57話 キノコの城のようです
どうやらサプライズパーティーで興奮しすぎた模様の皆様。ここは私も期待に応えないといけないでしょう。
雲を超えた高空の巨大なる木の枝の上での初戦闘。皇女の戦闘シーンとして神秘的で相応しい。ここはピシッと決めるところです。
「きききぃぃいゃ」
「いいいいぃ」
「けけけけけ」
走ってくるのは数名。呼気を整えて、己の生気を活性化させ、人間が使いし神秘の技を繰り出すべく、手のひらをゆらゆらと幻朧のように舞わせます。
『第一命術:血』
『第二命術:風』
『融合命術:命風』
人々の呪いを浄化し、その身体を癒やす風。活力も齎し、膿んだこの心を優しく癒やす生気のたっぷりとこもった風が手のひらを中心に螺旋を描き放たれる。
渦となり、風が敵の身体を飲み込み、建物の入口まで貫くように奔り、壁にぶつかると突風となって跳ね返ってきます。
「きききぃぃいゃ、あ、あら?」
「いいぃ、お、おれ?」
「けけけけけ、な、なにが」
風に飲み込まれた人たちの充血していた瞳が元にも戻り、理性の光が宿り、正気に戻ります。全力疾走していたために転ぶ人もいましたが、皆さん一様にキョトンとした顔になりました。
「どうやら上手くいったようですね」
跳ね返ってくる突風に、銀髪をサラサラと靡かせて、私は髪をかきあげながら、陽射しの下で深窓の令嬢のように優しく微笑むのでした。
「うわぁ、皇女様やっぱりかっこいいです! 見惚れちゃいます」
「ほんと、さすがは皇女様! そうやって立っていると絶世の美女です」
「帝都出身のわたくしでも、これほどのお力は見たことありません。さすがはレイ姫様。素敵なお姿はやっぱり皇族だと思えます」
「本当に素晴らしいです、レイ姫。僕と運命のけけけけけ」
皆が褒めてくれて、大したことはしていないですよと、穏やかに微笑み返します。内心は鼻高々です。ふふふ、もっと褒めてくれても良いんですよ。でも、やっぱりって、枕詞をつけている意味を教えてほしいところです。それとキオは命術でも治らないんですかね?
◇
倒れている人たちへアフロ隊長たちが近寄ると、恐る恐る介抱し始めます。
「おい、大丈夫か? なにがあったんだ?」
「う、うう……、元に戻れたんでしょうか、良かった。クッ、肩が……」
助かった人たちは安堵しますが、肩を押さえて顰めっ面となります。よく見るとメイド服の肩部分が破れて、薄っすらと歯型が残っていました。
「これは……噛まれた跡ですな。そなた、我らがこの街を離れた後に何が起こったのだ?」
爺やさんが詰問するように怖い顔でメイドさんへと顔を近寄せて尋ねます。その威圧感にメイドさんが怯みながらも、記憶を思い出しながらたどたどしく答えてくれる内容はというと━━。
「昨日の昼頃です。天頂の間にてご療養中のご領主様の具合が突然悪くなったということで主治医たちが慌ててお部屋に向かいました。私たちもご領主様の体調を心配しつつ、仕事をしていたのですが、目を充血させて、主治医たちが降りてきたのです。そして、皆に襲いかかりました」
「む……感染させる魔物タイプか………。ご領主様の魔物堕ちがそこまで進行してしまったというのか」
「となると……城の皆は全て魔物に堕ちて……くっ、なんてことだ。侍騎士たちもこの様子では全滅か……」
「若様の懸念のとおりかと。誰も救いを求めにここに来ていないところを見ると……残念ながら希望は少ないでしょう」
爺やとキオが深刻な表情で顔を見合わせながら、青褪めています。事の重大さを理解して、周りの面々も恐怖の表情に変わってます。
「50点ですね。もう少しひねったストーリーにしてほしかったです」
「私としては0点だ。赤点にて不合格だな」
私とおったんが顔を見合わせて、結果を告げます。私としては、テンプレを踏襲していることを評価したのですが、おったんは辛目の評価をつけたようです。
「どちらにしても落第点。B級映画にもなれない陳腐なストーリーで面白くないです」
「え、と、レイ姫。それは貴女のお力ならあっさりと治せるという意味でしょうか?」
私の言葉に、キオたちは戸惑った顔となりますが、私は白けた表情で、おったんはつまらなそうに呆れた笑いをします。
「違います。これ噛まれても感染はしません。呪いは見えない胞子であり、空気感染なのです。呪毒として体内に回りますが、ウィルスのようにスライム感染はしないのですよ」
「感染をスライムに例えるな。とはいえ、そのとおりだ」
おったんがメイドの首を掴むとそのまま持ち上げます。強化服を稼働させているので、内心はパワーコアもったいないとか思っていそうですが、表向きは冷酷なるおっさんです。
「本来は襲われながらもなんとか逃げてきた。そんなストーリーで逃げる予定だったのだろう? 大根役者すぎてつまらなかったよ」
「グエ、お、お待ちを。そ、そんな訳、だって私も感染しておりますよ」
息を詰まらせなから苦しそうにして、メイドさんは答えますが、私たちにその言葉は全然説得力はありません。
「笑わせる。ガラスを叩いている奴らの姿をよく見ろ。生きている奴らは誰も彼も傷一つ負っていない。わかるか? 一気にこの胞子は城内に広まったというわけだ」
「高空でも気圧差もなく、地上と同じ環境。そのようなシステムがこの木を覆っている。ブロックごとに環境が変更されており、その中には空調設備ももちろん含まれていることでしょう。胞子を仕込んで広めた。本来は広まる前に、逃げる予定だった。だって貴女たちの入ってきたドア、ここから見ても施錠されていますしね」
私たちの視力は100点満点なのです。ガラス張りの通路の奥、金属扉に閂がかかっているのが、ここからも見えるんです。
「貴様っ! まさかそんな裏切りをしたのか! 誰に命じられた、言えっ!」
事態を理解した爺やさんが血相を変えて、憤怒で顔を真っ赤にして問い詰めます。せっかく助かったのに、メイドさんは顔面蒼白、ガタガタと体を震わせて、口よりも身体で真っ黒であることを示しました。
「お、お許しを……。病気の娘がいまして、どうしてもお金が必要だったのです……」
「貴女は独身でしょう? 娘がいるなどと聞いたことがなかったのですが。僕は城の独身女性は10歳から50歳まで全て把握してるんです」
なんだか怖いキオの発言。
「お、お許しを……。一生暮らしていける金をもらえると言われて魔が差したので、グヘェッ」
最後まで口にする前に、おったんが床にメイドさんを豪快に叩きつけました。悲鳴をあげてぐったりと気絶するメイドさん。助けられた他のメイドさんたちもその光景に震え上がる。
「時間の無駄だ。どうやっても根本には辿り着けまい。トカゲの尻尾切り。たとえこいつから犯人の名前が出ても信用はできないであろうよ」
「む……たしかにおっしゃる通りでしょう。このような末端の人間は上がどんな人物かも知らないに違いありません。それよりも事態をおさめないといけませんね。それにしても少ない手掛かりから、隠された陰謀を表に出すとはレイ姫もおったん殿も素晴らしいです」
「ふふふ、名探偵レイなんです。少ない手掛かりで、椅子に座りながら事件を解決に導く美少女、その名は結城レイ! ドドーン!」
擬音まで口にするサービスを見せて、私は得意げに胸をそらしてハイ、ポーズ。発育か良いのでちょっぴり揺れたりします。
『本当はこいつらの悪意が眼に見えてどす黒かったからだけどな。明らかに怪しいと自身のオーラが言ってたよ』
『ネタバレ禁止ですよ? タネがわかるとつまらないじゃないですか。まぁ、名探偵は常に証拠を口にするわけではなく、状況証拠から無理矢理自白させるんです』
名探偵の裏側なんてそんなもんです。誰も彼も本当のネタは教えません。手品師と同じですね。
「それよりも、この場所も汚染されているのではないでしょうか? 皆もあの人たちのようになるのでは?」
環境安定システムが働いているのはヘリポートも含まれています。そのことで不安げとなるガーベラズ。他の面々も一様に不安そうですが、大丈夫。
「先程私が起こした清めの風にて全て浄化をしております。なので、今は大丈夫です。ヒナギクズは太陽神の加護のお陰で、そもそも呪いは通じませんしね。ですが、たしかにこれからも胞子はくるでしょうし、ここで待機してもらうためにも、結界を張っておきましょう。任せましたよ、命術を習った我が弟子たちよ!」
内部に潜入して戦闘を行うのに、これ以上命術を消費するわけにはいきません。なので、ここに来る前に鍛えた弟子たちにお願いしましょう。
「まかせるでしゅ! だんじきちて、からだぜんたいをかんじてましゅ」
命術の第一試練。限界まで断食をして、体を飢餓状態に追い込みます。大人なら、だいたい10日程の期間。
幼女たちはお昼のおやつを抜いて、限界まで追い込みました。
「ぜんりょくでくんれんちて、からだぜんたいをかんじてまりゅ!」
命術の第二試練。飢餓状態で地獄の訓練をします。大人なら毎日フルマラソンをして、腕立て伏せ、腹筋、スクワットを千回ずつを3セットというところでしょう。
幼女たちは、一日中鬼ごっこをして頑張りました。
「むのこころにするために、しゅぎょーしたでつ!」
大人なら滝に打たれて無の心、明鏡止水の域に達しないといけません。
幼女たちは鬼ごっこで疲れて、お昼寝する際に無の心を得ました。
「よにんのちからをあわしぇ、あうっ」
噛んじゃったと涙目の四人目をドンマイと慰めて、四人の幼女たちはポーズをとります。
『第二命術:風』
『第二命術:風』
『第二命術:風』
『第二命術:風』
『融合命術:四重ね風壁』
そうして息のあった四人は同時に風の命術を使うと、突風を巻き起こします。そうして四つの突風は重なり合い、緑色のドームとなり、私たちを覆うように風のドームを作り上げるのでした。
「これぞ、魔獣や魔物に対抗する新たなる力。人間に授けし浄化の能力。その名は『命術』です!」
皆が驚く中で、私はフフンと胸をそらして自慢しちゃうのでした。
命術の修行中で、基礎体力向上をしているアフロ隊長たちが、羨ましそうにしてますが、おっさんと幼女だと加護が違うので諦めてください。




