199.おかえりなさい
「やーっと、帰ってこれましたわ」
ヤーマディスの八つの門のうち、北西に面する「金の門」から街へ入城したエッタは、「黄金通り」を見渡してそう大きく息を吐いた。長旅を終えた感慨を抱きながら、エッタは慣れ親しんだ道を歩く。
「でも、お出迎えの一つくらいあってもいいんじゃないですかねぇ……?」
先に会ったスヴェンによれば、モウジ神国からアドニス王国と冒険者ギルドに礼状が届いており、近く顕彰されるだろう、とのことだった。エッタの活躍はヤーマディスにも届いているはずだ。
「それがだーれもいないだなんて」
エッタは辺りを見回す。行商人が歩いているほかは、冒険者らしい影はない。
「おい」
「それとも、ギルドの中でみんなパーティーの準備をしてくれているとか?」
それなら誰もいないのもうなずけますわねー、とエッタは一人ニヤニヤする。
「おい!」
「できたらギルドじゃなく、もっといいところでパーティーを開いてほしいところですけど……、まあ歓迎は受け取っておかなくちゃバチが当たりますわよね」
「無視すんな!」
そこでようやく、エッタは声のする方を向いた。そして、わざとらしく目を見開き、口元を押さえる。
「い、岩がしゃべった……!?」
「誰が岩だ! 気づいてんじゃねェか!」
そこにいたのは6シャトを超える高さの岩――などではなく、大男であった。二本角の兜をかぶり、岩と見違うのも無理がないくらいの体格と、厳ついご面相をしている。
「あ、山賊ですか? 山賊は山へお帰り」
「久しぶりに帰ってきてケンカ売ってんのか、テメェ!」
通りに響き渡る胴間声を上げ、岩のような山賊のような男――ザゴス・ガーマスは拳を握っていきりたった。
「あーあ、せっかくのお出迎えがあなたとは……」
露骨にため息をついてみせるエッタに、「迎えがあっただけマシと思えや」とザゴスは鼻を鳴らす。
「その事実をなかったことにするために、ずーっと無視していたのに」
「無視しててもなかったことにはならねェよ!」
ったく相変わらずだな、とザゴスは首の後ろを撫でる。
「つーか、何だその猫は? スヴェンの真似か?」
「この子はおすしちゃんです」
腕に抱いた白い猫を守るように、エッタはギュッと抱き寄せた。
「あんまりジロジロ見ないでくださります? 猫は食べ物ではありませんわよ?」
「食わねェよ! 猫とか食うとこそんなねェだろ!」
可食部がたくさんあったら食肉用と見なすかのような物言いに、エッタは「流石の野蛮さですわね」と肩をすくめる。
「その野蛮さでは、お姫様のお守りなんて到底務まらなかったでしょう。それで途中で帰ってきたんでしょう?」
「途中じゃねェよ! 俺がやる分はやり遂げたわ!」
含みのある言い方に引っ掛かりを覚えながらも、エッタは続ける。
「ということは、帰ってきてるんですのね、わたくしをパーティから外したあの女が」
言い方ァ、とザゴスは苦笑する。
「安心しろ、まだ他の地方を回ってる。護衛の任務はブレントとコンラートが引き継いでな」
「え、護衛変わったんですの?」
おう、とうなずくザゴスに、「それはそれは」とエッタはニヤつく。
「何だよ、不気味に笑いやがって」
「やっぱり、アレですの? あなたの顔が山賊だったからクビに?」
「ンなワケねェだろ! どんな理由だ!」
「そりゃそうですわよね。無辜の『悪役』のわたくしを外すのに、凶悪な山賊顔を残す道理はありませんものね」
「聞けや! 違うっつってんだろ!」
そもそも何か矛盾したこと言ってないか、とザゴスは思ったが確証がないので口に出さなかった。
「その、ちょっと理由があんだよ……」
「理由? どんな理由ですの?」
そいつは俺からはちょっと言いにくいがよ、とザゴスは口ごもる。
「何ですか、性根の悪さを顔で喧伝しているくせに、もったいぶるなんて!」
「顔は関係ねェだろうが!」
そんな話をしている間に、エッタとザゴスはギルドの建物の前までたどり着いていた。
「……ま、中見りゃわかるぜ」
「どういう意味です?」
フィオも待ってる、とザゴスはギルドの扉を開けた。
ギルドの中の様子はいつも通りだった。すなわち、エッタが期待したようなパーティーの準備などされておらず、見知った顔の冒険者たちが行き交い、食堂で駄弁り、受付に立つカーヤは気忙しそうにしている。
「えーっと、どういうパーティーですかね? ドッキリ?」
「パーティー? 何のだよ?」
「わたくしがモウジ神国を救ってきたパーティーですわよ!」
「そんなもんねェよ!」
なんてこと、とエッタは大袈裟に驚いてみせる。
「じゃあ、何でわざわざ厳つい顔を晒しながらわたくしを迎えに来ていたんです?」
「顔は常に出しとるわ! ……じゃなくてだな」
と、そこに近づいてくる人影があった。
「エッタ、帰ってきたのか」
その声に、エッタの表情が一気に明るくなる。
「フィオ! ええ、帰ってきまし、た、と、も……?」
喜色満面で振り返ったエッタは、声をかけてきたフィオ・ダンケルスを見て言葉を失った。
「え、いや……、え?」
頭の上から爪先まで、エッタはフィオをまじまじと見つめる。縦に動く視線は、どうしてもそのお腹で止まってしまう。
「その、お腹は……、まさか……?」
「ああ」
少しはにかんだようにフィオは笑った。
「子供ができたんだ」
そして、丸く膨らんだ腹を撫でた。
「まあ、それが早めに戻ってきた理由でな……」
ザゴスもまた、照れた様子であった。
「こういうわけだからよ、ちょっと冒険者は休業して……」
言いかけたザゴスをエッタは振り返った。振り返りざまに、ザゴスに右手を突きつける。
「あ……?」
「雷鳴閃光!」
「ぬおおおぉ!?」
エッタの手のひらから雷光が放たれた。不意の魔法であったが、ザゴスも悪い予感がしていたのだろう、咄嗟に飛びすさりながら斧を抜き放ち、剣聖討魔流で無効化した。
「っぶねぇ! 何しやがる!」
「何しやがるはこっちのセリフですわよ! このわたくしがいない間に、何のんきに愛を育んでるんですの!?」
「いない間に、ってお前、仕込んだのはもっと前だぞ!」
「仕込んだ言うな、生々しい」
エッタの肩越しにそう夫をにらむと、フィオは憤懣冷めやらぬ様子の女魔道士の耳を強くつねり上げた。
「みぎゃー!?」
「君は、帰国して早々それか! こんなギルドの建物の中で、何を考えてるんだ!」
「だ、だって、そんなの、驚くじゃないですか! いきなりこんなことになってたらぁ!」
「なってたからと言って、街中で魔法を撃つな、それも人に! ザゴス相手だからよかったものの、他の人間に当たっていたらどうするつもりだったんだ!」
俺だったらいいのかよ、とザゴスは少しもやっとしたが、実力が信頼されているのだろうと前向きに考えることにした。
「フィオ、あんまり興奮したらお腹の子に障るぜ」
それはそれとしてザゴスがなだめると、フィオはようやく耳から手を離す。
真っ赤になるまでつねり上げられた耳をさすり、エッタは「よよよ」と座り込んだ。
「うう、信じて送り出したフィオが、お腹が大きくなって帰ってくるなんて……」
「何を信じたというんだ、君は……」
常套句なのでお気になさらず、とエッタは一つ咳払いをして居住まいを正す。
「コホン、すっかり取り乱してしまいましたわ」
「取り乱し方が暴力的すぎるだろ……」
ともかく、とエッタはフィオに向き直る。
「妊娠おめでとうございます、フィオ」
「最初からそう言えよ……」
「わたくしが親でないことが惜しいですが」
「どういう目線だ……」
さっきからうるさいですわよ、とエッタはザゴスをひとにらみしてから続ける。
「父親に顔が似ないことを祈っておきますわね」
「んだと!?」
「それはボクも切に祈っていることだ」
「フィオ……」
ザゴス自身も似ない方がいいとは思っているが、ほかならぬ妻に言われると堪えるものがあるらしい。
「ともあれエッタ、無事に帰ってきてくれてよかった。『クエスト』で外国に行った、なんて聞いた時は驚いたよ」
猫まで連れるようになっているし、とフィオはエッタの腕の中を指さす。
「どんな冒険をしてきたんだ?」
問われてエッタは「うふふふ」と笑う
「話したいこと、たくさんありますの。ここでは何ですから、食堂の方ででも」
参りましょう、とエッタはフィオの手を引き、ザゴスもその後に続く。
「さあて、何からお話ししましょうか!」
テーブルについたエッタは、そう言って嬉しそうに微笑んだ。




