64話 イビルラシルと踊ります
イビルラシルはここに来てイカとなりました。技名がテンタクルウィップとか、イカでしかありません。
「ふざけてる場合か。さっさと敵の装甲を剝がすぞ」
「ふざけてはいませんよ。単に木なのにテンタクルはおかしいんじゃないかなぁと思っただけです」
繰り出される木の根の攻撃の嵐を、身体を翻し紙一重で躱しながら、氷雪の剣にて切り裂いていきます。
「それにおったんと違い、私は足場を作っている優しい皇女なんです」
凍っていき美しい氷樹へと変わっていき、陽射しの中できらめく木の根を前に、ブーブーと口を尖らせて文句をいいます。芸術的な氷の樹でしょ?
何本もの氷の樹が交差して、イビルラシルへの道となっています。ズンバラリンと切ってしまうおったんとは違うんです。
「この大樹を操って、木の道を作れば良いだろうが」
迫る木の根をズンバラリンと切り落とし、足を止めることなく、イビルラシルへと向かうおったんが文句をいいます。
「おぉ、そーいえば、そ~でした」
ぽんと手を打つと、ユグドラシルとして、大樹へと意識を向けます。
「あと3割でこの大樹への侵食は完了します。そうしたら完全に操れますよ。さすがは私、非の打ち所がない仕事ぶりです。完全に侵食が終われば、歩くこともできちゃうかも」
「面白そうだな。きっとキオは泣いて喜ぶぞ。イビルラシルとどちらが危険かわかるというものだな」
「えへへ、それほどでも。踊らせることもできます」
てれてれと照れちゃうと、おったんは死んだ目となりますが疲れ始めているのですね。
槍衾のように攻撃をしてくる木の根を時には躱し、時には凍らせて、私はイビルラシルへと肉薄します。もうそろそろ花弁を攻撃できそうな距離です。
「皇女アタック!」
鉄の装甲を切り裂き、花弁を凍らせていきますが、花弁の半ばまで凍っていくと、ぱらりと花弁がパージされて落ちていきます。
「なぬ! これで終わりだと思ってましたのに」
「ボスらしい行動だな、泣けてくるぜ!」
「チョコマカト」
イビルラシルが身体を震わすと、周りの幹に小さな蕾が生まれ始めます。嫌な予感と思うまでもなく、蕾が開くとでっかいカミキリムシみたいなものが姿を現しました。1メートルくらいの大物です。
「ケンゾクヨ、ヤツラヲクイツクセ」
『バグストーム』
「キチキチキチ」
「キチキチキチ」
「キチキチキチ」
しかもその群れの数は半端ないです。雲霞の如く無数に現れて、翅を広げると、鎌のような鋭い顎をカチカチと鳴らして飛んできます。
「ウゲェ、なんだこりゃ! こんな奥の手を持っていやがったのか。こーゆー虫の群れって、俺は背筋が寒くなって嫌なんだけど」
「私はベルゼブブで慣れてますが、軍人さんはバグに気をつけてくださいね」
「俺はかっこよく死ぬ軍人さんじゃないからね。俺はパン屋さんだから! 俺の役どころはパン屋の主人公役だから!」
あまりものバグの多さに軽口を叩きながらも、私たちは一旦下がる。トントンと氷の根を蹴って、距離を取ります。
「ていていてい」
「うおぉぉ、なんだこいつら、多すぎだろ!」
『第一命術:熱重ね』
私たちは身体能力を高めて、高速で敵を切り裂きますが、倒すのが追いつきません。空中を埋め尽くすかのように、バグは増えていきます。その合間に木の根での攻撃もしてくるとは厄介ですね。
「単純に数で勝負して来るタイプ。魔法は使わないでリソースを全て量産に注ぎ込んでいるのですね」
「だな! 自身の特性をよくわかってやがる。膨大な耐久力を持ち、数で敵を倒す厄介なタイプだ」
「……仕方ありません。これほどの強さ、少しだけパワーアップをしましょう」
木の根を飛び交いながら顔を顰めてため息をついちゃいます。研究してみたかったんですけど、背に腹は代えられないというやつ。
懐から『賢者の石』を取り出すと、あ~んと大きく口を開けて噛みつきます。
「むむむ、もっと味わって食べたかったんですけどね。モキュモキュ」
「建前と本音が反対になってない?」
パリッとして、甘くて美味しい賢者の石。これはなかなかのご馳走です。だって、長い間溜め込んでいた瘴気、即ち霊気が溜め込んでありますから。
体内に霊気が流れ込み、私という存在を高めていく。純度は低いので予想よりも少ないですが充分です。
「レベルアップ! 私もハァァと叫んじゃいます!」
経験気がしあわせのタネを食べたかのように高まりますので、レベルアップといきます。
結城レイ
11歳
結城帝国第13王女
『神女』
魂の器:3
経験気 0/20000
体力4
筋力4
命術レベル4 6/3/3/1
霊術レベル4 1日1回
神術受肉:レベル回数分
一気にレベル3へとアップです!
「これならいけるはずです」
『第一命術:血』
『第三命術:気』
『第四命術:特性解放』
『融合命術:氷雪の剣解放』
今までは切り裂くだけであった氷雪の剣から吹雪が吹き出すと、周囲を極寒の寒さへと落としていく。
『特性解放』は自身の特性を解放する命術です。性格などにもよりますが、炎や氷、肌を固くしたりと様々です。しかも『血』と『気』を融合させればその威力は数倍。ファンタジーなバトルができると、人間たちは小躍りして喜んだ大受けの技でした。
本来は一人につき一つしか特性は解放されませんが、私は万能なので好きな特性解放をできます。今回は氷雪の剣の能力を解放させました。
『霧氷』
剣を掲げると、吹雪が辺りを包み込み始めます。その温度は空気が凍りつき、吐く息が真っ白となり、バグたちの身体に霜がおりていくほどです。
虫の群れは、凍りゆく身体を前に飛ぶことができなくなり落ちてゆく。
「私の氷雪は北極の寒さ。春の温度でぬくぬくと暮らしている虫では耐えられないでしょう」
「ジンルイヲセンメツシナクテハ……」
イビルラシルにも霜がおりていき、その体を凍らせていきますが、それでも諦めを知らずに木の根を繰り出してきます。
しかし、先ほどまでの高速での攻撃は鳴りを潜めて、その動きは遅い。
「フハハハ、よし、よくやった。私も能力解放だ!」
『融合命術:サタンブレード解放』
おったんが有利となるや、高笑いをしてサタンブレードを構える。サタンブレードの剣身が二股に分かれると、割れた合間に放電が発する。
「サタンブレードの真の力を見てもらおうではないか。使えないとディスられた万能の力をな!」
『明けの明星』
サタンブレードを銃のように構えて先端をイビルラシルへと向けるおったん。膨大なエネルギーがサタンブレードに集める。
「いつも思うのですが、ルシファーとサタンは別人ですよ?」
「あー、あー、聞こえなーい」
サタンブレードからエネルギーが放たれると、自身よりも遥かに大きな白光の光線が放たれて、迫る木の根を薙ぎ払う。
木の根を粉々に砕き貫くと、イビルラシルへと向かう。
「フハハハ、明けの明星は万能。防ぐことは、ありゃ」
イビルラシルの花びらが予想外にも素早くイビルラシルの核を包みエネルギー波を受け止める。金属製の装甲を持つ花弁は装甲を溶かして焦げなからも受け止めてしまう。
「ですが、もはや限界のようです。花びらが全て剥がれました」
サタンブレードのエネルギーを防ぎきった花びらがポロポロと落ちていき、核を露わにする。上半身が鉄の殻に覆われているイビルラシルは憎憎しげに叫ぶ。
「ジンルイヲセンメツスルノガヤクメ!」
『ミストルティン』
今度は細い糸のような蔓を触手のように生み出すと、触手同士を絡めて、数本の木の槍へと変える。
「瘴気を数点に凝縮させて、私たちを倒すつもりのようだぞ」
「数での攻撃は諦めたようですが、あれは受けたらまずいかもしれません」
見ただけでわかる、強力な瘴気を纏ってます。しかも術式が触れた物を切り裂くだけと変わってます。これでは吸収する前に肉体が傷ついちゃうでしょう。単純な物理的攻撃とは考えたものです。
「ですが、当たらなければ良いんですよね」
「真理ではある。使い古されてはいるが、その通りだ」
「では、ここは遠慮せずに使いましょう」
命術の回数はレベルアップしたことにより増えています。
『第一命術:熱五重ね』
大サービス。肉体が耐えられる限界まで身体能力をアップです。
「ジンルイヲセンメツスルノガヤクメ」
『ミストルティンダンス』
神器ともいえるミストルティンの槍を模した木の根を繰り出すイビルラシル。私たちへと先端を向けたと思うと、銃弾よりも早く飛んでくる。
「私たちも速度では負けませんよ」
『幽体変化』
幽体化を行い、限りなく自身の体重を軽くして私はミストルティンへと向かい飛ぶ。踏み台とされた木の根からトンと軽い音がすると、私の身体は消えたようにその場から離れます。
ミストルティンが私たちを狙い飛来してきます。高速での攻撃ですが、私たちを貫くことはできません。
「それは残像だ。私たちの動きに追いつけメメメ」
わざわざ残像を残して、おったんが回避しますが、ミストルティンも鋭角に曲がると、すぐに追いついてくる。予想よりも速い動きに、おったんは残像を残しながら慌てて躱す。
鋭角に曲がり、私たちを襲うミストルティン。それを人を超えた速度で躱しながら、イビルラシルへと近づこうとする私たち。
首をそらして、体を半身にずらし、紙一重での攻防を行う私たちはまるでミストルティンとダンスを踊るかのよう。
ですが、この勝負、私たちの方が上のようです。体術を極めし私たちには単なる遠隔操作武器では追いつけません。
「おったん!」
「任せろ。イビルラシルよ、これをプレゼントだ」
『ファイナルアタック』
おったんが私の合図に合わせてサタンブレードをイビルラシルに向けて投擲する。サタンブレードがイビルラシルへと迫ると、その剣身が光り爆発する。
「ファイナルアタック! サタンブレードの奥義にして切り札だ!」
込められているエネルギーを一気に解放して、高火力で敵を倒すサタンのラスボスにあるまじき卑怯な技です。
『ヴォぉ』
金属製の装甲が溶けて、弾け飛ぶ。身体を焦がして苦しむイビルラシルへと私は飛び込むと、手から剣を生み出す。
「ナイスですよ、おったん」
『太陽神の神剣』
一切を浄化する神の炎を纏う神剣を取り出すと、イビルラシルの肉体へと突き刺す、イビルラシルの体から神炎が吹き出すとその体を灰へと変えて、ミストルティンも木の根もすべて燃やし尽くす。
純白の灰か空中に漂い、浄化の力が大樹を巡っていく中で、私たちは穴の空いた幹の中へと降り立つのでした。




