53話 収穫祭
収穫祭が活気があるのは初めてだと、ヒナギクはワクワクしていた。
皇女様は辺境伯を治療しに行くことになり、代理のキオ様と交渉中なのでお城にお残りになっています。
その間、私たちはというと、交代でお祭りを楽しめることとなりました。辺境伯一行を歓待する必要もありますが、年に一度のお祭りです。楽しんで来てくださいと、お優しい慈愛の笑みでお許しになってくれたのです。
街は今までとは様相が違います。以前は暗い雰囲気が当たり前で、誰もが下を向いて俯きながら暮らしてました。通りを歩く人たちは身体が翅が生えていたり、手足が虫とか異形の身体を持っており、どこか怯えた顔もしていました。
でも、今は違います。皆は顔を俯けることなく、明るい表情で明日への希望に満ちてお祭りを楽しんでいます。
「えへへ、明日への希望に満ちてなんて、ちょっと恥ずかしい言い回しだったかな」
「ん、ふぁにが?」
「なんでもないよ、サザンカちゃん」
焼き鳥を口いっぱいに頬張ったサザンカちゃんが私の顔を不思議そうに見てくる。モキュモキュと本当に美味しそうに食べてる。
「街の皆の様子を見て、ちょっとね」
真面目に答えるには気恥ずかしいので、そっぽを向いて誤魔化します。
「明日への希望に満ちて皆はお祭りを楽しんでますとか思ってたんでしょ〜?」
「ヒナギクらしい」
ジャスミンちゃんとスミレちゃんが私の心を見抜いたかのように言ってくるので、ちょっと顔を赤くしてしまう。長い付き合いの友人たちなので、私の性格がよくわかってる。
「あ、あそこ焼き立ての猪肉だって!」
「おぉ、行こう行こう!」
「食べよう!」
私が指差す先の屋台。そこで脂がジュウジュウと美味しそうな音を立てて食欲をわき立てる煙が立ち昇るお肉が焼かれています。その屋台を見て、皆がワッと声をあげて嬉しそうにかけてゆく。
長い付き合いなのは私もなんだよね。だから誤魔化す方法も簡単なのだ。
「部位ごとに味は違うはずです。残念なことに私のお腹は小さい。少しずつみんなでシェアしながら食べないとすぐにお腹いっぱいになりますよ。ここは私がリーダーとして屋台巡りの指揮をとります!」
……なんだが、ここにいてはいけないお方もいるようだけど気の所為だよね。
「ようこそ皇女様! 一番美味しいところを焼きますんで、少しお待ちを!」
「皇女様、兎肉も美味しいよ。食べていってよ!」
「スープはどうだい? 野菜もお肉もたっぷりさ」
「『くいだおれ』じゃー! ひらがなの読める儂は知っておる! 皇女様はフードファイターという力を手に入れる試練を始めるつもりなのじゃー!」
市場にはずらりと並ぶ屋台、そしてお肉が焼かれて、鍋の中にはたっぷりと入ったお肉と野菜がグツグツと煮込まれてる。それらを皆が食べながら舌鼓をうってます。
誰も彼も嬉しそうで幸せな顔で━━。
「ほら、ヒナギクさん、なにをぼんやりとしてるんですか。早く食べないと屋台全部回りきれませんよ」
「見ないふりをしてるんですよ〜! なんで皇女様がここにいらっしゃるんですか? 檜野辺境伯代理との交渉と歓待をなさるのでは?」
自分を誤魔化しきれませんでした。だって、なぜかレイ皇女が私たちと一緒にいるんですもん! サザンカちゃんたちに助けを求めると、3人とも素知らぬフリで、シチューを食べてる。額には冷や汗をかいているのが見えるけど!
「ここは筆頭側仕えの出番でしょ」
「うんうん、私たちの出番じゃないよね」
「おっちゃん、その焼いた猪肉をスープに入れて良い?」
裏切られています。長年の友人たちは今、敵になった! もぉー!
「まぁまぁ、そんなに怒らないでください。交渉はおったんに任せてますし、私は契約内容を後から聞いて、もっと良くなるでしょうとお決まり文句を意味なく2回は繰り返してダメ出しをするだけですので」
「意味なくダメ出しをするんですか!?」
スプーンに乗せたお肉を口に運び、皇女様が美味しそうに食べながら酷いことを言います。思わず私はツッコミを入れてしまう。不敬ですけど、その内容がひどすぎるんだもん。
「ええ、上司はどんなに良い内容でも、絶対に一回ではオーケーを出さないのがルールなんです。上司の威厳と部下へのハッパをかける意味もあります。よくできた部下は3回目に1回目と全く同じ報告をしてきたりもしますね」
「そう言えば、元メイド長も同じ感じでした。なるほど……」
焼き鳥をふりふりと振りながら、とんでもなく酷いことを口にするレイ皇女。
でも、ルールだったらしい。うーん、上司というのは奥が深いんですね。そして、おったん様には同情します。
「というわけで、くいだおれツアー開始です。さぁ、皆さん参りましょう。お代はおったんにつけといてください。今度おったんカードを作る予定です」
「おったんカードとはなんでしょうか?」
「そのカードで買い物をすると、月末におったんの口座から代金が引かれる特別便利なアイテムのことですね」
「そんなカードがあるんですね、へぇ~っ」
でもそれって便利だけどどうなんだろうか? なにか変なことがあるような感じがするけど、皇女様は平然とした顔なので、貴族たちの世界では当たり前の話なんだろうなぁと、私はレイ皇女についていくのだった。
◇
執務室でおったんはキオ辺境伯代理たちと今後のことについて話し合いをしていた。が、問題発生である。
「あのお嬢様はどこに消えたんだ、ガーベラ? トイレに行くと言って一時間以上経っているような気がするのだが?」
交渉中のおったんは、消えたお嬢様の行方を小声でこっそりとガーベラに尋ねる。もちろん念話をしたが、当たり前のように電源が切れているか、念話の届かない場所にいると返ってきた。
「恐らくは街のトイレに行ったのかと思われます。お財布を確認してましたし、スキップしていたので間違いないかと」
「顔色一つ変えないで答えてくれる君の有能さには舌を巻くよ」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、おったん様だけのほうが交渉は纏まりやすいかと思います」
執務室で檜野辺境伯代理のキオたちと交渉を纏めていたおったんは、同席していたはずのお嬢様がいつまで待っても帰ってこないので、苛立っていた。
そして、申し訳ないとの感情も表情に出さないガーベラに、側仕えいらねーなとも、お嬢様への評価は当たっているとも思って諦めることにする。
どうせ交渉中に舟を漕ぎ始めて、出港するのは目に見えているのだ。下手をすればおやつの話しかしない可能性もある。お嬢様は下手しなくてもお菓子の話しかしてこない可能性しかない。
だが、お嬢様の行動に怒りながらも、諦めるおったんたちとは違い、動揺する若者がいた。ガタンと音を立てて貴族らしくない慌てぶりで詰め寄ってくる。キオ辺境伯代理である。
「も、もしやレイ姫に嫌われるようなことを僕はしてしまったのでしょうか? 悪いところがありましたら教えていただきたい! どんなことでもします!」
(なら、その惚れっぽい頭を交換してくれ。……まぁ、あの姿だからな、惚れるのも無理はないか)
基本、お嬢様が女性に変身する時は、絶世の美女か美少女か幼女なのである。男はその美貌に見惚れるし、紳士は貢ぎ始める。
あまり外の世界を知らない若者っぽいから、一目惚れなんだろうなぁと、哀れみの視線を向けてしまう。隣の目付け役らしい爺さんも困り顔だが、止めるまでのことではないので、動けないようだ。
「そうですな、お嬢様は体が弱く、このような長時間の交渉には同席するのは難しいのです」
顔を俯けて、辛そうに手で覆うとあまり口外はしたくはないんですがとの空気を醸し出す。こういう演技は得意なおったんだ。お嬢様の無茶ぶりにも鍛えられており、世界を滅ぼす謎の旧神の役をしろと言われた時も、タコの真似をして人間たちを恐怖に突き落とし、お嬢様とイザナミにタコ踊りだと爆笑された覚えもあるのだ。
「そうだったのですか! たしかにか弱そうな触れたら折れそうな花のような方でした。僕の気遣いが足りませんでした……申し訳ありません」
「いえ、こちらも注意せねばならなかったのです。ですが一年に一回の祭りのため、気をつけていれば大丈夫だろうと考えてしまったのです」
沈痛な表情でおったんは手を振って、後悔の念を持ち落ち込むキオ辺境伯代理を慰める。
か弱そうな触れたら折れそうな花のようなお嬢様は、元気な姿で満面の笑みで屋台を回ってバクバクと食べ物を食べていることを知っているが、おくびにも出さない。
「でも、その方が運命っぽいですよね。いつもは外に出ない可憐で優しくてか弱い美少女。たまたま外出して、成人した貴族の青年と出会う。そして数年後は………プロローグ始まりの出会い」
天井を見ながら、うっとりとなんだか訳のわからないことを呟くキオ辺境伯代理。なんだろう、小説でも書き始める予定なのだろうか。思わず胡乱げな表情になってしまう。
「そういうわけです。なので交渉は私とでお願い致します。……二億円、間違いなくお支払いできるのですな?」
「えぇ、我が領地でもポンと出せる金額ではありませんが、父上を助けることができるとあれば、安いものです」
その顔には、気負いもなくあっさりとした表情で、嘘はなさそうだとおったんはキオ辺境伯代理の評価を少し上げる。高位の貴族らしいところもある。自身の力がどれほどなのかを正確に把握しているのだ。
おったんの鋭い眼光を向けると普通は怯むか警戒するのだが、ケロリとした顔でキオ辺境伯代理は頷く。なかなかの胆力である。
「ですので、問題なく辺境伯領地にいらっしゃってください。領地をあげて歓迎いたしますので!」
「お父上がイカリッドになりそうなのですから、早く向かわないと行けないですな。わかりました、お嬢様には祭りが終わり次第お伺いするように伝えたいと思います。ですが、その緊急度はあれですな、上手く伝わるか自信はありませんが」
イカリッドは寄生体だから怖いよねと、おったんは勝手にイカリッドと名前をつける。イカリッドはチート並みに強いんだよとも思っていたりする。
「テンナン子爵にももちろんお礼を差し上げたいと思います。後で山吹色のお菓子をお持ちしようかと考えておりました」
爺やと呼ばれる老人がおったんの思考を読んで、美味しそうなお菓子の名前を言うので、重々しく頷く。
「近日中にお伺いしたいと思います」
水心あれば魚心、山吹色のお菓子を貰えば、おったん心と、内心で小躍りするおったんだった。
『万能やられ役小悪党ランピーチに転生しました』と言う作品も投稿開始しましたので、よろしかったからお読みください。




