54話 辺境伯領地へと出発します
檜野辺境伯領地に向かうこととなりました。お祭りとっても楽しかった皇女レイちゃんです。
「バナナがなかったので、バナナチップスにしました。おやつには入りませんよね?」
「お嬢様、最近はおやつ代は自由らしいぞ?」
「もう持ち歩く時代を超えたんですね。電子でポポンと叩けば食べられますからね」
「それは仮想現実世界だ。未来に進みすぎている」
おったんと一つ漫才でもやってしまうほどにワクワクしてます。
お祭りが終わって、燃え尽き症候群となった街の人々、屋台を片付ける動きもどことなく億劫に見えるラショウの街を通り抜けていきます。
お祭りの熱気は終わり、また静かな街に変わっています。
「あ〜、二日酔いがヒデェ〜」
「久しぶりの酒だったからなぁ」
「いくら飲んでも無くならなかったしな」
「あんた、少しは冬用にとっておいたのかい? うちに備蓄なんか」
「あたぼうよ、一つ小樽をしまってあるぜ!」
燃え尽き症候群というか、二日酔いだった模様。人々は騒ぎすぎて疲れているようですね。
今の私はテンナン子爵のアイアンビートルに乗って檜野辺境伯領地に向かって出発するところです。
「馬車ではなくて良かったですね、あの揺れは普通の人では耐えられませんから」
「馬車に乗るのも楽しみでしたけど、蟲に乗れるなんて思いも寄りませんでした、レイ皇女様! 全然揺れないんで、快適です! 蟲に乗るのって、貴族様たちだけだって聞いてましたから!」
胸に手を当てて、初めての旅行にワクワクと期待で目を輝かせるヒナギクさん。この世界だと車が一般的ではないので、期待感がさらに倍の模様で、微笑ましい様子に笑みが浮かんでしまいます。
でも、たしかに乗り心地が良すぎます。軍用車両はここまで乗り心地は良くないはずです。
「軍用なのに、振動が全然ありませんもの。高級車並みに改造してあるのでしょうか」
「そうではないかもな。この車は運転方法は変わらないがいくつかよくわからないボタンがある。見たこともない技術だ。乗り心地も高級車並みに変わっているのがデフォルトなのかもな」
運転手のおったんが運転席から口を挟んできます。
「ソファみたいにふかふかで、サスペンションを搭載しているにしても、揺れなさすぎです。石畳を走行しているにしても変です………もしかして謎パワーが働いている?」
「何かしらのパワーが発生しているのかもしれん。まぁ、燃料電池で動く方が不思議だが」
かぶりを振って苦笑するおったんですが、私も不思議です。この車の燃料がなんなのかを調べたら、石畳のように大きなバッテリーでした。平べったく長方形の薄い板でガソリンよりも便利そうでした。EVとかいうやつでしょうか。
テンナン子爵の倉庫を調べたところ、数枚の予備が強化服の単1電池と一緒にみつかったので、戦闘でもバンバン使えて安心しました。
「車は全て乗り心地が良いですよ? わたくしもバスに乗ったことがありましたが、揺れもなく快適なことを覚えております。わたくし帝都出身ですので」
「とすると、乗り心地を追求するほど余裕があったんでしょうね。なにせ軍用車両ですし」
帝都出身が決め言葉のガーベラが得意げに胸をそらします。きっとアイデンティティの重要な核なんでしょう。
「平和だったんだろうな、本来は軍用輸送車両は椅子は鉄板一枚、荒れ地でも走れる走破性を持つ代わりに乗り心地は最悪だ」
「ですねぇ、だからこそ貴族御用達の乗り物となったのでしょう」
おったんの言うとおりでしょう。車両を見渡すと、長ソファがバス席のように設置されており、小さなテーブルも置かれている快適空間です。
ヒナギクズとガーベラズ、そして脇に置かれている段ボール箱。そして私が本日の乗客です。
アフロ隊長たちは外で馬車に乗ってついてきています。キオは同乗したかったようですが、自分の乗り物があるので渋々とした顔で諦めました。
ですが━━━。
「僕も車で来ればよかったのですが、残念ながら愛馬で来てしまいました。一生の不覚です」
開け放しの窓にキオが横付けしてきて、姿を現して悔しそうにします。さっきからこうやって、とろとろ徐行運転の装甲車と並走している少年です。
「馬ならともかく、バイクはエンジンを傷めますので、こちらの速度に合わせなくてもよろしいですよ、キオ」
「大丈夫ですよ、我が領地にはメンテナンスができる腕の良いお抱え整備士もいますし、このバイクは徐行運転程度で壊れる軟な作りはしていません。この愛馬『テキロ』はね」
自信満々に胸を張り、自分の愛馬をぽんと叩くキオ。普通のバイクではないようで、とろとろ徐行運転のバイクはバランスを崩して倒れやすいのに、不自然にまるで空間に固定されているかのようにバランスを保っています。
なんかボタンを押したら変形しそうな未来的なフォルムとモニターを備え付けた大型バイクです。タイヤの横にスラスターみたいな噴出口もあるので、空も跳べそうな予感。
さすがは高位貴族。彼らの階級では中世ファンタジーではなく、SF映画の世界にいる模様。
『テキロだってよ。テキロ。やばいぞ、あの少年。死んじゃうかもしれないぞ』
『テキロってなんでしたっけ?』
『持ち主に凶事を齎す妖馬だ。古くは三国志の劉備が持ち主だったが、龐統が代わりに乗った時に、その力をタイミングよく発動させて龐統を殺した曰くつきの馬だな。劉備死ねよと三国志演義を読んでて愚痴ったもんだ』
漫画から歴史書まで乱読する悪魔王です。説明内容を聞いて思い出しました。
『思い出しました。イザナミちゃんがハマっていた競馬ゲームのレジェンドカードの少女でしたね』
『テキロは擬人化されてないから。騎手を乗せて走らないから』
思念で素早くおったんとやり取りをして、テキロの由来を思い出しました。でも、キオはこの的盧の由来を知っているのでしょうか?
とっても心配です。なにせ初めての男の友だちです。心配でときどきしちゃいます。死んだらとても悲しいです。
「キオ、そのテキロの由来を知っていますか? 凶兆を齎す馬の名前ですよ? 持ち主に不幸を齎す馬ですので、一旦私がお祓いしましょう」
いつもなら謎のお坊さんが通りがかり、注意を促すのですが、もはや私は人間の肉体を持つ身。お坊さんの役も凶事を齎すイベントを起こすこともできないのです。
「無期限で私が預かりましょう。お祓いが終わりましたら返却しますので、ご安心ください」
吹けば散ってしまうような、儚げな桜の花のような可憐な笑みにて、キオへとバイクを渡すように告げます。
危険なバイクです。お友だちが死んだら嫌ですし、空を飛べそうなバイク欲しいです。くれるかなぁとときどきしてしまいます。
「わかりましたとお答えしたいところですが、実は厄除けは終わっているのです。毎回テキロと名付けるバイクには、一旦死刑の決まっている者を乗せて処刑するのです。なのでその後は凶事は起きないシステムですね。でも心配してくれて嬉しいです。早くも恋愛フラグが立ったというやつですか」
真摯な表情でとんでもない厄払い方法を告げてきました。そりゃ、死刑が決まってる者なら構わないという理論はわかります。でもそれって他の問題が考えられません?
「な、なにか呪われていそうなお馬さんです………」
「そ、そうね。辺境伯はワイルドなのね。帝都ではそんな方法をとる貴族はいませんでした」
「怖いでしゅ……ゆーれーさん見えるかもでしゅ」
ヒナギクさんたちもドン引きです。顔は引きつり、後退り、段ボール箱がガタガタ震えます。
「テキロは最初の凶事が終われば、反対に後は安全。しかしエゲツない方法を選ぶものだな」
「テンナン子爵のおっしゃるとおり、僕も良い方法だとは思えないのですが、それでも檜野家に伝わる伝統でして………」
フンと冷たい声音で言うおったんに、キオは気まずそうな表情となる。良識はありそうで安心です。というか、本人も本当は嫌そうな顔です。そりゃ、死刑囚の怨念が宿りそうなバイクに乗るのは嫌でしょう。
『あれだよ、あれ。効果があるからと先祖が言い始めて明確に反論もできないから、嫌々伝統として引き継ぐやつ。パチンコでリーチが外れたらデモ画面に戻してから再開すると当たりやすいというオカルト攻略法と一緒だ』
悪魔らしくギャンブルも好きなおったんです。
『そのオカルト攻略法は知りませんが、言いたいことはわかりました。近代的な考えを持っているとばかりに思っていましたが、どうやら怪しい様子です。辺境伯領の人間は気をつけないといけませんね』
『だな、死刑囚を利用するほどにオカルトに傾いている文化なら貴族でも合理的な考えをするとは限らない。注意しておいてくれ。俺は居酒屋で酒でも飲んで時間潰しを』
キオの言葉の端々から、私たちは推測を深めます。油断はしないレイちゃんなのです。最後はよく聞こえませんでしたが、懸命に仕事を頑張るという意味でしょう。
伝統とはいえ、野蛮な方法をとっているのですから注意です。同じように他の問題でも合理的な方法ではなく、野蛮な方法を取っている可能性がありますから。
「外の世界は初めてなので、たくさん教えて下さいね、キオ」
「ええ! お任せください。辺境伯領の観光地などもご案内しますので! なに、父上はすぐに魔物に堕ちることもないでしょうし、最初は街一番のレストランにて」
「若様!? 駄目ですぞ、すぐに当主様の下へと向かいませんと!」
「そうは言うが、きっとレイ姫は長旅でお疲れになるはず。か弱く、お身体の弱い方なのだ。僕らも気を使わないといけない」
思わずといった感じで口を挟む爺やさんとキオが掛け合い漫才を始めるのを横目に、私は外の様子が変わったことに気づきます。
「涼やかな緑の匂いがしてきますね?」
ラショウの周辺は瘴気を浄化しても、緑の気持ちの良い匂いなどはしていませんでした。どことなく空虚な感じで生気がいまいち感じられませんでしたが、今は変わりました。
「そうですね、レイ姫様。どうやらラショウの領地を抜けたようです」
外の世界を知っているガーベラが教えてくれて、ヒナギクさんたちが目を輝かせて歓声をあげる。
「わぁ〜、草原が緑いっぱいだ〜」
「気持ちの良い風だね〜」
ラショウの街の周辺は冬が近いこともあり、枯れた草が多かったのですが━━━。
「まるで春のような青々とした草原ですね」
見ただけでわかります。生気が溢れています。溢れすぎている世界です。たった少し瘴気の森を離れただけでこれですか?
━━━なぜこんなことになっているのか調べた方が良いかもしれません。
『万能やられ役小悪党ランピーチに転生しました』と言う作品も投稿開始しましたので、よろしかったからお読みください。




