24.「天神武闘祭」来る
朝焼けが「ボクスルート山地」を染め、魔導灯の明かりが消されると、アドイックの街に朝がやってくる。
大闘技場のある広場には、いくつもの露店が既に開店の準備を始めており、そこへ続く大通りは、建物の間に色とりどりの旗がかけられ、飾られている。
そんな中を、ザゴスとフィオは並んで歩いている。時折、低いところに渡された旗に、ザゴスは頭や兜の角を引っかけては、鬱陶しそうに払いのけていた。
「クソッ、この時期はこいつが厄介だぜ……」
「ただでさえ背が高いのに、そんな兜をかぶるからだ」
フィオは兜の角を見上げる。質のいい鉄でできた強固な兜だが、両側ににょっきり生えた二本の角に関しては、何の用途もなさそうだ。取ってしまえばいいのに、とフィオはここ数日何度か口にしている。
「うるせぇ! この角が気に入ってんだよ!」
ザゴスは角に引っ掛かった旗を乱暴に投げ捨てた。
「大体テメェ、俺の出で立ちに文句つけすぎじゃねぇか? 髭まで剃らせやがって」
「あんな中途半端な髭、ない方がマシだ。」
じょりじょりした無精髭が綺麗になくなったザゴスの顔を見上げ、フィオは柔らかい笑みを浮かべる。そうやって微笑まれると、悪くない気がしてくるから「ずりぃなぁ……」とザゴスは内心で呟いた。
3日は、あっという間に過ぎ去った。
その間、ザゴスとフィオは魔獣討伐の「クエスト」に精を出し、互いの力量や連携を確認してきた。トラブルもなく、またタクト・ジンノのパーティと出くわすこともない、驚くほど平穏な日々だった。
警戒していた「戦の女神」のお告げも、この3日はすべて「今日も一日、元気に励みなさい」という同じ内容だった。今朝は少し違っていたとは言え、「『天神武闘祭』で勇者の真なる力を目にする」と、これも大した内容ではなかった。
「すべては、今日だということだ」
大闘技場へ向かう道の途上、フィオはそうザゴスに語りかける。
「『戦の女神』の書いた筋書、それを覆すぞ」
「お、おう。わかってるぜぇ……」
先ほどから、ザゴスの声は少し上ずっている。ここへきて、この大男は緊張しているのである。昨日もあまり眠れなかった。今まで修羅場は何度もくぐってきたが、こんな大舞台は初めてだ。全然勝手が違う、とザゴスはうなじに手をやる。
「えらく緊張しているな」
フィオは呆れたようにため息をついた。
「ししし、してねぇよ!」
「別に緊張していたっていいさ」
強がるザゴスにフィオは笑いかける。
「戦いになれば、いつものお前に戻れるさ。だから今は、存分に緊張しておけばいい」
お前が涼しい顔してるから一層恥ずかしいんだよ、とザゴスは口を尖らせた。
「見ろ――」
フィオは足を止めて前方を指差した。
アドイックの中心部にそびえる大闘技場が、朝日の中その威容を放っていた。
国内最大のこの闘技場では、定期的に競技会や興行師を招いての音楽会などが開かれているが、年に一度最高の賑わいを見せる日がある。
その日こそが、「天神武闘祭」である。
300年前、旧王都コーガナからここアドイックに遷都された際に、所謂「奴隷剣闘士」の解放が行われた。それ以降、新王都に建設されたこの大闘技場では従来の闘技会は禁止され、円盤投げや槍投げといった投擲競技、競馬や戦車競争といったレース競技が大闘技場の中心的な存在となった。
だが、八柱神の主神たる「天の神」に武を奉納するという大義名分のもとに、この「天神武闘祭」だけは遷都後も絶えず続けられている。かつては生贄の儀式から始まったという「武闘祭」は、長い年月を経ていつしか勝ち抜いた戦士に名誉をもたらすものに変質した。
また、この平和の時代の中で人々はどこかで血と興奮を求めおり、それを満たす「娯楽」として認識されていることが、昨今の盛り上がりに一役買っているのだろう。
「戦士は東の『暁門』集合、だそうだ」
登録証を取り出し、フィオは裏面に書かれた注意書きを読み上げた。二人は外周に沿って、大闘技場の東側へ向かう。
その道すがら、外周の辺りに治療士の一団が集まっているのが見えた。中心に、見覚えのある神官の顔があった。どうやら彼は「健康の神」の礼拝所の長だったらしい。
「いいですか、みなさん! ここ3年ほど死亡者なしが続いています! 今年も、引き続いて治療にあたって参りましょう! 我らが『健康の神』の加護がありますように!」
ありますように、と唱和する治癒士たちを横目に見ながら、二人は程なくして「暁門」にさしかかる。
門の前には長机が並べられており、簡易な受付となっている。その受付の前には先客がいた。どこかで見覚えがある、とザゴスが思った時、あちらが振り向いた。
「ザゴス殿!」
「カタリナ……」
女剣士はザゴスの姿を見て笑顔を浮かべる。ザゴスとしては、素直に笑い返せない。その隣いるヤツが気になるし、それ以上に……。
「お、おう、そこのガキと組むのか?」
ギコちなく片手を挙げたザゴスに、カタリナは「光栄にもな」とにっこりうなずく。
「ザゴス殿は観戦か? まだ客席は開いていないようだが……」
「いや、出場だが……」
え、と声を上げたのはカタリナの隣の「ガキ」――タクト・ジンノである。
「出るの? この人……。そういうアレ? え?」
「何か文句でもあんのか?」
威圧的にザゴスが見下しても、タクトはどこ吹く風で何やらぶつぶつ言っている。
「あれか、一回戦で無残に負ける役目!」
「あぁ!?」
露骨ににらみつけても、タクトは何の反応もない。眼中にない、といった塩梅だ。
「組み合わせ出たら注意しとかないと。その対戦相手が決勝くる確率高そうだし」
「このガキ、調子乗ってやがんな……」
「タクト殿、こういう時は互いに健闘を祈るものですよ」
カタリナがそうたしなめても、タクトは返事をしない。やれやれ、と肩をすくめる彼女に、後ろに控えていたアリアが鼻にかかった声で言った。
「えー、でもぉ、実際負けそうなおじさんですしぃ、タクトさんの態度は間違ってないと思いますよ?」
「何をバカな。手練れの冒険者だぞ? 組み合わせによっては1回戦は勝つさ」
「お前、それでフォローしたつもりか……」
ところで、とカタリナはザゴスのすぐ横に目を向ける。
「まさか、ザゴス殿はそいつと組む気で?」
「何か悪いか?」
「そいつ」――ここまで問答を静観していたフィオは、カタリナの顔をすくい上げるように見た。
「……ザゴス殿、どうしても『天神武闘祭』に出たかったのですか?」
「そういうワケもなくもねぇがな」
「しかし、そのためにダンケルスの家の者と組むとは……」
「貴様にどうこう言われる筋合いはない。すべて、ザゴスとボクの判断だ」
にらみ合う両者の空気に気圧されたのか、アリアが恐る恐る口を挟む。
「あ、あの、もう行きません?」
「……そうだね。行こうよ、カタリナ。どうせオレが勝つ作業ゲーなんだから」
生あくびをしながらそう言うタクトに腕を引かれ、カタリナは渋々引き下がった。
「フィオラーナ・ダンケルス、貴様だけはわたしが倒す!」
そう言い捨てて、3人は大闘技場の中へ入って行った。
「最後、言い返さなくてよかったのか?」
「本番で思い知らせればいいことさ」
ザゴスの問いに、フィオはニヤリと応じる。「貴様だけはわたしが倒す」だけは、フィオも同じ気持ちらしい。
「それよりザゴス、貴殿の視線、カタリナの胸の方に行っていなかったか?」
「行ってねぇよ!」
もしかしてこいつ胸の大きさのこともあって、カタリナに敵愾心燃やしてんじゃないだろうな、とザゴスは怪しんだ。
大闘技場内部の回廊を、カタリナはタクト・ジンノの後に付き従うようにして歩く。彼女の後ろにはアリアもついてきていた。
アリアは選手ではないが、「勇者の仲間として特別に」立ち入りを許可されていた。本来ならば爵位のある者しか立ち入れない貴賓席にその席が用意されていた。
「タクト殿、よろしいですか?」
気だるげに歩く彼に、カタリナは改まった調子で声をかけた。立ち止まり、首を揺らして振り返った彼を見下ろすようにカタリナは咳払いを一つした。
「タクト殿、貴殿の持つ力は素晴らしい。陛下も認められたように、正に神の力、『ゴッコーズ』そのものでしょう」
「で?」
何を今更、というようにタクトは鼻を鳴らした。
「しかしです、タクト殿。貴殿の心はいかがでしょう?」
タクトは眉を寄せた。
「あからさまに他人を見下し、敬意のない言葉を吐きかける。更には人相手にも『ゴッコーズ』を濫用しているというではないですか。このような態度が、勇者と言えましょうか?」
そんなこと言われても、とタクトは頭をかいた。
「だってザコはザコだし、オレに勝てるやつなんてこの世界にいないじゃん。オレが一番強いんだから、何したっていいでしょ」
何という、とカタリナは目を見開く。
「そうですよぉ、カタリナさぁん」
ここぞとばかりに、アリアが鼻にかかった声で賛同の意を示す。
「タクト様は事実を言ってるだけじゃないですかぁ。それをぉ失礼と言うんだったらぁ、勝てない連中が悪いんですよぉ!」
「何を言ってるんだ、アリア! 君がそうやって安易に同意するから、タクト殿も増長してしまうんだ。そもそも、勇者というのは……」
大きな、あからさまなため息でタクトはカタリナの言葉を遮った。
「大体さあ、オレは勇者になりたいわけじゃないし。勇者だって設定にしてたら色々楽だからそうしてるだけだよ」
「何を……!?」
「もういいよ、ディアナに会いに行ってくるから。先に控え室行っておいて」
カタリナが止めるのも聞かずに、タクトは回廊を走って行ってしまった。
何たることだ。拳を握るカタリナの耳に、もう一つため息が聞こえた。
アリアである。肩をすくめてカタリナを見上げている。
「ほーら、あんなお説教するからタクト様、お姫様のとこに行っちゃったじゃないですか」
どうするんですか、と顔をしかめる。
「このままだとタクト様、お姫様にとられちゃいますよ?」
「とられる? 何をバカなことを」
そもそも君が、と言いかけたカタリナを手で制してアリアはまくし立てる。
「いいですか? はっきり言ってあんたの錆びついた精神論とか、カビの生えたみたいな道徳論、苔生した倫理観は邪魔なんですよ! タクト様は気持ちよく『ゴッコーズ』を振るって、最強の存在として好き勝手したいだけなんです! そのために生まれてきた方なんです! それを勇者だの心だの……時代遅れですよ!」
何を言っているんだ、この娘は。あまりの明け透けな言い草に、カタリナは言葉を失った。
「タクト様はそれが許された人物です。そしてわたしはその尻馬に乗るんです! そのために、よその神様のお告げに従って、あんな幼児みたいな顔のエロガキに、抱きついたりお尻を触らせたりしてるんですよ!」
でなきゃあんなの蹴っ飛ばしてますよ、とアリアは顔を上気させる。
「そこにあのお姫様がポッと出てきやがって……。この気持ちわかりますか? きっとあのエロガキはハーレムを築くでしょう。それが許されるだけの力も持ってますし、わたしはそれを了解してアプローチしてましたから、異論はないですよ。でも、その序列で絶対的に一番になれる存在が、突然横やりを入れてきた、わたしのこれまでの努力も水の泡! そう無意味なんですよ、ああいう神に愛されたような連中の前ではね!」
はあ、と息をついてアリアは言葉を切った。
「わたしには居場所がないです。礼拝所にもずっといられるわけじゃないですから。だから、あなたに何を言われようと今のままでい続けます。世界最強の隣を自分の場所にするために。それを邪魔しないでほしい。まとめて捨てられかねない言動は、慎んでほしいです。さすが勇者様! って適当に褒めときゃいいんですよ。あなたなら、たまに胸でも揉ませてやればいいんだから、簡単でしょ?」
「アリア、君は……」
こちらをにらみつける少女に、カタリナはかけるべき言葉が見つからなかった。強かで、頑なで、悲しみと寂しさが心に染み付いた彼女の意思は、どうあっても変えられそうになかった。
「優勝、間近で見てますから。頑張ってとは言わないです。結果はわかってるし」
そう言い捨てて、アリアも歩いて行ってしまった。
残されたカタリナは、何だかすべてが狂ってしまったような気がしていた。
1か月前、初めてタクトと会った時、彼は右も左もわからず路地裏で泣いていた。しきりに「ステータスオープン!」と意味不明な単語を涙声で叫んでいた。
こんな幼い少年が勇者だというのか。「勇者を召喚したから迎えに行け」という「戦の女神」のお告げを受けてその路地に向かったカタリナの、第一印象がそれだった。
あの頃のタクトは素直だった。純粋な少年であるが故に、彼が勇者に選ばれたのだと思ったものだ。だからこそ、自分が彼を立派な勇者に育てようと思えたのだ。
冒険者ギルドへの登録申請は受領されるまで時間がかかる。その間に、武器を持ったことがないという彼に剣を買い与えたのも教育の一環だった。来るべき時のために、剣技を訓練しておこうとしたのだ。
そう言えばあの頃から訓練は嫌がっていたな。「『ドーセチート』が身に着く」などと言って。それが何を指すのか知らないが。
だが、決定的な変化は冒険者ギルドに登録されてからだ。あの時ギルドでザゴスに放ったという「超光星剣」、突如発現した「ゴッコーズ」の力。それがタクトを歪めてしまったように思う。そしてアリアも……。
誰かが彼を負かしてくれれば。ふと、そんな考えがカタリナの胸をよぎった。完全無敵と思い込んでいる「ゴッコーズ」が敗れれば……。
そんなこと考えてはいけない。カタリナは頭を振って考えを追い払う。
勇者とは、負けてはいけないものなのだ。不敗であるからこそ、すべての民から愛され尊敬される。それが勇者のあるべき姿なのだから。
必要なのは、彼にそれを教えることだ。そうすれば謙虚な心を取り戻し、勇者として覚醒することだろう。カタリナは固く握った右拳を左の手の平で包んだ。




