65話 敬われますよ
イビルラシルとの激戦は私たちの紙一重の勝利となりました。ほんの紙一重、負けていてもおかしくありませんでした。
「これもお菓子のおかげですね。お菓子をくれてありがとうございます、黒ローブの人。黒い雷のチョコレート美味しかったです」
あれがなければ、負けていたかもしれません。その場合、被害を考えずに破壊神の手甲を作り出していたので、大木は切れちゃったでしょう。浄化ではなく、破壊を目的とすれば、遥かに強力な神器が作り出せるのですよ。
なので、天を仰いでお祈りします。ありがとう黒ローブの人。そして私が敬う神、霊帝よ。霊帝は私だけど別にお祈りしても良いですよね。
「あれはチョコレートではないと思うがね。まぁ、それでも皆が助かって良かったということにしておこう。そして、早くもあの爺さんの名前を忘れたな?」
「おったんは覚えているんですか? かなり間抜けで影の薄い敵でしたが」
「さて、手を振って凱旋するとしよう」
そっぽを向いて、そそくさと歩き出すので、おったんも覚えていないことは確定です。とはいえ、凱旋することも確定です。
「第十三皇女の結城レイです。私が瘴気を浄化しましたので、もう皆さんは安全ですよ」
穴から入ると、ちょうど中間層辺りの居住区だったのか、マンションのようにずらりとドアが並んでました。本来は木の香る自然と調和した美しい居住区だったのでしょうが、今やドアは外れて窓は壊れ、壁まで砕けて家具もめちゃくちゃの部屋も見えます。
侵食に対抗しようとしたのでしょう、剣を片手に苦しそうにしている人や、倒れた母親を抱きかかえて泣いている子供もいます。イビルラシルはたった少しの時間で恐るべき被害を出したようです。
怪我人が多く、死傷者多数。阿鼻叫喚の世界となっていた模様。それはそうでしょう、今まで普通に暮らしていたら、壁や床から瘴気は吹き出し、魔物に堕ちた人々が周りの人々を襲い掛かり、木の根が行く手を阻み命を奪う。
可憐でたおやかな美少女レイちゃんがニコニコの笑顔を振る舞っても、相手をする余裕はないというところでしょうか。
「助かったとはいえ、感謝の気持ちがあまり伝わってこないです」
「まぁ、唐突に始まって、唐突に終わった戦いだったからな。なにがなにやらわかっていない連中が多かったんだ。しかも爪痕はしっかりと残っているときた」
「冷静に分析していないで、解決策を出してください。私がおやつを貢がれるか否かの瀬戸際なんですから」
あれだけ苦労して戦ったのです。報酬をください。皆さんの笑顔と多くのお菓子でいいですよ。
ですが、人間たちの気持ちもわかります。突如としてぼろぼろになった家屋、傷ついた親族や友人たち。感謝の念を持てないのはわかりますとも。
そして、そーゆー場合に感謝の念を貰える方法も天才霊帝は知っています。
デコボコになってしまった木の通路。剥がれ落ちてささくれとなる木の壁、そして、そこに現れる神秘的なる美少女レイちゃん。
「うあ~ん、ママ、目を覚ましてよ、ママ〜」
一番大泣きしている可哀想な子供のそばにてこてこと近づくと、子供を守ったのでしょう、お腹に木の根が刺さっている母親らしき人。もはやその命は風船の灯火。ふよふよと浮いてパンと破裂して亡くなる可能性が高い。
子供は母親の血で服が濡れて、涙で顔がグショグショです。今回の傷跡は深々と人々の心に残るでしょう。
「大丈夫ですよ、子供よ。私が神聖術にて召喚した大精霊ユグドラシルなら、このような致命傷でもチョチョイのチョイで治せます」
もちろん、レイちゃんの奇跡を見て!
「ほんと!? 治してください!」
「簡単なことです。そして、周りで傷ついている方々も、全て治しましょう」
泣いていた子供が、パアッと笑顔になり私の裾を引っ張って来るので優しく頭を撫でてあげながら、意識をユグドラシルアバターに移します。
ユグドラシルアバターは今日一日の命。所詮はアバターですが、今回のような出来事には相性抜群です。
ちっちゃなお手々をぶんぶん振って、召喚ユグドラシル!
「あーてすてすてす。あ、失敗しました、私はユグドラシル。この大樹の精霊にて貴方達を護るもの」
木の壁や床からホログラムのように半透明の美女が姿を見せます。葉を撚り合わせたかのような新緑の服、花を編んだ草冠。蠱惑的なスタイルをしていますが、清楚な空気を纏わせて、そのギャップがまたミステリアスで神秘的な美女。
キラキラと空気に溶けるような美しい銀髪が背中まで流れて、切れ長の赤い目がなにもかも見通すようです。
『おい、さっきも思ったんだが、お嬢様にそっくりじゃないか? というか双子の片割れと言われても納得するレベルだぞ?』
『そのとおりです。ここは私の話術をお見せしましょう。数多の人々にヤンヤイヤイヤと騒がれし霊帝の力を!』
『最後の人間は嫌がっていなかったか?』
最後の言葉は思念が弱く聞き取れなかったですが、おったんなので別に良いでしょう。それよりも皆の驚きをさらに上乗せしませんと。驚きは感動に、感動は信仰に、信仰は貢ぎ物に変わるのです。
「私はユグドラシル。イザナミ神の神女である結城レイに力を与えられ、貴方たちの前に姿を現すことができるようになりました」
両手を広げて、優しく微笑むユグドラシルに皆がざわめく。その中で母親が死にそうな子供が恐れることなく物怖じすることなく必死な顔で話しかけてくる。
「ユグドラシル様っ! ママを治してください。治せるんだよねっ?」
「もちろんです。私の見守る人間たちよ。私の力を使い助けましょう」
もはや血の気は失せて、死後硬直まであと少しというレベルですが、未だに魂は体に宿っていますし、傷を治せば無理矢理蘇生できそうです。
ユグドラシルたちが手を上げると、ぴょんとジャンプ。そして躍動感あるダンスを始めます。ダンスコンテストにでて入賞できそう上手さ。
足を振ってジャンプして、腰を屈めると身体を回転させて、背面跳び。
一糸乱れぬ動きで同じように身体を激しく動かすユグドラシル。皆はそのダンスを前に目を剥いて驚いています。
「す、すげぇ、見ているだけで元気になりそうだ」
「なんだか活力が湧いてきそう」
「本当だ。俺たちの身体が温かくなってきやがったぞ」
ふふふ、そうでしょう、そうでしょう。見た目のインパクトは大事なんです。お淑やかな精霊がここまでダイナミックなダンスを踊る。それこそ、優れた演出家の腕の見せ所。
なぜおったんが虚ろな目でユグドラシルを見ているのかわかりませんね。
「皆様に私の力を! 光あれ!」
『ユグドラシルの雫』
同時にダンスをピタリと止めて、ユグドラシルが片手をあげてポーズ。そのユグドラシルの身体から光の粒子が吹き出すと、木の中に充満していく。
そして粒子が人々の身体に吸い込まれていくと、パアッと輝き、傷が跡形もなく消えていく。倒れた母親の腹に開いた穴も同様に治す。
その力は死んだはずの子供の母親の魂を引き戻す。癒やした身体に魂が戻ると、血の気の引いた顔に血色が戻り、呼吸が強くなる。
「ううん………こ、これは? 私は死んだはずじゃ?」
「ママッ! 生き返った、ママが生き返った!」
「……そうみたいね。どんな奇跡が起こったのかしら」
ゆっくりと目を開き、自身の身体をペタペタと触り、母親は呆然とするが、子供が大泣きしながらしがみつくので、落ち着かせるように頭を優しく撫でる。
他の人たちも同様だ。普通の治癒魔法でこれだけの怪我を癒やしたら、普通は魔物に堕ちる。だが魔物に堕ちるどころか、エルフに変わっていた者たちも元の人間に戻ったのだ。しかも死人を蘇生させる効果の高さである。
喜ぶどころではない。奇跡を見た者たちは驚愕し、感動し、ユグドラシルへと跪く。人知を超えた力であると本能が囁いているのだ。
「ユグドラシル様! 顕現していただきありがとうございます!」
「ユグドラシル様、万歳!」
「精霊が本当にいたなんて!」
多くの人々が涙を流し、ユグドラシルを褒め称える。私もチコマカと横歩きをして、さり気なく広間の一番目立つところにいるユグドラシルの隣に立ちます。
「貴方様は人間なのですか」
「はい、そしてユグドラシルは私の体を模して顕現しました。私の名前は結城レイ。神聖術を扱いし、勇者の末裔にして、第十三皇女です」
「私はユグドラシル。精霊たる私は結城レイの体を模して顕現しました」
エッヘンとドヤ顔のレイちゃんです。エッヘンとドヤ顔のユグドラシルです。胸をそらして、ユグドラシルと二人で双子ユニットのアイドルです。
人々がやんややんやと喝采をあげます。もうすてーじは最高潮のボルテージ。双子ユニットの私たちはアンコールとして踊った方が良いでしょうか。
この癒やしは『ユグドラシルの雫』。木の大きさにより回復術の威力が変わります。この大きさなら死亡している人間も余裕で復活です。ヨーロッパの奥地にある大木でユグドラシルを作って、ペストにかかった町の人々を全て癒やす雫を与えた事があります。その際もペストを余裕で癒やしましたからね。その大木を中心に聖域として扱われましたが、良い思い出です。
「レイ姫〜」
「皇女様〜」
「姫様〜」
「こーじょしゃま〜」
キオたちが木の葉のヘリに乗って、降りてきて手を振ってきます。どうやら爺やさんたちは無理矢理ヘリで助けに行ったようです。
ヘリから降りて皆は集まっています。
「よくぞ、ご無事で!」
「心配しました〜」
「ふふ、大丈夫ですよ。私は神女ですから」
集まってくるお友だちに笑顔で答える私です。
「では、私は再び眠りにつきます。来年になったら、目覚める予定です。儀式をしていただければ、復活できるでしょう。ジャジャン、この儀式内容にて!」
ユグドラシルがクリップボードを取り出します。
『冬に入るとき、盛大な祭りを行うと私は復活し、一瓶のユグドラシルの雫を渡すでしょう』
『私への供物は、料理対決で優勝した料理にすること』
『デザートは別腹。料理大会は料理とデザートで大会を分けること』
『財宝を供物にする場合、領収書が必要であれば、出しますのであらかじめ伝えてくれること』
「おぉ………おぉ?」
皆が感動し、来年の祭りをやろうと決意します。決意しましたよね?
「では、次の祭りを楽しみに。さらばじゃー」
ユグドラシルは光の柱と共に消えて、この戦いは奇跡の日『神女と幼女のユグドラシルの大冒険』と語り継がれることとなったのでした。




