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29話


 もう少しユグロコでゆっくりしていこうかと思っていたけど、襲われているとのことだし戻ることにした。もっとも、着くころには何もかも終わっていると思われる。


「危険そうならすぐ引き返しますからね」

「もちろん」


 危険な状態で、敵がいる側から入るなんて俺もしたくはない。


 御者は慎重に異常がないか確認しながら進んだため行きよりも倍近く時間が掛かり、着いたのは二日後になった。無理を言って出してもらったのだし、仕方ないことだ。


 町に着くと、既にモンスターの死体すら残っておらず襲撃があったのかどうか分からないほどだった。

 それでも何かあったのだと分かるのは、風俗街の方からどんちゃん騒ぎが聞こえてきたからだ。倒されたモンスターたちは衛兵か冒険者たちの稼ぎとなり、思う存分楽しんでいるのだろう。モンスターが上質な肉になる種ならば、そのままパーティの食材にもなる。


 そんな騒ぎのせいか自然と車は風俗街の入口に止まり、降ろされた。どうかと思ったが、御者も緊張で疲れているのだろうし混ざりたいのだろう。


 アケミさんと呆れの溜息をつきながら、それでも文句は言わず残りの少しを徒歩で戻った。



 最初に俺たちを出迎えたのはシマだ。門をくぐり町に入るとすぐに現れた。


「……なんでそいつがいるにゃ?」

「よろしく!こき使ってあげるわね!」


 想像できたことだが、知り合いであっても別に仲が良くはなかった。


「シマちゃんただいまー!」


 とアケミさんがシマに抱き着く。モフる。


「シマの方が先にいたんだから、少しくらい気を使うなりしろよ」

「嫌!私は奥さん、こいつはペット。差は明らかじゃないかしら?」

「同じ畜生だろ」


「奥さんにゃ?ババアが?」

「ガキには大人の色香が分からないかもしれないわね」


 その愛くるしさで大人の色香なんて言われても、誰も分からんだろうな。どちらにせよペット枠にしか見えない。


「奥さんうんぬんはおいといて、シマはこいつが住むことになったら平気?」

「嫌にゃ。うざいにゃ」

「だよなー」


 この二匹が和解するとはとても思えない。


「許しなさい。長命令です」

「パワハラだ」

「ふふふ、長じゃないにゃ。ざまあにゃ」

「あら?……ホントね。やった!」


 あ、嬉しいんだ。


「え、長じゃなくなったんですか?どういうことなんです?」

「こいつ外出し過ぎて長の仕事果たしてにゃくね?ってなったのにゃ。そんで交代にゃ」


 非常に簡潔で分かりやすい説明。


「誰になったの?って聞いても分からんか。俺はどうすれば良い感じ?」

「アルマンともう話は付けたみたいにゃよ」

「おっと、俺まで追放かな?」

「これで本当に追放だったら追放系になれますね」


 ~俺が町を守って来たのに、旅行した隙に乗っ取られた件~

 別に俺が守ってたわけじゃないけどね。


「真面目な話、アルマンが話を付けたって、平気か?」

「交代を了承した後は、必死に『そのまま』『現状維持』だけを連呼してたみたいにゃ」


 賢い。いや賢くないけど、でも賢い。目を塞いで距離を置きながら必死に連呼しているアルマンの姿を容易に想像できた。


「長を交代ってそんな簡単に出来るのか。なんか能力的なものもあるんだろ?」

「群れが長を選ぶものよ?能力も群れからの信頼が形になったものだし、そんなものかしら」

「知識的なものは何も引き継いで無いわけだろ?大丈夫か?」

「喋れるだけの知能はある個体なんだから、何とかするんでしょ。どうせマンタスよね?」

「そうにゃ。森の中で一番頭が良いし信頼されてるのにゃ」


 デクル内で信頼……?不思議な話だ。


「そんなやつがいるのか……。ん?名前あるの?」

「そりゃあるに決まってるにゃ」

「じゃあシマの元々の名前って何?」

「ないにゃ」

「ないじゃねぇかよ。なんでだよ」

「そんなの人の勝手にゃ」


 まともに取り合おうとした俺が馬鹿だったか。


「付けたいやつが勝手に付けるだけよ?」

「フリーダムですねぇ」

「じゃあお前のおにぎりがなんちゃらってやつは?」

「それは秘密のやつよ」


 先に言えよ。まあこいつ自身のせいだし構わないのか。秘密にする気もあんまり感じられないし、この秘密だ何だっていう受け継がれてきたのもここで終わりになるのかもな。守ろうとしてきた先祖が可哀そうだ。


 ……冷静に考えればデクルとくっ付いたミルスってろくでもねぇな。どうでも良いか。


「本当に来るのにゃ?」

「嫌なら出て行きなさい」

「お前が決めんなよ。俺はシマの方が好きだぞ?分かりやすいし」

「そういうのはちょっと」

「そういうんじゃねえよカス」


 語尾の「にゃ」忘れてるぞ?


「じゃあ平等に戦って勝った方にしましょう」

「平等じゃないなぁ」

「じゃあ無差別な百人くらいにアンケートして可愛い方にしましょう」


 あ、こいつ勝てそうな勝負羅列して煽りたいだけだ。


「デクル同士でもこんな感じなんですね……」

「この子の祖先である私の姉は旦那さん殺してるわよ?そして姉を殺したのはその息子。物騒な家系だこと」

「見方によっては狂ってる母を処しただけだな。血が薄まって良かったなシマ」

「あなたは誰の味方よ!」


 おまえの味方ではねぇよ。シマの味方かと言われたらそれも微妙だけど。


 シマはアケミさんの腕の中からスルリと抜けて、パウラサと睨み合う。


「喋れるデクル同士の会話って結構珍しいかもしれません」

「そうだね」


 知ってる範囲で喋れるデクルはシマとパウラサを含めても七匹、いや九、新しい長とやらも合わせたら十匹か。意外といるか?ただ、町中で飼い主以外と話すのはシマともう一、二匹くらいだから話し合ってるところはまず見ない。


 もっとも、煽り合い罵り合いばかりになっていそうで聞きたいとも思えない。


「土下座してお願いしますしたら考えてやらんこともないにゃ」

「既に今考えてはいるでしょ?本当に馬鹿なのね。可哀そう……」


 俺の優先度的にシマの方が優勢だけど、一歩も引かず罵り続けるパウラサは流石だな。


「前向きに考えるって意味に決まってるのにゃあ。想像力が乏しいにゃあ」

「あなたの前ってどっちかしら?尻に顔付いてそうだから後ろのことかしらね」


「前は前にゃ。許してや「ごめんなさいお願いします!!」ろう……?」

「うわっ」

「うるさっ」


 ……だけど、これはあれだ。土下座してるパウラサを見れば分かる。


「はい、一本」

「ふふーん!」 

「……にゃ?」


 眉間に皺を寄せるシマ。


「許してやるという意味で前向きに考えるシマさんはどうするのでしょうか、という話だな」


 土下座なんてするわけないと思ってしまったのが敗因だ。シマの言う通り土下座してお願いしますをしたパウラサを、シマは前向きに考えなければならない。俺とアケミさんが見ていた以上、すっとぼけようとしたところで流石にパウラサ寄りになるのが自然。一方的な契約破棄は誰から見ても悪印象しかない。


「長ともあろうものがにゃんて情けにゃい……」

「長じゃないものー!いえーい!」


 分かり難いけど、こいつってプライドが欠片もないんだろうな。いや、ないというか歪んでいるというか。煽りたいのは煽りたいからってだけだから、そういうのは無いんだ。ポーズとしてプライドが許さないような嘘もつくが、実は気にしてないというか。


 あと、本当に長じゃなくなって嬉しそう。


「シマは別に交渉とかやってきたわけじゃないから、本当に嫌なら拒否した後は話さない方が良かったな」


 アルマンの行動の正しさが証明されたようなもの。


「前向きに考えた結果、やっぱり無理にゃ」

「それは前向きとは言わないのよ?他人に条件を呑ませた上で拒否するっていうのはシンプルに嘘なの。呑ませた条件以上のことをして相手から許しを得なきゃ始まらないの。そうでなければあなたの言葉は全部嘘。話す価値はなくて、貴方が今まで吐いてきた言葉も価値を失くすの。貴方が一方的に話し合いの土俵から降りるだけ。どちらでも良いわよ?結果は同じだもの」

「そういうのは絶対的な上位に立った上でするか、煙に巻ける状態ですることだな」


 このスタンスがいかなる時も正しいとは限らないが、少なくとも俺はこの件に関してパウラサ側だ。


「納得いかないにゃ……」

「自分で言った言葉が納得いかない?じゃあもうあなたは今後一切口を開かないべきね?可哀そうなお口。それともお口が勝手に話したのかしら、切り取ってあげるわよ?」

「……」


 シマ黙っちゃった!

 あんまりこういう取引じみた言い合いして来たことないだろうしなぁ。デクルは本来罠を張って逃げるのが仕事だし、言葉だけで言い負かすっていうのは本業じゃないもんな。


「よしよし」


 なんか可哀そうだったので撫でてやる。


「にゃー……」

「ずるい!私もよしよしして!」

「パウラサちゃんは今はこっちですよー」


 アケミさんが捕獲してくれた。俺もそのままシマを持つ。


「サンケタは構わないのにゃ……?」

「強引にでも来るって言ってるからな。お前の罠が発動しまくって家がなくなりそうだし、諦めた」


 これで同居の件は話がついたので、役所へ直行する。色々聞きたいことがあるし、こいつらいた方が話早そうだし。

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