アンランクの名
グレイプベアの素材をギルドに持ち込んだ時の、窓口の職員の顔は忘れられない。
「B級指定……グレイプベアの牙、爪、毛皮。——これを、どちらで?」
「東部森林です」
「パーティ等級は……」
「受注してません。自主活動です」
職員がこっちのプレートを確認して、F級、E級、D級、D級の組み合わせを見て、二回瞬きした。この反応にも慣れてきた。
換金額は金貨三枚と銀貨八枚。過去最高を更新した。
それより気になったのは、ギルドのロビーの空気だった。
窓口を離れて歩いていると、周囲の冒険者たちの視線を感じる。前からちらちら見られることはあったけど、今日は質が違う。ざわつきが明確にこっちを向いている。
「ラグ、なんかみんなこっち見てるんだけど」
ニーカが小声で言った。小声にしては声が大きいけど。
「グレイプベアの素材持ち込んだのが見られたんだろ。F級とE級とD級がB級素材を出したら、そりゃ注目される」
「注目されるのはいいけど、あの目つき怖くない?」
怖い目つきのやつもいれば、興味深そうな目つきのやつもいる。信じられないって顔のやつもいる。
一人、こっちに歩いてきた男がいた。体格のいい冒険者。プレートはB級の青銅色。見覚えがある。——以前、ギルドの通路で「端に寄れ」と言ってきた大剣の男だ。
足を止めた。セリアが俺の横で緊張しているのが分かった。
大剣の男が俺の前に立った。見下ろしてくる。こいつ、でかいんだよな。
「お前、F級のラグか」
「そうだけど」
「お前らがグレイプベアを倒したっていうのは本当か」
「本当だ」
男が俺の顔を見て、それからニーカの盾を見て、セリアの短剣を見て、リーゼの杖を見た。何かを確認するような目だ。
「……俺は十二年B級をやってる。グレイプベアも何度か相手にした。B級パーティ四人でやっと仕留められる相手だ。それを——F級混じりのお前らが倒した」
「倒した。四人でだけど」
「四人で。レベル1を含む四人で……な」
男の目が複雑だった。怒っているわけじゃない。困惑と、もう一つ何か——。
「俺のレベルは58だ。十二年かけて58まで上げた。レベルが全てだと思ってやってきた。——お前を見てると、その十二年が何だったのか分からなくなる」
「……あんたの十二年は、あんたのものだろ。俺とは関係ない」
「そうだな、関係ない。——ただ、一つだけ聞かせろ。お前の強さは、レベルじゃないんだな」
「レベルじゃない。装備と、仲間だ」
男がしばらく黙っていた。それから、鼻で一つ息を吐いた。笑ったのか、呆れたのか分からない微妙な音だった。
「……以前、通路で邪魔だと言ったな。覚えてるか」
「覚えてる」
「悪かった」
それだけ言って、男は踵を返して去っていった。
セリアが小声で「今の、謝った?」と聞いてきた。謝った、あの男なりのやり方で。
「……ラグ、レベル至上主義の冒険者にまで届き始めてるんだね」
「届いたっていうか、突きつけてるんだろうな。レベル以外の強さがあるってことを」
リーゼが隣で言った。
「それ、エルマさんが狙ってたことでしょ。制度の中から疑問を持つ人を増やすっていう」
「ああ……一人ずつだけど、確実に増えてる」
※
エルマに呼ばれたのは、その日の夕方だった。
応接室。いつもの椅子。エルマの表情がいつもより柔らかい。
「お伝えしたいことがあります」
「何ですか」
エルマが一枚の書類を差し出した。
「ガーヴさんから、非公式の連絡がありました」
「ガーヴさんから?」
「北部の監査報告以降、ガーヴさんはギルド内部で独自に動いているようです。連絡の内容は——『等級査定基準の多角化について、内部検討会の設置を上層部に提案した』」
等級査定基準の多角化。レベルだけじゃない基準で等級を決める仕組みの検討。
「ガーヴさんが?」
「ええ……驚きました。あの方は制度に忠実な方ですから。ただ、北部で見たことが——何か変えたのだと思います」
「……提案は受理されたんですか?」
「されました。ただし、検討会の設置は認められたものの、実際の制度変更につながるかどうかは未知数です。上層部には反対派が多い。長い戦いになると思います」
「長い戦いか」
「でも、戦いが始まったこと自体が大きな一歩です。ガーヴさんの提案と、わたしの報告書と、ラグさんの実績。三つが揃って初めて、上層部も検討会を拒否できなくなった」
エルマが眼鏡を直した。今度は笑わなかった、真剣な目だ。
「亀裂が、広がっています。ゆっくりですが、確実に」
「……ありがとうございます、エルマさん。ここまで来れたのは、あなたの記録があったからです」
「わたしは記録を取っただけです」
「また言ってる」
「本当のことですから」
※
ギルドを出て、四人で安宿に帰る道。
「ガーヴさんが動いてるって、すごいことだよね」
セリアが言った。
「あの人が内側から制度を変えようとしてくれてるなら、エルマさんの記録と合わせて——いつか本当に変わるかも」
「でも、まだ時間はかかるんでしょ」
「かかる。でも——焦ることはないよ。俺たちは制度が変わるのを待ってるわけじゃなくて、自分たちで道を作ってるんだから」
「……ラグって、そういうところ本当に強いよね」
「強くないよ。ただ、他にやり方を知らないだけだ」
「それが強いって言ってるの」
セリアがこっちを見上げた。
「……ちょっとは照れなよ」
「照れてるけど」
「嘘。全然そう見えない」
「……ちょっとは照れてる」
セリアがふっと笑った。
「正直に言った。えらい」
えらいって何だよ。
「でも、ガーヴさんが制度の中から変えようとしてくれてるなら、エルマさんの記録と合わせて——いつか本当に変わるかも」
「いつか、な」
「ラグの『いつか』は信用してるよ。いつも、ちゃんと届くから」
ニーカが前を歩きながら振り向いた。
「おーい、二人でひそひそ何話してんだー。置いてくぞー」
「置いてかないでよ!」
セリアが走っていく。リーゼが微笑みながらついていく。
アンランク。等級の外のパーティー。
この名前が、少しずつ定着していくだろう。きっと、ギルドの中にも外にも広がっていって。
それが嬉しいような、怖いような——でもまあ、隣にこいつらがいるなら大丈夫だ。
たぶん。




