
「やあ、二人とも。食事中すまない、少しいいだろうか?」
声をかけられて、イーフェスとクサンは顔を見合わせた。
「単刀直入に言おう。私とパーティを組んでくれ」
その男は、先の「天神武闘祭」で3位入賞――いや繰り上がりの準優勝を果たした、アドイック冒険者ギルド最強の剣士、バジル・フォルマースは爽やかな笑顔を浮かべた。
「バジル……。あんたが、俺らとパーティを組むってのか?」
「ああ、そうさ。是非に君たちと組みたいと思っている」
そう応じながら、バジルは椅子についた。
「ダメだろうか?」
「いや、大歓迎だけどよ、何でまた……?」
クサンの問いに「理由は二つある」とバジルは右手の人差し指と中指を立てた。
「一つはね、グレースが冒険者を廃業してしまったことさ……」
魔人との戦いで重傷を負ったことで嫌気がさしたのか、「学術都市バックストリアで魔法の研究をする」と言い出し、バジルが止める間もなく街を出たそうだ。
「なるほど、あんたのパーティは解散したってことか」
最近見ないと思ったら、美人が街から一人減っちまったか。そう内心で嘆きながら「しかし」とクサンは重ねて尋ねる。
「あんたなら他の冒険者からも引く手数多だろうに、どうしたって俺たちなんだ?」
「それに、今なら王立騎士団に入団する道もあるでしょう。バジルさんの実績なら、むしろ歓迎されるのでは?」
二人の言葉にバジルは大きく首を横に振る。
「確かに、他のパーティや騎士団からも勧誘されたよ。だけど、私は君たちがいいんだ。それが二つ目の理由さ」
「何か嫌な予感がするな……」
クサンはそう呟いたが、それはイーフェスも同じらしく、困惑している。二人の様子をよそに、バジルは続けた。
「君たちは、あのザゴスくんとパーティを組んでいるそうじゃないか!」
そこかよ、とクサンは安心半分、呆れ半分の表情で息を吐いた。
「彼は、私の今の目標なんだ。3年かかっても私が辿りつけなかった高みに、彼は一度で立って見せた。更には、あの魔人をも討伐したというじゃないか。魔法を使えない身で、一体どれほどの修練を積んだというのか……。是非とも、私はそれが知りたいのだよ! だから彼の近くで冒険者として……」
「も、盛り上がってるところ申し訳ないんですが……」
熱弁を振るうバジルを、恐る恐るイーフェスは遮った。
「ザゴスさんとはもう我々、パーティを組んでいないんですよ」
「何だって!?」
一体いつから、と問われてクサンは「3か月以上前からだ」と応じた。
「極めて有機的かつ複雑な理由があってな……。俺たちは一緒にいない方が互いのためにいいってことになったんだよ」
「何と……。そこにはきっと凄まじい葛藤があったのだろうな……」
遠い目をするクサンに、バジルはすっかり感じ入った様子であった。イーフェスは呆れたようにため息をつき、続けた。
「更に言うと、ザゴスさんは少し前にこのアドイックを離れたんです」
「そうだったのか! 道理で最近見ないと思ったら……」
いや気付けよ、とクサンは肩をすくめる。あんなデカブツがいなくなってることぐらい、ギルドに毎日来てりゃわかるだろうに。
「私が避けられていたわけではなかったんだな……」
それはよかった、としきりにうなずくバジルに、イーフェスは不思議そうに首を傾げる。
「バジルさん程の方を避けるというのは、考えられないような気もしますがね」
「それがな、イーフェスくん」
バジルは真剣な顔でイーフェスに向き直る。
「どうやら私はウザく、暑苦しいらしい」
力強く、悲しいことをバジルは言い放った。
「まあ、確かに今俺もそれをちょっと感じてるけどよ……」
「お静かに」
イーフェスはクサンを鋭く制してしてから、取り繕う。
「そ、そんなことはないと思いますよ!」
「いいや、確かな評価だ。何せ、5年以上組んでいるグレースに言われたのだからな……」
「ウザい」「暑苦しい」「バトル馬鹿」「鈍感」「わたしの気も知らないで」と散々罵られたことを、バジルは遠い目をして語る。
「それってただの痴話ゲンカじゃねぇか……」
「こじれて出て行っちゃったんですね……」
羨ましいぜ、と舌打ちするクサンに、この人もこじれてるなとイーフェスは内心で思う。
「だからザゴスくんも、きっと私のことをそう思って避けているのかと……」
そのため、パーティを組んでいたクサンとイーフェスの下に訪ねてきたそうだ。
「しかし、街を出て行っていたとはな……」
弱ったな、とバジルは腕を組んだ。
「これじゃ我々と組む利点や意義が、バジルさんにはないですよね……」
「うむ。私から声をかけて悪いが、ここは……」
「いや待て、イーフェス!」
クサンがそこに待ったをかける。
「忘れたのか、イーフェス。俺たちがザゴスを鍛えてやったってことを!」
「……クサンさん、時々あなたホントに滅茶苦茶なこと言い出しますよね」
イーフェスは白い目でクサンを見やる。望みの女戦士ではないものの、クサンはバジルの加入に乗り気になったらしい。恐らく、バジルとパーティを組んでいたらモテるとか、そういう計算が働いたのだろう。
「滅茶苦茶じゃねぇよ。いいか、バジル。俺たちとパーティを組んだことで、あいつはメキメキ強くなったのさ」
「何と、そうだったのか!」
「で、こっちも信じちゃうんですね……」
クサンに対するのと同じ視線をバジルに向ける。こういう疑わない純粋さが、彼が強くなれた理由の一端なのかもしれない。
「ならば、君たちと組まない手はないな!」
「ああ、そうだぜ!」
拳を握り燃えるバジルに、クサンは調子を合わせてうなずく。イーフェスはそれを冷めた目で見つつも、「強いバジルさんが来てくれるならいいか」と納得することにした。
「ではよろしく頼むぞ、クサイくん、イーフェスくん!」
「クサンだよ! 何で最近みんなそう呼んでくるんだよ!」
女性冒険者が陰でそう呼んでるんだろうな、とイーフェスは想像した。
「まあ、しっかし、ザゴスの野郎なんて、あんたに比べりゃ大したことねぇんだけどな。『天神武闘祭』だって、運が良かっただけなんだからよぉ」
クサンの言葉にバジルは顔色を変えた。
「何を言う! 君はあの決勝戦を見ていなかったのかい?」
「いや、見てたけどよ……」
当惑するクサンに、バジルは身を乗り出してくる。
「ならば解説しよう。あの時、タクト・ジンノは三つの点でミスを犯したんだ……」
そこからバジルは、延々と決勝戦の解説を始める。なるほど、確かに「暑苦しくウザいバトル馬鹿」だ、とクサンとイーフェスはうなずき合った。




