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依頼は受けてない。勝手に倒しただけだ


 翌朝。いつも通り装備を点検して、いつも通りギルドに行って、いつも通り最下段から依頼書を剥がして——街を出た。


 今日の依頼は東の森の薬草採取。三回目だ。もう採取ポイントは暗記してるから、午前中には終わる。午後は手甲の縫い目の補強でもやるか。


 そんなことを考えながら東門を出たところで、門番の兵士が二人、慌ただしく走っていくのが見えた。


「——ゴーレス街道で商隊が襲われた! 甲殻獣だ! 護衛のC級が二人やられてる!」


 足が止まった。


 ゴーレス街道。昨日、唸り声が聞こえたあの方角だ。あの時行っておけば——いや、それは今考えても仕方ない。


 門番の兵士がもう一人走ってきた。


「ギルドにはもう連絡した! B級パーティが出るけど、到着まで半日かかるって!」


 半日。


 商隊の護衛がC級二人。もうやられてる。甲殻獣が相手なら、C級じゃ厳しい。半日間、護衛なしで商隊が保つか? 保たないだろう。甲殻獣は一度獲物を見つけたら執着する。逃げ切れる足じゃない。


 俺は東門の前に立ったまま、二つの方角を見比べた。


 東の森。薬草採取。銅貨五枚。午前中に終わる。安全。ルール通り。


 北のゴーレス街道。甲殻獣。B級依頼。受注資格なし。報酬なし。ギルドに怒られるかもしれない。


 ……。


 走り出したのは、考えるより先に足が動いたからだ。北に向かって。


 理屈は後からついてきた。人が死ぬかもしれない場所が目と鼻の先にあって、倒せる力が自分の腰にぶら下がってて、それで薬草摘みに行くのか。バカか、行けるわけないだろ。


 制度がどうとか、ペナルティがどうとか、そういうのは後で考える。



    ※



 ゴーレス街道まで全力で走って、十分もかからなかった。


 現場は街道の中ほど。荷馬車が三台、横倒しになっている。散乱した荷物の向こうに、商人たちが固まって震えていた。


 その手前に、護衛の冒険者が二人。一人は地面に倒れて動かない。もう一人が片膝をついて剣を構えてるけど、左腕がだらんと垂れてる。折れてるか、外れてるか。どっちにしろもう戦える状態じゃない。


 で、そいつらの前に立ちはだかってるのが——甲殻獣。


 でかい。


 体長は荷馬車一台分くらい。全身を覆う黒い甲殻が鎧みたいに光ってる。六本の脚、潰れたような頭、そこからのぞく複眼。見た目は巨大な甲虫だけど、動きは獣だ。甲虫のくせに牙がある。生物としての設計思想が分からない。


 B級指定。正面からやるなら、A級パーティでも一仕事になる相手。


 ——俺の装備なら、話は別だけど。


「おい!」


 声をかけた。護衛の生きてる方がこっちを振り向く。


「応援か!? ——って、お前、そのプレート……F級かよ!? 来んなガキ! 死ぬぞ!」


 まあそう言うよな。


「逃げろっつってんだ! C級の俺らでも手がつけらんねえんだよ、F級のお前に何が——」


「護衛さん、後ろ」


「は?」


 甲殻獣が動いた。護衛の怒鳴り声に反応して、こっちに向かってくる。六本の脚が地面を抉りながら突進してくる。速い。でかい図体の割に速い。


 護衛が慌てて剣を構え直すけど、片腕じゃ受けられない。


 俺は護衛の横を走り抜けて、前に出た。


 剣を抜く。


 甲殻獣との距離が詰まる。複眼がこっちを捉えた。でかい顎が開く。噛み砕くつもりだ。


 振った。


 剣が甲殻獣の顎に当たる。当たった瞬間、黒い甲殻が——割れた。飴細工みたいに、あっさりと。


 斬撃が顎から頭部を通過して、そのまま胴体の前半分まで走った。


 甲殻獣の巨体が、一瞬だけ静止した。


 それから、左右に分かれるようにして崩れた。断面から体液が溢れて、地面に染み込んでいく。六本の脚がばらばらに痙攣して、止まった。


 ——一撃。


 後ろで、何か落ちる音がした。振り向いたら、護衛の冒険者が尻餅をついてた。剣を取り落として、口を半開きにして、こっちを見てる。


 商人たちも似たような顔をしていた。


 ……なんか、空気が重い。いや重いっていうか、凍ってる。静かすぎる。虫の声すら聞こえない。


 剣を鞘に収めた。今回も刃に汚れはない。甲殻獣の体液が触れる前に両断してるから、剣が汚れる暇がない。


 護衛の冒険者が、まだ地面に座ったままこっちを見上げてる。


「……おい」


「はい」


「今の、なんだ」


「なんだって言われても。斬っただけだけど」


「斬っただけって……甲殻獣だぞ? B級指定の? あの甲殻、C級の俺の剣じゃ傷もつかなかったんだぞ!?」


「まあ、『剣』がいいんで」


「『剣』が、いい……?」


 護衛はまだ理解が追いついてない顔だ。ていうかこの人、腕の方は大丈夫なのか。


「それより腕見せてくれ。折れてるか?」


「あ? ——いや、脱臼だと思う。痛えけど骨は繋がってる感じ」


「じゃあ戻す。動くなよ」


 脱臼の処置くらいはできる。パーティ時代にザックが何回か肩を外してたから、戻し方は覚えた。あの馬鹿のおかげで一つだけ技術が増えたわけだ。ありがとうザック。いや別にありがたくないけど。


 護衛の肩を嵌め直してやって、倒れてるもう一人も確認する。気を失ってるだけで、命に別状はなさそうだ。傷は深いけど、早く治療師に見せれば大丈夫だろう。


 商人たちが恐る恐る近づいてきた。


「た、助かりました……! あなたは、その、B級パーティの方ですか?」


「いえ。F級です」


「……F級?」


「レベル1なんで。ギルドの査定だとF級になります」


「レベル1で——あれを?」


 信じられないって顔をしてる。そりゃそうだ。俺だって他人がやったの見たら信じない。


「依頼はギルドから受けてないんで、報酬とかは結構です。商隊の方、全員無事ですか?」


「え、ええ。怪我人は何人かいますけど、命は皆……」


「ならよかった。B級パーティがそのうち来るはずだから、そっちに事後処理は任せてください」


 言って、踵を返した。


「ま、待って! せめてお名前を——」


「ラグ。ただのF級冒険者です」


 それだけ言って、その場を離れた。


 薬草採取の依頼、まだ間に合うかな。



    ※



 同時刻。ゴーレス街道。


 護衛の冒険者——名をドーラン、C級登録——は、嵌め直してもらった肩をさすりながら、もう一度甲殻獣の死骸を見た。


 頭部から胴体前半まで、一直線に両断されている。断面は滑らかで、甲殻の厚さが嫌というほど分かる。あの硬さを、一振りで。


 ドーランはC級になって四年になる。B級を目指して腕を磨いてきた。この甲殻獣に全力の斬撃を入れて、傷ひとつつけられなかった。


 それを。


 あのガキは——F級プレートを下げたあのガキは、片手で振った一撃で、真っ二つにした。


「……報告書、書かないとな」


 ドーランは懐から紙を取り出して、折れてない方の手で書き始めた。


『緊急報告。ゴーレス街道における商隊襲撃事案について。


 B級指定魔獣・甲殻獣一体、F級冒険者により単独討伐。所要時間、推定5秒未満。


 討伐者情報:名前「ラグ」、登録等級F級、レベル1(自己申告)。武器は片手剣。特殊な魔法・スキルの使用は確認できず。純粋な剣撃による一撃討伐と思われる。


 なお、当該F級冒険者は本依頼を正式に受注しておらず、報酬の受け取りも辞退。』


 書き終えて、読み返した。


 自分で書いたくせに、自分で信じられない。


「……ギルドに出して、頭おかしいと思われねえかな、これ」

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