35.あたらしいはじまり
そう、そんな死に方をしてしまったの。
アドイック冒険者ギルドの奥、自室で提出された「クエストチケット」から報告内容を読み取って、エリスは嘆きともつかないため息をついた。
チケットを握るその手の甲には、二重円の紋章が浮かんでいる。
それにしても、「ゴッコーズ」を取り上げる方法に気付くなんて。エリスは、フィオの顔を思い浮かべる。なかなかやるじゃない、さすがは「あの男」の子孫といったところかしら。
「ゴッコーズ」を使うには、「異世界から来た人間が、この地の神の祝福を受けること」がその条件になる。冒険者登録をすると、ギルドの守り神である「旅の神」の祝福を受けることになり、それを満たすのだ。そして、今はもう一柱……。
しかし、まだ片付いていない問題もある。
誰があの子を召喚したのかしら、あんな哀れな子を。それも、用済みになったと言わんばかりの始末の仕方だ。相当残忍な性質のものの仕業だろう。
「ゴッコーズ」と勇者。思えば、300年前の召喚がこの世界を歪めてしまったのかもしれない。神が自ら介入しなくとも、人が人の力で世界を守っていくべきなのに。
と、そこで部屋の戸が叩かれた。ちゃんとノックも覚えたようね、とエリスは立ち上がってドアを開けた。
「あら、素敵。よく似合っているわ」
給仕用にあつらえたエプロンドレスに身をまとった少女を見て、エリスはうなずいた。
「冒険者よりも、あなたにはそっちが向いているわよ、ビビ」
「え、そうかなー……」
ゴーグル付きの帽子をホワイトブリムに載せ変えたビビは、はにかんだように笑った。
所属パーティの壊滅により、ビビは行き場を失った。手癖の悪さや冒険者としての練度の低さが既に知られており、新たな仲間を募ることも難しかった。また、「偽勇者」のパーティメンバーの面倒を見ようという冒険者も少なかったためでもある。
そんな彼女にエリスが声をかけたのだ。
「そうよ。あなたはてっとり早く稼ぎたかったのでしょうけど」
ビビの育った孤児院は経営状態が悪化していた。多くの子どもたちを食わせていくために、彼女は冒険者になったのだ。巾着切のようなことをしていたのも、とにかく金を稼ごうと焦った結果であった。
「でもね、それじゃどこかで無理が出てくるものなの。人は、身の丈に合った仕事をするのが一番よ」
「うん……」
身の丈か、とビビはどこか遠くを見るような目でつぶやく。
「どうしたの?」
「そういうのがあるんならさ、タクトには『ゴッコーズ』って合わなかったのかなって」
そうかもしれないわね、とエリスは微笑んだ。
◆ ◇ ◆
「天神武闘祭」から3日、フィオラーナ・ダンケルスは「内密に依頼したいことがある」とダリル三世直々の呼び出しを受けた。
恐らくは、タクト・ジンノに関わることだろう。フィオはそう予想していた。
“タクト・ジンノは、勇者を騙った天罰により「魔人」に堕ちディアナ姫を浚ったが、「天神武闘祭」で自らを下した冒険者によって捕縛され、斬首された。”
それが、王国が公式に発表した事件の顛末であり、世間的には偽勇者事件は「終わったこと」になっている。
真相を知るものは極一部、王城の重臣の中にも知らされていないものもいるようだ。となれば、タクト・ジンノに関わることを調べさせる者は、慎重に選ばねばならない。
そういう意味では自分は「うってつけだ」とフィオは自覚していた。何せ、真相を知っているどころか、当事者の一人なのだから。
もしかすると、あの角の正体が掴めたのかもしれない。
「魔女の廃城」からディアナ姫を連れ帰ってすぐ、フィオは謎の魔獣の遺した角を王城に提出していた。
事の次第を聞いて、ダリル三世はすぐさま王城地下の魔法研究所に調査を命じた。
元々は「魔女の遺産」と呼ばれたあの巨大なミミズのような魔獣を消滅させる方法を研究していた場所だ。今のダリル三世の代になり、魔法研究所の設備は大きく刷新され、ここに集められた知見や設備は王国の魔法研究の最先端を走る、とも言われている。
彼の「学術都市」バックストリアに匹敵するという魔法研究所ならば、未知の魔獣についても何らかの結論を導き出せたに違いない。
王城に赴いたフィオは、厳めしい鎧をまとった近衛隊長に案内され、地下の魔法研究所の一角、会議室のような部屋へ通された。
「よくぞ参った」
中ではダリル三世の他、研究員らしき魔道士が王の傍に控えていた。護衛の一人もおらず、フィオも含めて三人きりであった。
平伏したフィオに、「面を上げよ」とダリル三世は命じた。
「フィオラーナ・フレデリック・ヤマダ・ダンケルス。この度の魔人討伐の件、大儀であった。そして、我が娘ディアナを無事に取り戻してくれたこと、改めて礼を言おう」
「勿体なきお言葉……」
ダリル三世は頭に包帯を巻いている。魔人に襲われた時に負った傷は、まだ治っていないらしい。
「早速だがフィオラーナ、貴殿の持ち帰った角のことだが……」
ダリル三世は傍らに立つ研究員に目配せをする。
「フィオラーナ殿、お初にお目にかかる。私は地下魔法研究所の所長、デミトリ・ガンドールと申す」
一礼をして、初老の魔道士は懐から丸められた紙片を取り出した。
「提出された未知の魔獣の角であるが……」
「何かわかりましたか?」
うーむ、とデミトリはうなる。
「言いにくいのだが、『何もわからない』ということがわかった」
「……と、申されますと?」
デミトリは紙片を広げてフィオに見せる。
「我が魔法研究室には、アドイック周辺で確認された魔獣ならばほとんど、何らかの標本が保管されている。無論、『魔女の廃城』を跋扈する、忌まわしき魔女ヒルダの落とし子たちのものもだ」
しかし、あの角はそのどれとも合致しないものだった。デミトリは、少し顔をしかめて文面を眺めてから、フィオにそれを手渡した。
フィオもそれに目を落とす。角に関わる詳細が表にして書かれていたものの、そこからフィオが読み取れる情報はほとんどなかった。
「そもそも、魔獣が身体の一部を遺すのは異例なこと。魔獣は死すれば魔素となって消えるのが道理、稀に『魔石晶』となることもあるが、この角はその成分とはまったく一致しなかった……」
魔獣の標本を採る際は、魔素の塵となってしまう前に「分解防止措置」と呼ばれる工程を踏まねばならない。だが、この角はそれもなしに形を保っている。
「まったくもって、不思議な魔獣だ……」
ダリル三世は自らねじくれた黒い角を手に取り、しげしげと眺めている。かつては魔法研究の徒であったこの王にとっては、興味をそそられる品なのかもしれない。
「それに魔獣のあの姿は、魔人と化したタクト・ジンノのものと重なって見えました」
「うむ。それについてはディアナも同じことを言っておった」
更に出現した時機についても、フィオは何者かの意図を感じてならなかった。
「推測ですが、あの魔獣はタクト・ジンノの口を塞ぐために、何者かが遣わせたのでは?」
「お主も、やはりそう考えるか」
偶然異形と化した人間が元の姿に戻った時に、偶然それと似た姿をした未知の魔獣が現れ、偶然その人間を狙った。三つも偶然が重なったと考えるのは無理がある。
「魔法研究所も同様の見解である」
デミトリも、魔獣の正体に関しては、まったくわからなかったものの、ディアナ姫の証言や「クエストチケット」の解析記録から、近い結論を導き出したようだ。
「あの少年にまつわる事件は、まだ終わってはおらぬ。この事件に背後には、我々の知らない根深い闇があるのやもしれぬ」
その手がかりがあるとするならば、とダリル三世は今一度手の中の黒いそれに目を落とす。
「やはり、この角……」
ダリル三世はうなずいた。
「冒険者フィオラーナ・ダンケルスに命じる。この角と魔獣の正体を探り当て、タクト・ジンノにまつわる謎を明らかにせよ」
「慎んで、お受けいたします」
ひざまずき、フィオは角と通行手形を拝領した。王家の紋章が刻まれたこの通行手形を見せれば、アドニス王国のあらゆる町や村に無条件で立ち入ることができる。
これは願ってもないことだ、と心中で呟く。
この3日、フィオはこれまでの一連の出来事に思いを馳せていた。
精神的にも肉体的にも幼いあの少年が「勇者」として召喚された理由、あの突然現れた魔獣が彼を殺害した意味――。その背後にあるのは、歴史の中でダンケルス家が翻弄されてきたものと同じものではないか、そんな風にフィオには思えてならなかった。
「無論、これは秘密任務だ。このことを知っておるのは、私とディアナ、ここにいるデミトリと、我が弟にしてヤーマディスの領主・ドルフのみ」
「ドルフ様もご存知なので?」
よく知った名の登場に、フィオは顔を上げた。
ヤーマディス候ドルフは、現王ダリル三世の異母弟である。研究者肌で知性派の現王に対して、ドルフは剣の達人と名高い行動派だ。正反対の気質で歳も離れているが、兄弟仲は良好だという。
「お主が懇意だと聞いていたからな。相談もしやすかろうと思い、話を通しておいた」
「格別のご配慮、痛み入ります」
改めてフィオはこうべを垂れた。
「必要とあらばお主の判断で仲間を募っても構わぬ。だが、人員は必要最小限にせよ」
「はっ、心得ております」
仲間と言われて、まずあの大男の顔がフィオの脳裏をよぎる。
一体、彼は何をしているのだろう。この3日、あの悪人顔を見ていない。冒険者ギルドを訪ねてみても、「姿は見ていない」と皆首を横に振る。
タクト・ジンノが死んでから、どこか物思いにふけっている様子だった。ガラにもないと言えばそれまでだが、あれだけの被害を出した事件だ、あの豪快な男の内面にも考えることがあるのだろう。
巻き込むべきではなかったのかもしれない。やはり「魔女の廃城」に向かうのも、自分一人で行けばよかったのだ。いや、そもそも自分の身勝手に付き合わせたこと自体、彼にとっては不幸だったのではないか。
この仕事は一人でやるべきなのだ。ダンケルス家の宿命として、自分の力だけで……。
「ところで、私からお主に同道する戦士を一人推挙したい。本来ならば、これは王国騎士団の仕事なのだが、知っての通り人員が不足しておってな……」
アドイックの冒険者ギルドに寄った際、「何人かの有力な冒険者が騎士団の勧誘を受けている」とエリスが教えてくれた。勇者と魔人のもたらした被害と影響は、想像以上のようだ。
「故に市井の冒険者であるが、なかなかの剛の者。きっとお主の役に立つであろう」
入って参れ、とダリル三世は部屋の奥に声をかける。
のっそりと、現れたその姿を見て、フィオは目を見開いた。
「ざ、ザゴス!?」
「よう……」
天井の低い地下で、少し身をかがめている大男は、その岩のような顔をはにかんだように歪めた。
「『天神武闘祭』優勝の功をもって、王国騎士団に推挙したのだが、どうも返事が渋い。理由を問いただすと、お主のことが心配だと言うではないか」
心配? とフィオはザゴスを見やる。
「いや、だってよ、お前あの角のこと気にしてただろ? 一人で追って行っちまうんじゃねぇかって思ってよ……」
ただ、騎士団への勧誘は激しく、城に留め置かれて抜け出せずにいたという。
「そう言うならば、とお主に同行させることにしたのだ。この者も当事者であるし、何より共に『天神武闘祭』を戦い抜いた仲、これ以上の適任はおるまい」
どうだろうか、とダリル三世はフィオを見やる。
「恐れながら、陛下。お気持ちは嬉しいのですが……」
「何だよ? 俺じゃダメだってのか?」
そうじゃない、とフィオはかぶりを振った。
「お前には、今回のことで辛い思いをさせた。運良く助かったが、大きな危険もあった……。それもすべて、ボクが自分の勝手でお前を巻き込んだからだ……」
「まだ、そんなこと言ってんのかよ!」
ザゴスはフィオに近づき、その腕を掴んで立たせる。
「俺は、俺の意志でテメェの話に乗った! 確かにヤなこともあったし、ヤバいこともあったかもしれん。だけどよぉ……」
こうして生きてんじゃねぇか。ザゴスはフィオの瞳を覗き込んだ。
「生きてるってことは、続けてける。まだ俺の一生は続いてるってことだ。その先は俺が選ぶ、選んで決める。そんで、お前と一緒に行くことに決めたんだよ!」
「ザゴス……」
フィオはその赤い瞳でザゴスの目を見返した。揺るぎない彼の黒い瞳が、自分の顔を映している。
俺が決める、か。顔の左半分を縦に走る、一文字の傷がうずくようだ。自分の冒険をするのが、冒険者というもの。それを阻むことはできない、か。
オホン、と事態を静観していたデミトリが咳払いをする。王の御前であったことを思い出し、フィオは慌ててザゴスの腕を引き、平伏する。
「ぬわっ、お、おい!」
「大変なご無礼を……」
引っ張られてたたらを踏むザゴスと、ひざまずくフィオ、二人の様子を見てダリル三世は口元に笑みを浮かべる。
「ふむ、答えは出たようだな」
はっ、とフィオは頭を下げ、ザゴスもやや遅れてそれに倣う。
「フィオラーナ・ダンケルス、そしてザゴス・ガーマス。お主らの活躍に期待しよう」
王城から出て、ザゴスとフィオは並んでアドイックの大通りを歩く。
「まさかお前が城にいたとはな」
「騎士団に入れって誘いがしつこくてよ」
抜けるような青い空に、白い雲がぽっかりと浮いている。風に乗って、ゆっくりと西から東へと動いている。
「騎士団に入れば、冒険者としてやって行くよりも安定して稼げるだろうに……」
「どうせ生まれとかでグチグチ言われんだろ。そういうのはゴメンだぜ」
魔人事件の混乱から、街は少しずつ落ち着いてきているようだった。目抜き通りに並ぶ商店にも、賑わいが戻ってきていた。
「俺には冒険者が性に合ってんだよ」
「……そうなのだろうな」
街並みの向こうに見える大闘技場も、修復魔法によって元の姿だけは取り戻している。完全な修復にはまだ時間がかかるが……。
「で、これからどうするんだ?」
「……手がかりは乏しいが、まずはヤーマディスに戻ろうと思う」
大闘技場と同じように、今のこの落ち着きも見かけだけのものなのかもしれない。国に認められた「勇者」の引き起こしたことは、黒い不安の雲となって人々の心を覆っている。
「ボクの仲間と合流したい。それに、ドルフ様――ヤーマディス候なら、いい知恵を貸してくれるやもしれん」
「聞こえてたぜ。王様の弟なんだよな?」
「ああ。王族とは思えぬ気さくな方でな。ヤーマディスにいた頃は、よく世話になった」
それはフィオ自身も同じなのかもしれない。もし、一人きりであったならば、行く先は雲で覆われて判然としなかっただろう。一人ですべてをこなそうなど、無理があるとかつて痛感したというのに、同じ愚を犯すところであった。
「……ザゴス」
「何だよ?」
改まった口調の呼びかけに、ザゴスは立ち止まってフィオの顔を見下ろす。
この男が、雲を晴らしてくれたのだ。改めて、そのゴツゴツとした顔を見上げる。
「ありがとう、一緒に来てくれて。本当に……感謝している」
ぽつりと呟くように言ったフィオに、ザゴスは「へっ」と小さく笑った。
二人はまた歩き出す。この先に何が待っていようと、乗り越えられると信じているかのように。
あとがき→https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/346838/blogkey/2024558/
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