55話 辺境伯領地です
辺境伯領地に向かうこと4日。結構近い場所にあった辺境伯の領都に後1日と迫りました。途中途中にあった村や小さな街に泊まりながらのらくらくな旅でした。
「あの皇女様。外の世界って、こんなに豊かだったんですね」
スプーンを咥えて、なんともいえない微妙な顔のヒナギクさんが話しかけてきます。今は街一番と触れ込みの宿屋に泊まって、食堂で食事中。
皆で温かいシチューに、牛肉のサーロインステーキ、ご飯とサラダと豪華な夕飯を食べています。
「たしかに牛肉が食べられるとは思いもよりませんでした。それだけ余裕があるということですからね」
ナイフでお肉を切ると、簡単に切れますし霜降りの良いお肉です。これっておかしな話なんです。
「この味と柔らかさを見るに、農耕用ではない。牛を食用専門に育てるだけの余裕があるのだ。しかも高級とはいえ宿屋でも食べることができるほどに普及している」
「そうなんですよ、おったんの言うとおり、普通は牛は農耕用。ご馳走となれば豚か鶏のはずなんです。普通は牛を食用に育てるほどの余裕はないんですよ」
熱を込めて説明するが、その常識は地球基準のために、少し自信ないです。まぁ、少なく見積もっても、この領地の住人は飢餓に苦しむことはなさそうです。
「というか、豊作しかないのではないか? 不自然すぎるほどに、この地は豊かだ」
顔を顰めておったんは唸るように言います。たしかに生気が満ち溢れて零れそうな程にこの地は豊かです。こんなに生気が満ち溢れているのは、私がふんだんに霊気を使って作り上げた聖地くらいです。
「カラクリがあるみたいですよ。どうやらこの地の穢れはどこかに送られているのでしょう」
おっとりと優雅に私はステーキを小さなお口に運びながら答えます。むむむ、コレは霜降りが多くて美味しいです。口の中にジュワッと、脂が広がり肉の甘味が身体に広がって幸せです。
「どこかにか。わかりやすいほどにわかりやすい。そうか、だからこそ皇族があの領地にいたのだな」
人柱。よく使われる呪いです。
おったんはそろそろ霜降りは飽きたよと、おっさんに脂身は厳しいんだよと、半分も食べないでお皿を横にずらします。もちろん、小さなおててがその皿を回収していきます。
「こーじょしゃま。今日の狩りはじょーじょー」
「ジュース飲みたいでつ」
ステーキをゲットして嬉しそうな二人。
「お腹いっぱいでりゅ……」
「お菓子食べ過ぎちゃった……」
お腹を押さえてしょんぼりな二人。
私のお友達たちです。どうやら計画性のある二人と、美味しいものはいくらでも食べられちゃうと信じている派に分かれていたようですね。
私はその中間です。はんぶんこにして、夕飯まで我慢します。そしてはんぶんこした分をお腹を押さえている二人が食べたので……。
「うわ~ん、こーじょしゃまー、お腹すいたみたいにして〜」
「あたちもあたちも〜」
『俺もいくらでも酒が飲めるようにして〜』
お腹いっぱいのお友だちが泣いてお願いしてきます。最後の思念は無視して、しょうがないなぁと、私は手を握りしめて霊気を集めます。そうして一つの術を発動。
『第一霊術:餓鬼玉劣化バージョン』
チャララン〜と狸ロボット風に掲げちゃいます。
手のひらに出すのは『餓鬼玉』ただし劣化バージョンです。本来の『餓鬼玉』はいくら食べても食べてもお腹が空いて痩せ細り死ぬという恐ろしいものです。
昔々のお話です。だいたい一年前くらいでしょうか。いくら食べても痩せていく大金持ちのおっさんに、お坊さんが餓鬼に取り憑かれていることを看破して、贅沢な料理を食べさせて満足させるのじゃと、とっても贅沢な料理をずらりと並べさせるんです。そうしてお椀に白米をよそうと線香を立てて餓鬼に憑かれた人の前に置くと、餓鬼は成仏します。
贅沢な料理はお坊さんが美味しく頂きました。というわけでお腹が空いちゃう飴玉です。劣化バージョンなので食べたらお腹が空っぽになるだけですけど。お料理とっても美味しかったです。一年に一度はやるんですよね。
「はい、これでお腹が空いて食べられるように」
「はいはい、レイ皇女様、それは没収でーす」
ですが、ひょいと後ろから手が伸びてきて、飴玉を取っちゃいました。見るとヒナギクさんが顔を怖そうに顰めてます。
「駄目ですよ、食べ物のありがたみを忘れるような物は! いくら皇女様でも、そのような品物は許せません!」
腰に手を当てて、きっぱりと言うヒナギクさん。少し怒ってもいます。どうやら、お料理を無駄に食べるのは許せないようです。
それはそうでしょう。ラショウの街はこんなに豊かな生活はできませんでした、わかります、わかります。天使で悪魔な私は共感しちゃいます。
「わかりました。私が悪かったですね。反省してます、忠言ありがとうございますヒナギクさん」
「皇女様……わかっていただければ良いのです」
皇女スマイルで、ヒナギクさんの手を握りしめて反省。ヒナギクさんも私の殊勝な姿に感動です。うるうると瞳を潤ませて二人で見つめ合います。
後ろで、こっそりと飴玉渡してますけど。ごめんなさい、ヒナギクさん。私は悪魔でもあるので、暴食歓迎なんですよ。幼女たちはすぐにパクリと飲み込み、お腹すいたでしゅとステーキを食べ始めました。良かった良かった。旅ではサービスエリアの食べ物は全部制覇するのが楽しいですもんね。
「というか、この子たちは連れてきて大丈夫なのでしょうか? 親御さんが心配しているのでは?」
「そこは、冬休みだよ、皇女様と幼女たちの辺境伯地大冒険と親御さんに伝えて、段ボールに入っての密航ごっこから許してもらいました」
「はぁ……許してもらえたなら良いのですが」
どうしてか疲れたようにため息を吐くガーベラです。変なこと言いましたかね? おかしいところないですよね。
ですが、まだ領都に入っていないのに、この豊かさ。期待できますよ、うふふ。
◇
さて、まったりと街で一泊して、私たちは領都に到着しました。
「うわぁ~、あれが領都ですか」
装甲車の屋根に乗り、私は涼しい風を受けて銀髪を靡かせながら街を見て感嘆の声をあげます。
「はい、レイ姫。あれが僕の街である『檜野』です」
「とっても美しくて不思議な街ですね。神秘的で見ただけでも、圧倒されてしまいます」
キオが誇らしい顔で説明してくるのを微笑みながら聞いて、再び檜野を見ます。
そこには5メートル程の街壁に囲まれている森林がありました。
森林です。ただしその幹は高層ビルのように太く、背丈も高く霞むほどです。中心にある世界樹みたいな巨木なんか、天辺辺りが雲に覆われていたりします。
これが『檜野大森林シティ』。ファンタジーがようやくやってきましたよ!
「街ではヘリに乗って中心に行きますね、レイ姫」
あっという間にファンタジーは飛んでいきましたよ。ヘリですか。大鳥とかが良かったんですけどね。
◇
檜野大森林シティ。ファンタジーらしく、幹に穴を開けて中で暮らしているようです。
ワクワクしながら、装甲車で街へと入り、お上りさんのようにキョロキョロと周りを見渡して感動します。
木々は一本がビルのように太く、人々は木々の中を出入りしています。なんとガラス張りのところもあり、マネキンが飾られていたり、レストランの看板が掲げられて、お店も木々の中に設置されているようです。
あまり人は出歩いていないので、木々の中で生活が完結しているのでしょう。
「緑の匂いが凄いですね。自然と森林浴ができて、胸が清々しい気持ちになって、活力が湧いてくるようです。キオの街は素晴らしいのですね」
「そ、そこはあれです。レイ姫がけけけけけ」
なぜかキオがバグったので、スルーして人を観察。
「エルフはいないんですね。こーゆー街はエルフが住んでいそうなイメージですが」
「あぁ、騎士たちはエルフに堕ちているものが多いですな。魔法剣士はこの地ではとても役に立ちますので」
けけけけけとバグったキオの代わりに爺やが説明してくれます。どうやら、エルフも魔に汚染されないとなれないようです。
「エルフで魔物に堕ちたら、木の魔物になりそうだな」
「ご慧眼ですな、テンナン子爵。そのとおりです。エルフはトレントやファンガス、イカになりやすいのです」
爺やがおったんの言葉に頷き面白いことを口にします。イカになるとはこれイカに?
そしておったん、後ろを振り向いて、テンナン子爵って誰だっけと探さなくて良いです。貴方の頭はスポンジですか。
「この木は普通の木ではないですよね? 幹に穴を開けて、腐らない木なんかないですもん」
「これは始祖が開発した住居用の木ですな。酸素を生み出す木に住むことができれば環境改善? とかいうのに貢献するとか、なんとか。いまいち意味がわかりませぬがな、ハッハッハッ」
笑い飛ばす爺や。たぶん御伽噺レベルなので信じていないのでしょう。
おったんがちらりと私を見て頷きます。
『この技術は画期的だ。現代の地球にこの技術が導入されれば、温暖化対策にもなるだろうよ』
『資源がなく、温暖化により住みにくくなった。この世界の昔はそうだったのかもしれませんね。━━━いえ、きっと現在進行形の予感がします』
霧深いダンジョン。そしてそこから資源を回収している人間たち。生気に溢れすぎているこの大地。なんとなく見えてきたものがあります。
「あ、レイ姫。ここからはヘリです。お手をどうぞ」
「エスコートありがとうございます、キオ」
再起動が終了したキオが話しかけてきました。手を差し出していたので、そっと白魚のようなお手々を乗せると真っ赤になってふらつくキオ。今にも倒れそうですが、この子は身体が貧弱すぎではないでしょうか? 他人事ながら心配しちゃいますよ。
「あれがヘリなのかね?」
「あ、はい。『木の葉』と言います」
私たちの視線の先には4つのブレードローターを細長い胴体の横につけたヘリが鎮座しています。何機も並んでおり、生活に密着していそうです。
「ではレイ姫。僕の城へとご案内いたします」
「よしなに」
私たちはそうして木の葉ヘリに乗り込むのでした。
『万能やられ役小悪党ランピーチに転生しました』と言う作品も投稿開始しましたので、よろしかったからお読みください。




