核を穿つ
第一層は、石の回廊だった。
天井が高い。幅は馬車が二台並べるくらい。壁も床も天井も、全て同じ灰色の石で作られている。等間隔に配置された光源石が淡い光を放っていて、松明がなくても歩ける。
古代の建造物だ。石の継ぎ目が精密で、何百年も経っているはずなのに崩れている箇所がほとんどない。作った連中の技術力が桁違いだったのが分かる。
「思ったより明るいな。闇の迷宮ってイメージだったけど」
ニーカがきょろきょろしながら言った。盾を構えっぱなしだ。
「第一層だからだろ。深くなるほど環境が変わるはずだ」
先頭をヴァルドが歩いている。「鉄鎖の牙」の斧使い——ドルゴが右翼、魔法使い——ファーナが後方。俺たちはその後ろにつく形。
十分ほど歩いたところで、ヴァルドが足を止めた。
「来るぞ」
回廊の奥から、重い足音が響いてきた。地面が微かに振動している。
曲がり角の向こうから現れたのは——石だった。
人型の石。高さは二歩分くらい。全身が灰色の岩で構成されていて、関節部分だけが薄い隙間で繋がっている。目も口もない。頭部にあたる部分にうっすらと古代文字が刻まれていて、それが青白く光っている。
ゴーレム。三体。
「俺たちが先に行く。下がってろ」
ヴァルドが長剣を抜いて突進した。ドルゴが斧を構えて続く。
ヴァルドの一撃がゴーレムの胸に叩き込まれた。レベル78の全力斬撃。A級の長剣が岩の表面に食い込んで——止まった。
刃が岩を三分の一ほど切り込んだところで、それ以上進まない。
「硬え……!」
ヴァルドが剣を引き抜く。斬撃の跡は残っているけど、ゴーレムは平然と動き続けている。ダメージがない。
ドルゴの斧も同じだ。岩に叩きつけて破片を砕くけど、ゴーレムの動きは止まらない。表面を削っているだけで、本体に届いていない。
ファーナの火球がゴーレムに当たった。爆発。煙が晴れると、ゴーレムの表面が少し焦げているだけ。
「おい、こいつら硬すぎるだろ!」
ドルゴが舌打ちした。三人がかりで一体のゴーレムに攻撃を集中しているのに、倒せない。
俺は後方から観察していた。ゴーレムの動き、構造、攻撃に対する反応。
岩の外殻が異常に硬い。A級の剣でも貫通できないほどだ。普通に殴っても斬っても、外殻を壊すのに莫大な時間がかかる。力押しで倒す相手じゃない。
でも——動いている。石の塊が、自律して動いている。動力源がどこかにあるはずだ。
ゴーレムの胸の中心部。古代文字が刻まれた頭部から、薄い光の筋が胸に向かって走っている。光の集まる先に何かがある。
核だ。
「ヴァルドさん」
声をかけた。ヴァルドがゴーレムの拳を躱しながらこっちを見る。
「何だ、今忙しい——」
「胸の中心に核がある。外殻を正面から壊す必要はない。関節の隙間から核を突けば倒せる」
「関節の隙間……?」
「左肩の付け根。外殻が薄くなってる。そこから突けば核まで届く」
ヴァルドが一瞬迷って、それから試した。ゴーレムの左肩の関節部分——外殻と外殻の繋ぎ目——に長剣を突き入れる。
刃が滑り込むように入った。外殻を砕く必要がない。隙間を通すだけだ。
ぱきん、と内部で何かが割れる音がした。
ゴーレムの動きが止まった。古代文字の光が消えて、そのままゆっくりと崩れ落ちた。石の塊に戻る。
「……一撃か」
ヴァルドが剣を引き抜いて、崩れたゴーレムを見下ろした。核の破片が転がっている。拳大の青い結晶だ。
「残り二体。同じ方法でいけるはずです」
「……ああ!」
ヴァルドがこっちを見た。
「やれるか、お前たち」
俺に向けた言葉じゃなかった。残りの二体を、俺たちに任せていいか聞いている。
「やれる。——ニーカ、正面」
「任せろ!」
ニーカが飛び出した。盾を構えてゴーレムの拳を正面から受ける。重い音。ニーカの足が滑るけど、盾は保っている。蓄積値が積み上がった盾は、ゴーレムの岩拳にも耐えた。
「セリア、左肩の関節!」
「見えてる!」
セリアがニーカの横をすり抜けて、ゴーレムの左肩に短剣を突き入れた。関節の隙間に刃が吸い込まれて、核を砕く。二体目、沈黙。
三体目。俺が行く。
山岳鉄の剣を構えて、正面から近づいた。ゴーレムが拳を振り下ろしてくる。横に捌いて——振り上げた拳の下、脇の関節に剣を突き入れた。
硬い外殻の隙間を縫って、刃が内部に到達する。核に触れた感触。押し込む。
砕けた。
三体目が崩れた。
※
「……核を狙う、か」
ヴァルドが崩れたゴーレムの残骸を見ながら呟いた。
「力押しじゃ何分かかったか分からないな。——お前、どうやって核の位置を見つけた」
「光の筋です。頭部の文字から胸に向かって光が走ってた。あれが動力の経路で、集まる先が核だと」
「俺にはそんなもの見えなかったが」
「装備師の目です。装備の構造を見る癖があるので、物の中の仕組みを読むのは慣れてます」
ヴァルドがしばらく俺を見つめていた。
「……レベル1の装備師、か。面白い冒険者もいるもんだ」
褒めてるのか呆れてるのか分からない言い方だったけど、さっきまでの「見下し」の空気は消えていた。
※
第一層を進んでいく。ゴーレムはまだ何体か出てきたけど、核の位置が分かれば処理は早い。ヴァルドたちも関節狙いの戦法を覚えて、合同で片づけていった。
半日ほど歩いて、第二層への降り口が見えてきたところで、ヴァルドが「今日はここまでにしよう」と言った。
回廊の広い場所に陣を張る。迷宮内での最初の野営だ。
テントは二つ。「鉄鎖の牙」が一つ、アンランクが一つ。
問題はこっちのパーティーの方だ。四人で一つのテントに入る……狭い。
「ニーカ、盾をテントの中に持ち込むなよ。場所取りすぎる」
「えー。盾と離れたくない」
「外に立てかけておけ。誰も盗らないから」
渋々ニーカが盾を外に出して、テントの中に四人が収まった。二人用のテントに四人。肩がぶつかる。
「狭い……」
「我慢しろ。これしかないんだから」
寝袋を敷くのにも一苦労だ。ニーカがでかいから場所を取る。リーゼは小柄だから隅に収まれるけど、セリアと俺が残りのスペースを分け合う形になる。
「ラグ……近いよ」
セリアの頬は赤くなってた。
「分かってるけど、物理的に離れられないんだ」
「…………うん。まあ、いいけど」
いいのか。
全員の装備の手入れは寝る前に外でやった。ゴーレム戦で損耗した箇所を確認して、応急処置。ヴァルドたちの装備は今のところ手入れの申し出はしていない。向こうが頼んでくるまでは出しゃばらないでおく。
テントに戻って、寝袋に入った。ニーカはもう寝てる。こいつの寝つきの良さは才能だ。リーゼは本を読んでいたけど、光が足りなくてすぐに諦めた。
目を閉じた。
暗い。テントの外は迷宮の静寂だ。
隣からセリアの寝息が聞こえる。まだ起きてるのか寝かけてるのか、浅い呼吸。近い。手を伸ばしたら届く距離——いや、手を伸ばさなくても肩が触れてるんだから、もう届いてる。
寝よう。明日は第二層だ。
目を閉じて、しばらくして。
隣で寝返りがあった。セリアが体の向きを変えたらしい。その拍子に、セリアの額が俺の肩にこつんと当たった。
……起きてるのか。起きてないのか。
呼吸が規則的だ。寝てる。……たぶん寝てる。
そっと離れようとしたら、セリアの手が俺の袖を掴んでいた。
ぎゅっと寝ながら。無意識に。
離せない。離したら起きる。起きたら気まずい。
……なんで俺の周りの女は寝ながら人を掴むんだ。前もこういうことなかったか。
諦めて目を閉じた。セリアの額が肩に当たったまま、袖を掴まれたまま、眠りに落ちた。
翌朝、セリアは何も覚えていなかった。俺も覚えていないことにしておいた。




