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23.決意新たに

 

 

 「火山の金槌堂」を出て、二人は冒険者ギルドに戻った。昼食を摂り、今日の「クエスト」も受ける算段だ。


 ギルドのドアを開くと、何やら中がいつも以上に騒がしい。何だ、と訝しげにザゴスがつぶやいた時、「ザゴスさん!」とイーフェスが駆け寄ってきた。


「おう、イーフェス」


 片手を上げて挨拶するザゴスに対し、イーフェスは珍しく慌てた様子だった。


「ちょっと、とんでもないニュースが舞い込んできまして……」

「どしたんだ?」


 フィオの傷のある顔を見て、イーフェスは一瞬怯んだがすぐに気を取り直す。


「それが……。これを見てください」


 イーフェスはギルドの受付の隣、手配犯の人相書きなどが貼られた掲示板を指す。そこには、王宮からの布告であることを示す金色で縁どられた、真新しい紙が貼られていた。



 "アドニス王国国王ダリル三世の名において、異世界転移者タクト・ジンノを300年ぶりの勇者と認定する。また、本年の「天神武闘祭」への参加を認める"



 書かれた内容を読んで、ザゴスとフィオは冷静に顔を見合わせた。


「お前の言った通りになったな……」

「信じていなかったか?」


 いいや、とザゴスは肩をすくめる。二人の様子を見て、イーフェスは意外そうにフードの奥の目を瞬かせた。


「あれ……? 驚かないんですか? 勇者ですよ!」

「まぁな。ちょっと予想はしてたんだよ」

「なーにが予想だ、脳筋野郎が」


 と、そこにクサンが近づいてきた。


「てめぇなんぞにわかってたワケねーだろ! 変なとこで見栄張ってんじゃねぇ!」

「張ってねーよ!」


 ザゴスの耳にも、ギルドにいる冒険者たちのざわめきが明確に入ってくる。300年ぶりの勇者の到来に沸き立つ、というよりは困惑の声の方が多いようだった。


「『ゴッコーズ』だ、っておだててたけど、まさか本当にそうだなんて……」

「考えられんぞ、この平和な時代に……」

「勇者が現れたってことは、魔王もどこかに……」

「止めろ止めろ、『魔獣の話をすれば、魔獣がやってくる』って言うだろ……」


 ザゴスよぉ、とクサンは通達の一カ所を指して見せる。


「じゃあ、こいつは予想してたか?」


 ああ? とそこに目をやり、ザゴスはその目を見開いた。


「『優勝の暁には、タクト・ジンノとディアナ姫の婚姻を認める』ぅ!?」

「何!?」


 これにはさすがにフィオも驚いた様子だった。全く知らないところで勇者の物語が進んでいる。これも「ゴッコーズ」の、「戦の女神」の力だというのか。


 冒険者たちも、特に男性は気が気ではないようだ。勇者も「武闘祭」もどうでもいいが、これだけは許せん、と息巻いている集団もいる。


「俺たちのディアナ姫を、あんなぽっと出のガキが……!」

「『天神武闘祭』に無条件で出てるだけでも腹が立つってのに……!」

「フクロにするか?」

「無理だろ。ザゴスみてぇになるぞ……」


「おい、聞こえてんぞオラァ!」


 自分の名前を耳ざとく聞きつけて、ザゴスは怒鳴りつけ、向かって行った。それを止めることなく見送って、フィオはクサンに近づく。


「クサン、聞きたいことがある」

「へへっ……なんだ? あんたの知りたいことなら何でも答えてやるぜ」


 クサンが愛想笑いを浮かべたのを見て、「やけに媚びますね」とイーフェスは呆れた視線を投げかけた。


「タクト・ジンノは王城で何かしたのか? ただ『異世界から来た』と彼が言っただけで、陛下が勇者と認定するとは思えない」


 冒険者になりたての頃、フィオはダリル三世に謁見したことがある。あの聡明で慎重な王が、安易に勇者の認定を下すとは思えない。たとえ、「ゴッコーズ」の力が作用したとしてもだ。


「……あんた『魔女の遺産』の話知ってるかい?」


 「魔女の遺産」と聞いて、フィオは表情を曇らせる。その反応を見て、クサンは「やっぱりか」とにやりとした。


「貴殿は一体どこでその話を……。最重要機密だぞ?」

「ま、探索士(スカウト)なんてやってると、色んな情報が入ってくるんだよ」


 100年前王族に仇なした魔女が放ち、誰も倒すことができずに城の地下に封印された魔獣、それは「魔女の遺産」と呼ばれ、アドニス王国の大きな秘密の一つとなっていた。


 王国最大の人口を抱えるアドイックの街の地下にそんなものがいると知れたら、大混乱となるだろう。更に、王を狙った魔獣を倒しきれなかったとなれば、それは王国騎士団の名折れでもある。


 そのため、一部の貴族を除いて「魔女の遺産」の存在は秘匿されていたのだが……。


「何でも、タクト・ジンノは昨夜その『魔女の遺産』を倒したらしい」


 バカな、と言いかけてフィオはその言葉を飲み込んだ。


「……そうか」


 代わりにそう言った。100年間、いかなる戦士や魔道士が倒せなかった魔獣であっても、神の力たる「ゴッコーズ」ならば簡単に葬り去ることができるだろう、と思い直したのだ。


 いや、もしかすると「ゴッコーズ」の勇者のために、「戦の女神」の差し金で100年間倒されずに置かれていたのかもしれない。


「しかし本当にあったんだな、『魔女の遺産』……」

「倒されたとはいえ、他言しない方がいいぞクサン。機密を漏らせば縛り首だ」


 そう釘を刺し、フィオは食堂の方を振り返った。自分のことを引き合いに出した冒険者を締め上げていたザゴスは、視線に気づいたのかすぐに戻ってきた。


「ザゴス、これはいよいよ『戦の女神』の思惑が本格化してきたようだ」


 懐に入れた像をフィオは服の上から握った。今朝のお告げは、昨日ザゴスが受けたものと一言一句違わず同じものであった。すべては、「天神武闘祭」から動き出すということだろうか。


「『天神武闘祭』での優勝、ディアナ姫との結婚。それが『戦の女神』の書いた筋書というわけだ」

「へっ、何がどうしようが進むしかねぇ、違うか?」

「その通りだ。ボクらはボクらにできることをしよう」


 うなずき合う二人の顔を見比べて、クサンは不思議そうに首を傾げる。


「何かわからねぇけど、あんたも出るんだろ『天神武闘祭』」


 しかもその「山賊野郎」と組んで、とクサンはザゴスに視線を向ける。


「知ってやがったか」

「当然だろ」


 俺の情報収集力をなめるんじゃねぇ、とクサンは笑う。笑って、すぐにその笑みを消す。


「お前、アレか? そこの受付でやられた仕返しだとか、考えてんのか?」

「ま、似たようなもんだな」


 クサンは真剣な面持ちのまま続ける。


「でもよ、もし勇者に、タクト・ジンノに首尾よく当たったって、結局噛ませ犬にされるだけじゃねぇか?」


 現に、「勇者と戦っても勝ち目はない」と推薦を辞退した戦士もいるという。観衆の前で下手な負け方をするのを恐れたのだろう。


「嘆かわしいことだな」


 肩をすくめるフィオを一瞥して、クサンはザゴスを見上げる。


「お前、それでも出んのかよ?」

「当たり前だろ。戦う前からどっちが勝つかなんて決まっちゃいねぇんだからよ」


「その通りだ」


 フィオもうなずく。


「ボクらは、選び取ることができる。自分の力で、この先の運命を決められる」


 「戦の女神」が全てを決めていたとしても、人間の意志までは強制できない。だから、ザゴスはフィオと出会い、共に戦う道を選べたのだ。


「ならばこそ、戦わないという選択肢はない」

「そういうこった」


 二人を交互に見て、「へへっ」とクサンは笑った。


「何だよ?」

「ザゴスさんらしい、ってことですよ。ね?」


 イーフェスが横から口を挟み、クサンも「そうだ」とうなずく。


「そうやって猪みたく突っ込んで行って、それでいっつも俺にケツを拭かせるんだよな」

「いつテメェにケツ拭かせた? 俺が助けた方が多いだろ!」

「あぁ? 何言ってやがる? 魔獣と見るや突進していきやがって、猪どころか馬鹿野郎のくせによぉ!」

「気付かれる前に殺りゃあいいだろ!」


 まあまあ、とイーフェスが間に入った。二人は大人げなく舌打ちしてそっぽを向く。


「すいません、いつもこんな感じで……」

「頼もしい限りじゃないか」


 イーフェスの言葉に、フィオは笑って肩をすくめた。


「さて、と……。行くぞ、イーフェス」


 「クエスト」だ、とクサンに背中を叩かれて、イーフェスは「ええ」と返事をした。


 ギルドのドアに手をかけて、クサンはふと立ち止まる。


「……ザゴス」


 背中を向けたままクサンはザゴスに声をかける。


「出るからにゃ、簡単に負けんじゃねぇぞ」

「ったりめぇだ!」


 ザゴスは力強く応じた。

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