レベル1はパーティに要らないそうです
朝起きて最初にやることが自分の顔を洗うことじゃなくて他人の武器を磨くことだって言ったら、大抵の人間には理解されないと思う。
でもまあ、これが俺の三年間だ。
まずヴェルトの長剣。刃毀れはなし。柄の巻き直しは昨日やったから、今日は磨くだけでいい。——と思ったら鍔元の留め金がわずかに緩んでる。増し締め。こういう細かいところを放っておくと、振った瞬間にバランスが狂う。本人が気づくかって? 気づかない。だから、俺がやる。
次、ザックの戦斧。こっちは毎回どこかしら壊してくる。今日は柄の中腹にヒビ。あのな、武器は叩きつけるもんじゃなくて振り抜くもんだぞ。……言っても聞かないから言わないけど。木材を削って補強材を噛ませて、樹脂で固める。柄ごと替えた方が早いんだけど、この斧、重心の位置がやたら良くて、ザックが無自覚に気に入ってるっぽいからそのままにしておく。
最後、リーゼの杖。触媒結晶の純度チェック。光に透かして曇りがないか見て、布で拭いて終わり。リーゼは装備の扱いが丁寧だから助かる。全員これくらいやってくれると俺の睡眠時間が増えるんだけど。
——と、まあ。毎朝こんな感じだ。
改めまして、俺の名前はラグ。A級冒険者パーティ「銀翼の剣」所属。肩書きは装備管理担当。格好よく聞こえるかもしれないけど、要するに荷物持ち兼雑用係だ。パーティの戦闘に出たことは一度もない。
なんでかって、そりゃ簡単な話で。
ヴェルトのレベルは63。ザックが54。リーゼが44。
俺は——1。
レベル1。
どれだけ魔物を倒しても上がらない。経験値が全部、俺が手に持ってる装備の方に流れていく特殊体質だ。生まれつきの、どうしようもない体質。
おかげで装備だけはとんでもないことになってる。腰に下げてるこの剣なんか、見た目は何の変哲もないのに、吸い込んだ経験値のせいでそこらの魔剣より普通に斬れる。
でもこの世界、そういう評価の仕方はしてくれない。
見るのはレベルだけ。
レベルが高けりゃ偉い。低けりゃ終わり。冒険者ギルドの等級も、受けられる依頼も、泊まれる宿も、店で吹っかけられる値段も、全部レベルで決まる。
レベル1の俺は、何をどうやっても最底辺のF級。ずっとそうだし、たぶんこの先もずっとそうだ。
じゃあなんでA級パーティにいるのかって話だけど、ヴェルトが昔——まだ駆け出しだった頃に拾ってくれた。「装備の面倒見れるやつがいると助かる」。戦力として期待されたことなんか一度もない。
それでも三年間、やってこれた。何だかんだ、ここが自分の居場所だと思ってた。
——今日の半期査定までは。
※
ギルド本部、査定室。
半期に一回、登録冒険者が全員ステータスを鑑定石に記録する日。サボると等級に響くから、どんな大物でもちゃんと来る。逆に言えばそれくらいしか強制力のあるイベントがない、わりと緩い組織ではある。
ヴェルト、ザック、リーゼの順に鑑定石に手を置いて、数字が記録されていく。63、54、44。査定官が確認して判を押して、はい次。流れ作業。
で、俺の番。
鑑定石に手を置く。光る。数字が出る。
——レベル1。
査定官の筆がぴたっと止まった。
「……もう一度、お願いできますか」
はいはい。慣れてますよその反応。
手を置き直す。当然、結果は同じ。レベル1。三年前から変わってないし、三年後も変わらない。俺の経験値は全部装備が持っていくんだから。
査定官がこっちを見る目つきが変わった。困ってるとか同情してるとかじゃなくて、「面倒な案件が来た」って顔。ギルド職員がよくやるやつだ。
「少々お待ちください」
査定官が席を立って、奥に引っ込んだ。何か書類を持って戻ってくるまで数分。
「パーティ『銀翼の剣』リーダー、ヴェルトさん。別室でお話が」
ヴェルトが呼ばれて出ていった。
待ってる間、ザックは壁にもたれて欠伸してた。緊張感のない男だ。リーゼは黙って椅子に座ったまま、ちらちらこっちを見てくる。
その目が何を言いたいのかは、何となく分かった。だから俺の方から逸らした。言葉にされる前に逸らした方が、お互い楽だろ。
十分くらいしてヴェルトが戻ってきた。
「ラグ。悪いけど——お前、今日で抜けてくれ」
一瞬「えっ!?」って思ったけど、そんな俺の驚きも構わず、ヴェルトは続ける。
「A級パーティにF級相当の登録者がいるのは規定違反だってさ。是正勧告。次の査定までに解消しないと、パーティ全体の等級が下がってしまう」
ザックが壁から背中を離した。
「まあ、しょうがないっしょ。レベル1は——うん、さすがにな」
軽い。すげえ軽い。三年一緒にいた人間に出す空気じゃないと思うけど、ザックにとってはこの程度の話なんだろう。レベル1は戦力外。それ以上の意味なんか最初からなかった。
リーゼが口を開きかけた。
何か言おうとしてた。でも、ヴェルトとザックの間にある「もう決まったから」っていう空気に、そのまま呑まれて閉じた。
……まあ、うん。リーゼが何か言ったところで結果は変わらない。ギルドの規定は規定だ。レベル1がA級パーティにいること自体が制度上おかしいんだから。三年も見逃されてた方がどうかしてたんだ。
「分かった」
俺はそれだけ言った。
怒ってないかって? 怒ってる。そりゃ怒ってる。三年間毎朝、こいつらの装備を磨いてきた。鍔元の緩みも、柄のヒビも、結晶の曇りも、全部見てきた。「レベル1だから」の一言で終わらせていい時間じゃなかったと思ってる。
でも、ここでごねてどうなる。レベルが全てのこの世界で、レベル1の俺が何を言ったところで、ただの負け惜しみにしかならない。
だから、一つだけ聞いた。
「装備、置いていった方がいいか」
「いや、お前の私物だろ。ていうかレベル1の装備とか邪魔だし、持っていけ」
それで終わり。
三年分の会話の締めくくりが、これだ。
※
宿舎に戻って荷物をまとめた。たいした量じゃない。着替え、手入れの道具、自分の装備。背負い袋ひとつに全部収まる。三年住んだ割に、俺の痕跡って少ないな。
最後に部屋を見回して、棚の上に気づいた。ザックの斧の予備の柄材。明日の補修用に削っておいたやつだ。
——置いていくか。
いや、やめた。これは俺が削ったもんだ。持っていく。
背負い袋の紐を締めて、宿舎を出た。
振り返んなかった。振り返る理由がないから。
※
——その日の夕方。
「銀翼の剣」の宿舎、ヴェルトの部屋。
壁に立てかけてあった長剣を手に取る。鞘から引き抜いて、刃を確認。
今朝、ラグが磨いた剣。傷ひとつない刀身。いつも通り——のはずなんだけど。
「……なんか、軽いな」
重さは同じ。バランスも同じはず。なのに握った感触が、ほんのわずかに物足りない。
ヴェルトは首を傾げた。
「ラグの手入れが上手かったからか……まあ、自分でやりゃ済む話だ」
そう呟いて、剣を鞘に戻して、それきり考えるのをやめた。
——その「まあ」が通用しなくなるまで、あと少し。




