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四人分の蓄積


 東部森林地帯。街から半日の距離にある深い森で、大型魔獣を中心とした群体が確認されている。


 現地の集落で情報を集めた。群体の構成は、大型魔獣「グレイプベア」一体を核に、中型の獣系魔獣が十体前後。グレイプベアはB級指定の熊型魔獣で、体格は馬車二台分、前脚の一撃で大木を叩き折る。周囲に棲みつく中型魔獣を従える習性がある。


 要するに、ボス一体と取り巻き十体。


「作戦は?」


 ニーカが盾を磨きながら聞いてきた。出発前に磨かなくていい、どうせ傷つくんだから——とは言わない。この子は戦闘前に盾を磨くのが儀式みたいなものだ。


「取り巻きとボスを分断する。森の中だから峡谷みたいな地形は使えないけど、逆に木を利用できる。ニーカが正面でグレイプベアを引きつけて、セリアと俺で取り巻きを片づける。リーゼは高所から魔法支援」


「わたしがあのでかいのを一人で受けるのか。燃えるな」


「受けるだけでいい。攻撃は俺たちが取り巻きを片づけてから全員でやる。一人で倒そうとするなよ」


「分かってるって」


 分かってるかどうか怪しいけど、ニーカの盾はもう加入当初とは別物だ。二週間の手入れで蓄積値が積み上がっていて、D級上位の突進を平然と受け止められるレベルになっている。B級の熊の一撃がどのくらいかは未知数だけど、盾が壊れるほどではないと信じている。


「リーゼ、射線の確保は」


「木が密だから、上に登って撃つ。枝の隙間から狙える角度を事前に確認しておく」


「頼む。セリアは俺と一緒に動く。取り巻きの数が多いから、二人で散らばらずに固まって処理していく」


「了解。——ラグ、新しい剣の調子はどう?」


「悪くない。蓄積値はまだ前の剣には遠いけど、山岳鉄の素材自体がいいから切れ味は十分だ」


「十分って、ラグの十分はだいたい他の人の最高だからね」


「それは言いすぎだ」


「言いすぎじゃないよ」



    ※



 森に入った。


 グレイプベアの巣は森の中央部、大きな岩場の近くにある。遠くからでも分かった。木が何本もへし折れている。あの熊がやったんだろう。縄張りを示す破壊痕だ。


 リーゼが先行して高い木に登った。枝の上から手信号を送ってくる。「ボス一体、取り巻き十一体。岩場の周囲に散らばっている」。


 十一体か、ちょっと多い。


「ニーカ、正面から入れ。ボスの注意を引いてくれ。大声出していい」


「大声! 得意!」


 ニーカが盾を構えて、茂みを突き破って岩場に飛び出した。


「おらあああ! でかい熊! こっち来い!」


 ……あの子のでかい声は本当に得意なんだな。


 グレイプベアが反応した。体を起こして、ニーカの方を見る。でかい。本当にでかい。四足で立っている時点で馬より大きくて、後脚で立ち上がったらたぶん家の二階くらいの高さになる。暗灰色の毛並みに、前脚の爪が鎌みたいに光っている。


 グレイプベアがニーカに向かって突進した。地響きがする。


 ニーカが盾を正面に構えた。腰を落として、足を踏ん張って。


 衝突。


 すさまじい音がした。ニーカの足が地面を掘りながら後ろに滑る。一歩、二歩、三歩——止まった。


 止めた。


 B級指定の大型魔獣の突進を、正面から受け止めた。


「っ——重い! けど、いける!」


 ニーカの盾が保っている。ラグの手入れで蓄積値が積み上がった盾が、B級の衝撃を受け止めている。


 グレイプベアの注意がニーカに集中した。取り巻きの中型魔獣たちも動き始める。ボスを援護しようとこっちに来るやつと、別方向に逃げるやつに分かれた。


「セリア、行くぞ」


「うん!」


 俺とセリアが左右から飛び出した。


 取り巻きは犬型の中型魔獣。C級下位くらいの強さ。一体ずつなら問題ないけど、数が多い。


 一体目。俺の山岳鉄の剣が首を通過した。切れ味がいい。蓄積値はまだ前の剣の十分の一以下だけど、山岳鉄の素材性能が高いから、C級下位の魔獣なら一撃で仕留められる。


 二体目。横から飛びかかってきたのを身を屈めてかわして、返す刃で胴を裂く。


 セリアも並行して処理している。短剣が犬型魔獣の喉を正確に突いていく。一体、二体、三体。E級の短剣使いがC級の魔獣を三体連続で仕留める。普通はありえない。でもセリアの短剣には俺の手入れで蓄積した経験値が詰まっている。


 上空から氷槍が降ってきた。リーゼの魔法。木の上から正確に、取り巻きの群れの中心を射抜く。二体が同時に倒れた。リーゼの火力もソロ時代とは別次元だ。杖の蓄積値が回復して、出力が跳ね上がっている。


 取り巻き十一体。俺が三体、セリアが三体、リーゼが二体、残り三体が逃走。一分半で片づいた。


「取り巻き、終わった! ニーカ、離脱!」


 ニーカがグレイプベアの前脚を盾で弾いて、横に跳んだ。グレイプベアが空振りして前のめりになる。


 四人が合流した。グレイプベアを半円形に囲む。


「ここからは全員で。ニーカが正面、セリアが右、俺が左。リーゼは隙を見て撃ってくれ」


 グレイプベアが後脚で立ち上がった。やっぱりでかい。家の二階分くらいある。前脚を振り上げて、叩きつけてきた。


 ニーカが受ける。今度は片足が浮くほどの衝撃だったけど、踏みとどまった。盾の表面に亀裂は入っていない。


 セリアが右から走り込んで、グレイプベアの脇腹に短剣を叩き込む。毛皮が厚い。浅い。でも血は出た。


 俺が左から斬りつける。後脚の腱を狙う。山岳鉄の刃が毛皮を裂いて、腱に届いた。深い。グレイプベアが咆哮して体勢を崩す。


 リーゼの氷槍が上空から降ってきた。グレイプベアの背中に突き刺さる。動きが鈍る。


 畳みかける。ニーカが盾で押し込み、セリアが反対側からもう一撃、俺が正面から首を狙って突く。山岳鉄の剣がグレイプベアの首の太い筋肉に食い込んだ。


 グレイプベアが最後の力で前脚を振り回した。ニーカの盾に当たって、ニーカの体が吹き飛んだ——けどニーカは空中で体勢を整えて着地した。盾を手放していない。


 俺は剣を引き抜いて、もう一度突いた。今度はもっと深く。首の奥まで。


 グレイプベアの動きが止まった。前のめりに倒れて、地面が揺れた。


 動かなくなった。



    ※



「……やった?」


「やった」


「B級の魔獣……倒しちゃったね、わたしたち」


 セリアが呆然とした声で言った。


「倒したぞー! すげー! 盾で受けたぞ! B級の突進受けたぞ!」


 ニーカが盾を掲げてはしゃいでいる。戦闘後にこのテンションなのはこの子だけだ。


「大丈夫? 吹っ飛ばされてたけど」


「平気平気。盾が受けたから体へのダメージはほとんどない。——ていうかさ、この盾すごくない? B級の前脚食らって亀裂一つないんだけど」


 ニーカが盾をひっくり返して確認している。確かに、表面に傷はあるけど構造的な損傷はない。普通の量産品の盾が、B級の攻撃に耐えた。


「わたしの杖も。さっきの氷槍、自分で驚くくらい威力が出た。ソロの時の倍は出てると思う」


 リーゼも驚いた顔をしている。


「俺の剣も、蓄積値がまだ低いのにグレイプベアの首を貫通できた。山岳鉄の素材性能もあるけど、それだけじゃ説明がつかない」


 四人の装備が、四人とも、等級を超えた性能を発揮している。


 全部、毎晩の手入れの蓄積だ。一日分は小さくても、積み重ねればB級を倒す力になる。


「ラグの手入れのおかげだね」


 セリアが言った。


「俺だけの力じゃない。ニーカが前で受けてくれたから、セリアとリーゼが火力を出せた。全員の力だ」


「でも全員の装備を毎晩仕上げてるのはラグでしょ。朝は日の出前に起きて、夜は全員寝てからも手入れして。——わたしたちの強さの根っこは、ラグの手なんだよ」


「……大げさだよ」


「大げさじゃない。本当のことだもん」


 セリアがまっすぐ俺を見て言った。こういう時のセリアには嘘がない。


 ニーカが急にこっちを向いた。


「そういえばさ、セリアの短剣って蓄積値どのくらいなんだろ。わたしの盾より手入れ時間長いから、けっこう高いんじゃない?」


「……ニーカ、それ今聞く必要ある?」


「え? 気になっただけだけど」


「手入れの時間は、面積の問題だってラグが——」


「面積って、セリアの短剣わたしの盾よりちっちゃいのに手入れ長いよね? 面積の問題じゃなくない?」


 リーゼが木の陰で顔を覆っている。笑いを堪えてるのが肩の震えで分かる。


「ニーカ、帰ったら手入れしてやるから、素材の解体手伝え」


「おっ、手入れしてくれるの? やった!」


 話題を逸らすのに成功した。たぶん。セリアがじとっとした目で見ているのは見なかったことにする。


 グレイプベアの素材を解体して、持てる分だけ持ち帰る。B級魔獣の素材だ。牙、爪、毛皮。換金額は相当なものになるだろう。


 帰り道。四人で並んで歩く。


 F級とE級とD級のパーティが、B級の魔獣を倒した。ギルドの等級制度からすればありえない結果だ。


 でもアンランクにとっては、ただの日常の延長だ。毎日の手入れの、積み重ねの結果。


 この手が止まらない限り、俺たちはまだ強くなれる。

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