32.勇者たる資格
「実際、アレはどういうもんなんだよ?」
クエストの受領と支給品の受け取りを終えたが、ザゴスとフィオはすぐに出発はしなかった。勇者、いや魔人と化したタクト・ジンノ、その強大な力への対策を立てるためである。
新しい鎧を着たフィオ、クサンとイーフェス、そしてクサンから離れようとしないビビを見回して、ザゴスは問いかける。
「確かにな。角やら翼が生えてくるなんて、あれも『ゴッコーズ』なのか?」
「恐らくはな」
ザゴスとクサンの疑問に、フィオはうなずいた。
「アレが空中から放った光は、『超光星剣』と同じ気配がした」
「気配、ですか?」
「そうだ。理屈はつけられないが、同質の力だと感じた」
「五大聖女」の血統かねぇ、とクサンはぼやくようにつぶやいた。
「『戦の女神』は、あんな状態の彼から『ゴッコーズ』を没収しないのでしょうか?」
「しないだろう。アレはそういう類の神ではない」
クサンとイーフェスには、フィオの当初の目的である「戦の女神」の思惑を乱すことについては既に説明していた。
「現に、敬虔な信徒のカタリナは殺されちまったもんな……」
「むしろ魔人と化したことに嬉々としているやもしれん。アレは、人を試すことに喜びを感じる神性だからな」
確かに性質の悪い神だ、とザゴスは唸る。
「俺に『冒険者ギルドの受付にいるガキに絡め』ってお告げを下すぐらいだもんな……」
「下品ですよね、何ていうか……」
「つーか、テメェのあれはお告げがあったから、ってだけの行動じゃねぇだろ」
何ィ、とザゴスはクサンをにらむ。
「いつもやってんだろが! フィオさんの前だからって何お上品ぶってやがる!」
「ぶってねぇよ、余計なこと言ってんじゃねぇぞ!」
後にしてくださいよもう、とイーフェスが言った時、「あの……」と新たな声が聞こえた。
「あのさ、ちょっと、その、いい?」
ビビであった。タクトが魔人へと変貌してからここまで、クサンにしがみついて震えるばかりで一言も発しなかった少女が、おずおずと手を挙げた。
「何だ?」
「あの、全然カンケーないかもなんだけど」
フィオは訝しげに首を傾げる。
「た、タクトのことなの! それも、その、『ゴッコーズ』のことなんだから!」
「それは本当の話なんですか? あなたのホラ話を聞く場ではないですよ?」
ホントのことだってば! とビビはイーフェスに言い返す。
「カタリナから聞いた話、思い出したの!」
そう身を乗り出したかと思うと、でもあんましカンケーないかも、とビビはまたすぐにトーンダウンした。
「どんなことでもいい、知っていることを教えてくれ」
フィオは優しくうなずきかけた。クサンもビビの背を励ますように叩く。それでようやく意を決したように、ビビは語り始めた。
「う、うん。あの、今の話聞いて思い出したんだけど、タクトが『ゴッコーズ』の力を最初に使ったのって、ザゴスとギルドの壁を壊した時なんだって」
「俺は壊れてねぇぞ! 大体テメェ……」
即座に反応するザゴスを手で押しとどめて、フィオは続きを促した。
「それで?」
「その時ってのが、ギルドに登録申請して、1か月かかって受理された後だったんだけど、その1か月間は『ゴッコーズ』とかなくて、カタリナはタクトに剣の稽古してたんだって。でも全然上手くいかなくて、力もないしで……。それでタクトが言うには、ザゴスに絡まれたあの時に、急にああいう力がある、使わなきゃって感じになったって……」
いやいや、とイーフェスが話を遮った。
「それが何か関係あるんですか?」
う、と小さくなるビビをかばうように「あるだろ!」とクサンが口を挟む。
「つまりアレだよ、ザゴスに絡まれたからタクト・ジンノは『ゴッコーズ』を身に付けたってことだよ!」
「アホかお前、俺が絡んだら『ゴッコーズ』使えるようになるってんなら、この世は勇者だらけだろうが!」
「何でもいいが、新人に絡むなんてチンピラのような行動は、これからは慎んでくれ」
フィオに白い目で見られ、ザゴスは「ちょっとしかしてねぇよ!」と言い返す。
「うーん……。クサンさんの推測、あながち間違いではないのかもしれないですね。ザゴスさんは『戦の女神』のお告げで、冒険者に登録したての彼へ確実に絡むように誘導されたわけですから。そこに何か大きな意味が隠されているのかも……」
「そう言われれば、そうかもしれねぇなぁ……」
「あたしの話、役に立ってるっしょ?」
いやそれは、とイーフェスが首を振った時、突然フィオが「そうか!」と膝を打つ。
「いきなりどうした?」
「わかったかもしれない、『ゴッコーズ』を断つ方法が……」
「何!?」
「そのためには、エリスの力がいる……。彼女を探してくる! ザゴス、貴殿は『暁門』の前で待っていてくれ。用が済んだら合流する!」
「あ、おい! ちょっとは説明して行けよ!」
止める間もなく、フィオは小走りで救護所の方へ行ってしまった。
「どうしたんだ、あいつ? 急にエリスがどうのって……」
「さあ……? 私にもよくわかりませんが、フィオさんにはビビさんの話が役に立ったのかもしれませんね」
でしょー、とビビはニヤニヤ笑った。
「疑ってばっかでさー、ほら謝ってよー」
「そうだぞ、イーフェス。こんなかわいい子の言葉を無下にしやがって!」
「お、あんがとね、クサイのおっちゃん!」
「クサンだよ!」
イーフェスは呆れたように笑った。ザゴスも同じように笑いながら、腰かけていた瓦礫から立ち上がった。
「行くんですか?」
「ああ。あいつが何考えてんのか知らんが、そう的外れなことをするとは思わねぇしよ」
ご武運を、とイーフェスは祈るようなしぐさを見せる。
その背後から、クサンはそっぽを向いたまま言った。
「生きて帰ってこいよ」
「ったりめぇだ!」
怒鳴ってから、ザゴスはニヤリと笑った。
「あの、あたしからは上手く言えないんだけどさ……」
ビビは、おずおずと口にする。
「タクトのことさ、その……よろしくね」
ザゴスは一度目を見開き、「ああ、わかったぜ」と応じる。そして、「暁門」の方へと歩いて行った。
大闘技場の真東、「暁門」の前には見知った顔の老人がいた。柱の陰にもたれ、煙草をふかしている。
「ヴァルターのじいさんじゃねぇか」
ちょうどいい、とザゴスはヴァルターに声をかけた。この老職人に尋ねたいことがあったのだ。
「なんだァ、デカブツ? 何でも用意するとは言ったが、それ以上の斧はねェぞ」
「ああ、そうだろうよ」
ザゴスは腰に提げた斧の柄に手を触れた。
「じいさん、あんたわかってたんだな?」
「何をだ?」
「俺が、『剣聖討魔流』をやってたってことだよ」
カタリナの使った極大魔法の竜巻を斬り裂いた時、ザゴスは斧によって自分の力が強く引き出されているのを感じた。使わずにいて錆びついたかのように思っていた奥義が、引き上げられた力によって難なく繰り出せたのだ。
「この斧は、『剣聖討魔流』で言うとこの『闘気』を引き出す力があるんだろ?」
カッカッカ、とヴァルターは笑った。
「そんな原理は知らねェよ」
「知らないのかよ!」
「全部の流派を把握してるわけねェだろ!」
そう怒鳴り返し、「だがな」とヴァルターは続ける。
「そのシュンジンの斧が、テメェに一番似つかわしい武器だってことはわかってたぜ。俺は手を見りゃ大体のことはわかるからよォ」
「……そうだったな」
ありがとよ、と言うザゴスにヴァルターは「礼を言うにはまだ早ェ」と首を振った。
「さっきエイブとも話してたんだがよォ、あのガキは勇者だなんだって祭り上げられてたんだってなァ? こんな魔王もいない時代によ……」
「ある意味、哀れなもんだよな……」
そうだ、とヴァルターはうなずく。
「魔王がいねェから、自分が魔王になっちまったのかねェ……」
「違ェよ、アレは魔王なんかじゃねェ」
ほう、とヴァルターはザゴスを見上げる。
「じゃなんだ?」
「ただのクソガキだ。どうなろうと、俺にとっちゃな」
ヴァルターは、その答えに満足したように笑った。




