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折れた剣


 十一体が峡谷に雪崩れ込んできた。


 先頭の三体が入り口に殺到する。第一波や第二波と違う。勢いが違う。リーダーの命令で統率された突撃だ。


「セリア、下がるな! 入り口で止める!」


 峡谷が狭いから、一度に入ってくるのは二体が限界。そこを叩く。


 一体目。突き。喉を貫通して倒す。引き抜く間に二体目が横から飛びかかってきた。剣の柄で顎を殴って怯ませて、返す刃で首を落とす。三体目はセリアが横から突いて仕留めた。


 三体。いける。まだいける。


 四体目、五体目が続いて入ってくる。こいつらは学習している。仲間の死体を踏み台にして跳躍し、頭上から来た。


 天井がない峡谷の弱点。上からの攻撃は防ぎにくい。


 一体を剣で受けた。重い。腕に衝撃が走る。弾き飛ばして斬る。もう一体がセリアに飛びかかったが、セリアはしゃがんでかわしてから、上を通過したフロストウルフの腹に短剣を突き上げた。


 五体目まで処理。残り六体。


 ここで峡谷の空気が変わった。


 息が白いどころか、吐いた息が瞬時に霜になって顔に張りつく。岩の表面が氷で覆われ始める。足元が滑る。


 ――リーダーが来る。


 峡谷の入り口に、白い巨体が姿を現した。


 他のフロストウルフとは存在感が違う。体格は馬を超えている。体毛は純白で、その一本一本から冷気が溢れ出している。リーダーの周囲三歩分が凍結領域で、近づくだけで装備が凍る。


 リーダーの背後に、残りの五体が控えていた。リーダーが先頭に立って、群れの最後の突撃を率いている。


「セリア、リーダーは俺がやる――残りの五体を頼む!」


「任せて!」


 リーダーが口を開けた。吠えるのかと思ったら違った。冷気のブレスだ。集中された極低温の冷気が、峡谷の中を砲弾みたいに飛んでくる。


 横に跳んだ。壁に背中をぶつけながら回避。冷気のブレスが通過した場所の岩が白く凍結して、ぱきぱきと音を立てた。あれを食らったら体ごと凍る。


 リーダーが突進してきた。前脚を振り上げる。爪に冷気が集中して、青白い光を放っている。


 受けるか躱すか——受ける。この距離じゃ躱せない。


 剣で爪を受けた。


 衝撃。腕が痺れる。それだけじゃない。爪が剣に触れた瞬間、冷気が刀身を伝って一気に広がった。耐冷コーティングを突破して、鉄の内部に冷気が浸透していく。


 手元が凍りつくような感覚。柄まで冷気が伝わってきて、握っている手の感覚が消えた。


 まずい。


 リーダーを蹴って距離を取った。剣を確認する。


 刀身に亀裂が走っていた。


 根元から中ほどにかけて、髪の毛ほどの細い線が、一直線に。


 ——折れる。


 分かった。この剣は、次の一撃で折れる。リーダーの冷気で金属の内部構造がやられた。コーティングでは防げなかった。普通の鉄は、この冷気に耐えられない。


 分かっていた。分かっていたのに、打つ手がなかった。山岳鉄の剣があればと、何度も思った。でもなかった。この剣しかなかった。


 リーダーが二撃目を繰り出す。右の前脚。さっきより速い。


 選択肢は二つ。受けるか、避けるか。


 受けたら剣が折れる。避けたら背後のセリアに直撃する。セリアは五体を相手にしている最中で、リーダーの攻撃まで対処できない。


 ——選択肢なんか、最初からなかった。


 受けた。


 剣がリーダーの爪を受け止めた。衝撃。冷気。金属の悲鳴。


 ぱきん。


 軽い音だった。三年分の重さに対して、あまりにも軽い音だった。


 刀身が折れた。根元から三分の一のところで、斜めにぱっくりと。


 折れた先端が回転しながら飛んで、地面に突き刺さった。刃が凍結して、青白く光っている。


 手元に残ったのは、柄と、短くなった刀身の根元。


 三年間。この剣と一緒にいた。A級パーティの戦場を、F級に落ちてからの日々を、甲殻獣もダイアウルフも、全部こいつと一緒に越えてきた。蓄積値8,947。俺の三年分が詰まった剣。


 それが——折れた。


 リーダーが畳みかけてくる。前脚を振り下ろす。折れた剣では受けられない。長さが足りない。


 体を捻って避けた。爪が外套を掠めて、布が凍りつきながら裂けた。体勢が崩れる。岩の上で足が滑った。膝をついた。


 リーダーの赤い目が見下ろしている。次で終わらせるつもりだ。


「ラグ!!」


 セリアの声。五体を相手にしている最中に振り向く余裕なんかないはずなのに、叫んでいる。


 リーダーが口を開けた。至近距離のブレス。これを食らったら死ぬ。


 死ぬわけにはいかない。


 折れた剣を捨てた。手が、腰の後ろに伸びる。


 手入れ用の小刀。刃渡りは手のひらより少し長い程度。戦闘用じゃない。装備の革を裁ったり、素材を加工したりするための道具。


 でもこいつは——俺が毎日触れている。三年間、一日も欠かさず、この手で握って作業してきた。蓄積値は剣ほどじゃない。でも、ゼロじゃない。


 小刀を握って、リーダーのブレスの下を潜った。


 レベル1の体で、C級上位のリーダーの懐に飛び込む。小刀のリーチでは、ここまで入らないと届かない。牙の間合い。爪の間合い。息がかかるほどの距離。


 突いた。小刀がリーダーの喉元に届く——浅い。毛皮が厚すぎる。小刀の刃では貫通しない。


 リーダーが首を振って俺を弾き飛ばした。背中から地面に叩きつけられる。息が止まった。


 起き上がろうとして、腕が動かなかった。冷気で体が芯まで冷えてる。指が動かない。足に力が入らない。


 リーダーが近づいてくる。ゆっくりと。仕留め損なった獲物をもう一度殺すために。


 セリアが叫んでいる。こっちに来ようとしているけど、残りのフロストウルフが行く手を塞いでいる。間に合わない。


 動け。動け。動けよ、この体。レベル1でも、F級でも、動けば何とかなってきただろ。今まで——


 リーダーが前脚を振り上げた。


 その瞬間——


 峡谷の空気を裂いて、一振りの剣が走った。


 リーダーの振り上げた前脚を、横合いから叩き落とす。重い一撃。リーダーの巨体がよろめいた。


 俺とリーダーの間に、黒いコートの背中が割り込んだ。


「——監査官の職務範囲を超えるが」


 男は言った。


「民間人の生命が危険にさらされている場合は、介入が認められる」


 ガーヴが剣を構えて、リーダーの前に立っていた。

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