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装備は嘘をつかない


 朝から行列ができていた。


 ギルド支部の前じゃなくて、俺の前に。


 昨日の岩角猪を一撃で仕留めたのが町中に広まったらしい。で、「あのF級、装備の手入れもやるらしい」という噂がセットで回った。発信源はジークだ。


「俺は本当のことを伝えただけだ。あんたの剣の切れ味が異常だったから、装備に秘密があるのかと聞かれた」


「答えなくてよかったんですけど」


「知らん。——で、俺の剣も見てくれないか」


 ジークの片手剣を受け取った。二本。刃を指の腹でなぞって確認する。


 刃自体には問題がない。ただ、ステータスが落ちた影響でジークの振り方が変わっている。本来の角度と違う位置に力が入って、刃の片側だけに偏った負荷がかかっていた。使い手の体が変われば、装備にかかる力も変わる。その歪みが刃に出ている。


「重心を柄寄りに二指分ずらします。今のジークさんの出力なら、この方が振り抜きやすいはずです」


「出力に合わせて調整できるのか」


「使い手の状態に装備を合わせるのが、装備師の仕事なんで」


 研ぎ直しと重心調整。十分で仕上げた。


 ジークが試し振りをして、二振り目で目を見開いた。


「……軽い。同じ剣か?」


「同じです」


「嘘だろ。振り抜きが全然違う」


「重心が合ってなかっただけです。揺らぎでステータスが変わったのに、剣はステータスが変わる前のままだった。体と装備がずれてたんですよ」


 ジークが黙った。剣を握り直して、もう一度振った。三度振った。四度目に、少しだけ笑った。


「……こんなに違うなら、もっと早く頼めばよかった」


「次からは早めにどうぞ。——はい、次の方」


 ジークの後ろに三人並んでいた。昼前には八人になった。



    ※



 片っ端からやった。


 剣。槍。短剣。弓。片手斧。盾。革鎧。金属鎧。全部違う不調を抱えていて、全部原因が同じだ——使い手のステータスが変わったのに、装備がそのままになっている。


 体と装備のずれ。これは揺らぎ域に特有の問題で、普通の鍛冶師じゃ対処できない。鍛冶師は装備を直す。でもこの不調は装備が壊れてるんじゃなくて、使い手との関係が壊れている。それを読めるのは、使い手の動きを見て装備を合わせる装備師だけだ。


 六人目の革鎧を直している時に、気づいた。


 革の内側に、微かな変質がある。経年劣化じゃない。繊維の組成がごく僅かに変わっている。手触りで分かる——ざらつく。普通の革にはない、不揃いな粒子感。


 揺らぎ域の影響が、人間のステータスだけじゃなく、装備そのものにも及んでいる。


「……ちょっと待ってください」


 他の装備を引っ張り出した。今日直した剣、槍、革鎧。全部触り直す。


 ある。全部にある。程度の差はあるけど、同じざらつきが残っている。そして——方角がある。変質が強い側と弱い側。革の片面だけが強くざらつく。金属の刃は、片側だけ微妙に結晶構造が乱れている。


 全部、同じ方角を向いていた。東。


「何やってるの?」


 セリアが横から覗き込んできた。


「装備に揺らぎの痕跡が残ってる」


「痕跡?」


「経験値の流れが乱れてる場所に長時間置かれた装備は、素材に影響が出る。革も金属も、揺らぎに晒された側だけ変質してるんだ。つまり——」


「方角が分かる」


「ああ。全部の装備が同じ方向を向いて変質してる。揺らぎの発生源は東だ」


 セリアが目を丸くした。


 これは、装備を触らなければ分からなかったことだ。リーゼの経験値感知でもジークの経験でもなく、十数人分の装備を素手で触って、素材の微細な変化を指先で拾った結果。


 装備師にしかできない調査方法だ。


「ラグ、すごいね」


「装備が教えてくれただけだ。装備は嘘をつかない。使い手の状態も、環境の変化も、全部素材に記録されてる。読めるかどうかの問題でしかない」


「それを読めるのがすごいって言ってるんだけど」


「……どうも」


 褒められるのは未だに慣れない。



    ※



 午後も手入れを続けた。


 方角が分かったことで、調整の精度が上がった。揺らぎの影響が東側から来ると分かっていれば、装備の東側を重点的に補強できる。革鎧なら東側の面に防護油を厚めに塗る。剣なら、東側から受ける衝撃に対して刃の角度を微調整する。


 やっていることは地味だ。研ぎ石をあてて、油を塗って、革紐を締め直して。派手な技も魔法もない。でも、調整された装備を受け取った冒険者たちの反応は一様だった。


「動きやすくなった」


「剣が手に馴染む」


「嘘みたいだ、揺らぎの中で体が軽い」


 装備が体に合えば、ステータスが落ちていても動ける。レベルの恩恵が半減しても、装備のフィッティングで補える部分がある。レベルが全てだと思い込んでいた冒険者たちが、一人ずつ表情を変えていく。


 装備師にできることは、これだ。


 レベルを上げることはできない。揺らぎを消すこともできない。でも、今ある力で最大限動けるように装備を整えることはできる。使い手の体と装備の間にある隙間を、一ミリずつ詰めていくこと。地味で、時間がかかって、誰にも気づかれないかもしれない仕事。


 でも、装備を受け取った瞬間に「あ、違う」と目を見開く——あの顔を見るたびに、俺はこの仕事を選んでよかったと思う。


 夕方までに十五人分の装備を仕上げた。


「ラグ、お疲れ」


 セリアが水を差し出してくれた。ありがたい。一気に飲んだ。


「指、大丈夫?」


「平気だ」


「嘘。ちょっと見せて」


 手を取られた。指先を確認される。右手の人差し指と中指の腹が赤くなっている。研ぎ石を一日中あてていたから当然だけど、まだ切れてはいない。


「……ひどくなる前に言ってよ。布、巻くから」


「まだ大丈夫だ」


「まだ、じゃなくて。ひどくなってからじゃ遅いでしょ」


 セリアが懐から布を出して、俺の指先に巻き始めた。手慣れている。迷宮の時もこうしてくれた。


「……ありがとう」


「うん。——今日のラグ、かっこよかったよ」


 さらっと言ってくるな、こいつは。


「装備を直してただけだ」


「それがかっこいいんだよ」


 返す言葉がない。黙って水を飲んだ。ぬるくなっていた。



    ※



 夜、宿で全員の装備を仕上げていたら、ジークが来た。


「明日の調査に同行させてくれないか」


「ジークさんのステータスだと、揺らぎ域の奥は厳しいですよ」


「分かってる。だが、あんたが装備を直してくれたおかげで、昼間よりはましに動ける。足を引っ張るつもりはない。……この町の冒険者として、原因くらいは自分の目で確かめたい」


 ジークの目は真っ直ぐだった。ステータスが半分に落ちても、この目は揺らいでいない。数字じゃない部分で戦える人間だ。


「——いいですよ。ただし、装備の不調を感じたらすぐ言ってください。現場で調整します」


「……恩に着る」


「依頼料は後で」


「取るのか」


「仕事ですから」


 ジークが鼻で笑った。昨日と同じ笑い方だけど、含まれてるものが違う。


 明日、東へ向かう。揺らぎの発生源を、この手で確かめに行く。

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