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冒険者ギルドの受付でチート持ち主人公の噛ませ犬にされた男の一生  作者: 雨宮ヤスミ
アドイック編

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25/222

25.戦況



「うーむ、順当に来てやがるな……」


 大闘技場(コロシアム)の二等席でトーナメント表を眺め、クサンは唸る。


 「天神武闘祭」は既に準決勝まで進み、16組32人の名うての戦士たちは既に4組までに絞られていた。


「クサンさんの予想では、どの組が優勝しそうですか?」


 隣に座るイーフェスがクサンの手元をひょいと覗き込む。


「……まあ、例年ならバジルとグレースの組だろうよ」


 バジルは「アドイック冒険者ギルド最強」と謳われる剣の使い手だ。3年連続でギルドの推薦を受けて武闘祭に参加しており、毎回八強以上には残る。


 相棒のグレースは氷の魔法を得意とする女魔道士で、こちらもまたアドイック冒険者ギルド最高の魔道士と目されている。バジルとはよくパーティを組んでいる仲だ。


「バジルのヤツ、今年こそは優勝してみせる、って息巻いてたしな」


 ああいう強い剣士といつか組みたいもんだねぇ、とクサンは遠い目をした。


「グレースさんも張り切ってましたよ。『わたしがバジルを優勝させる』って」

「お前、あの美人と付き合いがあんのか……」


 羨ましい、とクサンは白目を剥く。彼が前に話しかけた時など、ゴミを見るような目でにらまれたというのに。


「ええ。同じ魔道士ですし、実家のお得意様でもあるので……」


 イーフェスの実家は、アドイック指折りの商家だった。取り扱う品は化粧品や宝飾品が主で、富裕層の女性からの支持を広く集めている。グレースは女性冒険者の中ではトップクラスの稼ぎを持っており、上客の一人であった。


「お前、今度仲取り持ってくれよ」

「無理ですよ。『クサンをわたしの視界に入るところに立たせないで』ってこの間怒られちゃったんですから」

「酷ェなオイ。俺が何したって言うんだよ……。前にちょっとボンデージがどれくらい太ももに食い込んでるか、観察しただけじゃねえか……」


 十分してると思いますが、と呆れつつイーフェスは話題を戻す。


「他はどうでしょう?」

「対抗馬なら、王国騎士団のホープ『白光の騎士』トレーズと、『人間攻城兵器』ティタノスだな。この二人、これまでの戦いを見る限りなかなかやると思うぜ」


 トレーズは若手騎士の中ではトップクラスの実力を持っているという触れこみで、甘いマスクも相まって上流階級のご婦人たちの視線を釘づけにしている。


 彼とコンビを組むティタノスは、辺境の出の巨漢だ。「人間攻城兵器」の二つ名は伊達ではなく、二対の大型戦槌を振り回す上に、防御魔法を得手とする。


「どっかの誰かと体格は同じぐらいだが、魔法が使える分こいつの方が上等だろうな」

「本人が聞いたら怒りますよ」


 聞こえてねぇからいいだろ、とクサンはニヤリと笑う。


「王国騎士団の連中は、毎年ある程度の結果を残してる。去年、バジルが決勝で負けたのも騎士団のヤツだったしな」

「出世がかかってるそうですから、みんな必死ですよ」


 それで、とイーフェスの表情が少し曇る。


「『勇者』は、どう見ます?」


 クサンもニヤニヤ笑いを消し、鼻を鳴らした。


「はん、どうもこうもねぇだろ」


 勇者タクト・ジンノと女剣士カタリナのコンビは、やはりと言うべきか4強に残っている。


「例年通りなら、って前置きつけたのは、あのクソガキ勇者がいるからだぜ」


 四強に残ったというだけなら、称えられるべきものであるが――クサンは顔を歪めた。


「あいつの戦いはクッソつまらん。一回戦も二回戦も、相手が何かする前に開幕のクソ『超光星剣(ルミナスブレード)』一撃で倒してやがる。ありゃなんだよ、クソが」


 クサンは三度も「クソ」を繰り返した。


 この大闘技場(コロシアム)に詰めかけた多くの観衆も、同じ気持ちかもしれない。一回戦こそ勇者の圧倒的な力に闘技場は沸いたが、二回戦も同じ展開となった時、観客の反応は当惑に変わった。


 倒れた相手に敬意どころか関心すら払わず、ただただ退屈だとばかりに剣をぶら下げて立っている勇者、それを見て「まさか決勝まで同じ展開になるのでは」という懸念が、観客の中に生まれたのだ。


 みんな戦いを見に来ている。「勇者の剣が光ったら相手が吹き飛んで戦いが終わった」などという珍現象を楽しみにしているわけがないのだ。


「準決勝の相手は、王国騎士団組ですか……」

「魔法に関しちゃティタノスは防御特化だ。それで『超光星剣(ルミナスブレード)』を防ぐつもりだろうよ。騎士団の連中なら、そう考えるんじゃねぇかねぇ」


 少なくとも、ギルドの壁よりは固ェだろうし、とクサンの表情に最早騎士団への期待は見えない。


「なら、四強最後の1組、我らがザゴスさんとフィオさんのコンビは……」

「普通にバジル・グレース組に負けるだろうよ」


 ザゴスが足を引っ張るからな、とクサンの顔に笑みが戻る。


「見てただろ、一回戦と二回戦。あいつもうボロボロだったじゃねぇか。魔法はクリーンヒットするは、ボコボコにハンマーで殴られるは……」

「でも、ハンマーの人を倒したのはザゴスさんですよ」

「ハンマーのやつだけじゃねぇか。それ以外は全部フィオさんが倒してる」


 フィオさんは一発も攻撃当てられてねぇしな、と何故かクサンは自慢げに言った。


「それも、ザゴスさんが盾役になってるからじゃ……」


 雷の魔法で身体能力を上げたフィオの素早さもさることながら、ザゴスの「盾役」としてのタフさや執念は特筆すべきものがあった。現に二回戦で戦ったハンマー使いも、十数発の打撃を全身に受けながらも、「うるせぇ!」と怒鳴りながら相手の顔面へ放った正拳突き一発でダウンさせた。


「その後、即魔法当てられて死にかけてたじゃねぇか」

「それはしょうがないですよ。魔法は弾き飛ばしたりとかできないですから」


 刃に「魔石晶」が使われた魔法武器ならいざ知らず、普通の武器で飛んでくる魔法の軌道を変えることはできない。そういう技を研究している剣術の流派もあるようだが……。


「ザゴスさんにそういう技を求めるのは間違ってますもんね……」

「……どうかねぇ」


 意味ありげに、ぼそりと言ってクサンは顎を撫でた。


「何かあるんですか?」


 イーフェスは冒険者になって5年ほどだ。ザゴスとの付き合いはクサンの方が長い。口げんかやパーティの解散を繰り返しながらも、結局元の鞘に戻る彼らの間には、イーフェスの知らない絆のようなものがあるのでは、とは常々感じていた。ザゴスは自分の過去を語りたがらない男だが、クサンにならばしゃべっているのかもしれない、とも。


「あいつはな、昔は意外と剣術を真面目に……」

「おいしいサンドイッチいかがですかー?」


 と、そこで売り子の声が割って入ってきて、言葉の途中でクサンはそちらを向いた。


 準決勝前のこの休憩時間、観客席の間を売り子たちが歩き回っている。


「お、どっかで見た顔の売り子ちゃんだな」


 回ってきた売り子の、まだ少女と言ってもいいような顔をしげしげと眺めるクサンに、イーフェスはげんなりとした表情を浮かべた。


 クサンの視線に気づいたのか、売り子の少女が近づいてきた。


「おじさんたち、冒険者のイーフェスとクサイでしょ?」

「クサンだよ!」

「私の名まで知っているとは……。君も冒険者ですか?」


 クサンの名は、城下町の女性にも悪い意味で知られている。実家を継いだ兄に「お前の組んでる探索士(スカウト)、お客さんから物凄く評判が悪いが大丈夫かい?」と聞かれたことさえある。あれは返答に困ったな、とイーフェスは密かに嘆息した。


「えへへ、そうだよ」


 屈託なく笑う少女に、クサンは膝を叩いた。


「アレだ、思い出した。ビビちゃんだろ。探索士(スカウト)の」

「おお、おっちゃんあたしのこと知ってんだ!」

「当然だぜ。この俺は、ギルドに登録された全女性冒険者の顔と名前が一致してるからな」


 少女――ビビの笑みが引きつり、イーフェスはやれやれと首を振った。


「しかし、何故売り子を?」


 いつもの探索士(スカウト)らしい格好ではなく、今日はエプロンをつけ「サンドイッチ」の文字が躍るのぼりを担いだビビは、「ちょっと聞いてよー」と右手をパタパタさせた。


「実はさー、今日出場してるフィオだっけ、あの人の財布盗んでちょっと使っちゃったのがギルドにバレてさー……」


 無邪気な犯罪の告白にイーフェスはフードの奥で目を剥いた。


 元々「ゴロツキ紛いの連中」などと白い目で見られていた冒険者の地位は、この300年で劇的に向上した。それは先代勇者ヒロキ・ヤマダをはじめとした先人たちが、イメージ改善のために努力を重ねた賜物である。それ故、冒険者の犯罪行為をギルドは厳しく取り締まっていた。


「なるほどな。今回はギルドの所属支部が違うと言えども冒険者同士のこと、内々に済ませて罰として勤労奉仕ってわけか」


 クサンの推察に「そうなのよー」とビビはうなずきながら口を尖らす。


「せっかくタクトが出るってのに、何も『天神武闘祭』の日に奉仕にしなくてもいいと思わない? あーあ、アリアは貴賓席で蜂蜜のお菓子でも食べてるんだろうなぁ……」


 タクトの名が出たことで、イーフェスはクサンに視線を送った。クサンは小声で「この子もタクト・ジンノのパーティメンバーだ」と解説した。気持ち悪い脳内名簿も役に立つものですね、とイーフェスは少しだけ感心する。


「それなのにあたしは、可哀想にこんなとこで一銭にもならない労働! 世の中間違ってるよね……」

「間違いを犯したのは君でしょう」


 商家の出故か、イーフェスは泥棒に手厳しい。うへぇ、とビビは眉を下げる。


「でもでも、全然売れないんだよ?」

「しょうがねぇ、おじさんが買ってやろう」

「どーもー! 日の出の前にたたき起こされて、エリスと一緒に作らされてさー。大きさがどうのとか、厳しいのなんのって……」


 どうやら準備から奉仕は始まっていたらしい。売れるのが嬉しいのか、ビビは大きめのサンドイッチを選り分けて、クサンに手渡す。


「へ……デカいサンドイッチを、わざわざ選んでくれるとはな……」


 のぼりを括りつけたビビの背中と、左手に載せたサンドイッチを見比べながら、クサンは鼻の下を伸ばす。


「あの子、俺に惚れたな……」

「何バカなこと言ってんですか」

「ふっふふ……。俺も罪作りな男だぜ……」

「あ、始まりますよ」


 無視して、イーフェスは大闘技場(コロシアム)の真ん中に設けられた円形の武舞台を指差した。




 準決勝第1試合は、勇者タクトの組と王国騎士団組の対戦であった。


 クサンの予想したように、ティタノスは大地系魔法「大地城塞(ガイア・ウォール)」を展開し身を守った。


 だが、「超光星剣(ルミナスブレード)」の光は隆起した岩壁もろともトレーズとティタノスを飲み込み、結局一撃で勝負は決したのだった。

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