52話 お肉は最高です
屋台を回ることにしたレイちゃんです。ご機嫌でスキップしながら、それぞれの屋台を覗き込みます。
ジュワ~と焼き鳥が焼けて美味しそう。まずはこの焼き鳥からですね!
「私がエスコートをしなければいけないので、ここは焼き鳥人数分ください!」
「へい、皇女様。どれにしましょう?」
店主が焼き鳥を指さして、ニカリと豪快な笑みを浮かべる。ヌヌヌ、どうしましょうか。おったんに聞こうと思いましたが━━。
「おったん様、ささ、日本酒をどうぞ」
「そこまで言われては仕方ないな。一杯だけ頂こうか」
領民が手渡したコップにトトトと酒を注がれてクールな表情でぐびぐび飲んでいた。私の視線に気づくと肩をすくめて、飄々と言う。
「どうやらお嬢様は檜野辺境伯代理を祭りで歓待したいようです。ここはそこまでご馳走などもない少しばかり貧しい領地なのでね。祭りを楽しみこの街の空気を味わってもらえれば幸いだ」
上手い言い訳を考えたなと、おったんは広場に設置されている卓にどっかと座ると、もはや不動のおったんとなり、酒を飲み、料理を食べ始めた。
さぁさぁどうぞと、あくまでも貴方たちのためですとの態度を見せて、浄化された身体となって戸惑い困惑する兵士たちを座らせて宴会を始めちゃうのであった。さすがはおったん、人々を扇動、誘導、宴会に巻き込むのが得意です。
「で、キオは何にしますか? 皮、ボンジリ、ねぎま、ツクネ、モモ。とりあえず私は全部ください」
「ヘイッ、お代は皇女様の笑顔で良いよ!」
「ありがとうございます店主さん」
五本の串を受け取り、ニパアッと笑みで返します。ちなみにこれらは全てタダです。領民の皆さんは現金の持ち合わせないですからね。その代わりに皆からは枡一杯のお米を代金として徴収しています。良心的ですよね。
「えっと、僕は焼き鳥というものを初めて食べるのでして……レイ姫はどれがお勧めですか?」
なんと意外な言葉を返してきました。自分でも箱入りに見えて恥ずかしいのでしょう。頬が赤く染まっています。
「そうですね……ネギマにしましょう」
皮はあのグニュッとした感触が嫌な人もいますし、ボンジリは脂の塊のように思えますし、ツクネは焼き鳥本来の味から外れていると思います。
ここは鶏肉の味がわかるネギマ一択でしょう。ネギに鶏肉の肉汁が染み込み、食べがいもあり美味しいです。
ですけども……。周りを見ると、猪肉や鹿肉、兎肉の焼き肉やシチュー、それにお菓子もたくさんあります。バームクーヘンももちろん用意してあります。城では牡丹鍋もある……。
「はい、どうぞ」
なので、ネギマを半分食べてキオに手渡します。他の焼き鳥もはんぶんこしましょう。そうしましょう、たくさん食べたいですし。
モキュモキュと食べながら、コテリと小首を傾げる。
「うぇぇぇっ!?」
顔を真っ赤にして、私の突き出した焼き鳥を凝視するキオ。
「あ、すみません。人とはんぶんこするのが苦手な人だったのですね。すぐに新しいのを」
「いえっ、ありがたくいただきます! ありがとうございます、レイ姫!」
気を使ってくれたのか、奪うように素早く私の持つ焼き鳥を受け取るキオ。そして、口を開いて焼き鳥を食べようとしてピタリと止まり、腕を震わせています。
「あの、無理しなくて良いですよ?」
「いえっ、まったく嫌ではないです! いただきます!」
もぐもぐと食べて、顔を真っ赤にして口元を押さえると蹲る。ありゃりゃ、そんなに嫌なら止めておけばよかったです。お友だちとはいつもはんぶんこは当たり前でしたが、辺境伯代理となると貴族ですものね。人と分け合うなんて嫌に決まってます。失敗しました。皇女の立場を思って拒否できなかったのでしょう。
「申し訳ありません。次からは新品をお渡ししますね」
「ええっ! いえ、そうではなく……いえ、その方が良いかも」
ぼそぼそと口籠るので、シャイなんですね。
『なぁ、私は今日は有給で良いかな? もうバレてるし私が頑張れる余地ないよね?』
『電波が悪いか、電源を相手が切っております。ピー』
なにやら迷惑電話が来ましたが、もちろんブロックしておきます。
◇
お祭りをたっぷりと堪能し、私たちはしばらく後で城へと戻りました。
たくさんご飯を食べましたが、その後時間を置いて夜となり歓待の食事会です。
長机にずらりと皆が座って歓待します。メンバーは私、おったん、辺境伯代理。それだけだと寂しいので、辺境伯の兵士たち、隊長さんの私の兵士たち、ヒナギクズ、ガーベラズ、お友だちと賑やかしに揃えました。
「あの………レイ姫にお聞きしたいことがあるのですが……」
「牡丹鍋はいくら煮てもお肉が硬くならないという都市伝説ですよね。私も試したいのですが、なぜか煮込む前にお肉がなくなってしまうのです」
キオがおずおずと言いづらそうに聞いてくるので、フンスと答えてあげます。牡丹鍋の肉は硬くならない、都市伝説だと思うんですよ。
眼の前には牡丹鍋が置かれてます。グツグツと煮立っており美味しそうです。魔導コンロという名のコンロを商人から没収したので、使えるようになりました。普通のコンロなんですが、これも魔石式です。万能すぎますね、魔石。
お味噌も醤油も砂糖も商人から没収したので味付けもバッチリですが、キオは本当に牡丹肉は固くならないか気になるようです。
「いえ、そうではなく」
「食べてみればわかりますよ。私も食べますので、さぁさぁどんどん食べてください」
小さなお口でモキュモキュ食べちゃいます。豚肉と味が似ているようで、似ていません。う~ん、どちらが美味しいかは肉質によるので判断しにくいです。でも美味しいことは間違いないです。
牡丹肉は大量にあります。どんどん食べてください。
「とても美味しいです。……ではなくて、先程のお力は何なのでしょうか?」
「鍋奉行の技ですか? あれは食べそうな人とお酒しか飲まない人を組み合わせるとよいのです」
美味しいでしゅと、お友だちが足をパタパタ振って、お箸を握って、懸命にお肉を頬張ってます。ほのぼのとしてとっても可愛らしい。
「あの、そうではなくて……爺や?」
助けを求めるように、キオが隣に座るお爺さんに困った顔を向ける。どうやら年若くまだまだ一人では判断はできなさそう。優柔不断は良くないですよ。
「あ〜、飲んでますか、若様? え~と、なんでしたっけ?」
「いや、先程のお力を見ただろう? それどころか、爺やたちも人間の姿に戻っているじゃないか!」
「そうなのです。これから若様を守る時に少し苦労する可能性がありますな。ですが………」
ギラリと目を光らすと爺やはコップをドンとテーブルに置く。
「今は味がわかるのです。料理も酒も全てはっきりと! 以前はほとんど味がせず酔うこともできず、苦痛でしたが、今は酔うこともできます」
赤ら顔の爺やさん。ウハハハと笑って、ヒックとしゃっくりをする。
「そうですよ、若様〜。お酒サイコー」
「肴もたくさんあってここは天国ですかな」
「こんなに美味しい酒を飲んだのは久しぶりです」
へべれけとなっている爺やさんたちでした。今にも眠りそうなほどに泥酔しています。浄化された身体で飲むので、いつもよりも数十倍の早さで酔いが回ったのでしょう。
酒を勧めた元凶はというと……。
「ふむ、この牡丹鍋は味付けがしっかりとしているようだ。後でシェフに褒美を与えることを検討しよう」
まったく酔わずにおったんは鍋をつついて、お酒をぐいぐい飲んでました。サタンは酔おうとしなければ酔わないのです。
こりゃだめだと、キオは顔を顰めると私へと向き直り、真剣な顔に変えてじっと見つめてくる。
「単刀直入にお聞きします。レイ姫は魔の浄化をお出来になられるのですか?」
ちぇっ、誤魔化していたのにめげない人です。後でおったんにそれ見たことかと怒られる光景が目に浮かびます。
「はい、そうですよ。皇族の力である神聖術というやつです」
誤魔化すのも面倒くさくなりましたので、牡丹肉を一口食べて頷く。
あっさりと答えてくれるとは思ってなかったのか、目を見開き身じろぎするキオ。だが、すぐに気を取り直すと立ち上がって身を乗り出す。
「ではお願いがあります! どうか我が父をお助けください! もう父は魔に汚染されて身体があと少しで魔物に堕ちそうなのです」
「辺境伯が魔物に? それは珍しいですね」
テンナン子爵戦で情報のなさに反省して、私もお勉強を一応しています。高位貴族はダンジョンでは強化服に身を包み戦闘をしているので、魔に汚染されることは少ないのです。
訝しげな私の表情に気づいたのだろう。拳を握りしめて悔しそうに言葉を振り絞る。
「父はダンジョンの魔王を倒す際に強化服が破壊され、その際に瘴気をまともに受けてしまったのです。今や自我はほとんどなくイカのような顔と痩せ細った身体となってしまいました……」
「なるほど。辺境伯が………」
『イカだってよ! イカリッドじゃね? 世界を支配する寄生タイプじゃないかな? イカの軍団とかいないかな? イカだけに』
おったんうるさい。楽しそうなのはわかりますが、イカの魔物よりも気になることがありませんか?
私の働けよビームを受けて、おったんは箸を置くと、キオへと冷たい視線を向けて尋ねる。
「檜野辺境伯代理。辺境伯が魔王と戦うなど珍しい。いったいなぜそんな危険極まりないことをしたのかね?」
「そ、それは皇帝陛下の命が各地に下ったのです。戦闘用魔石の在庫が著しく減ってきたので、各地の貴族は魔石を採取するようにと。恐らくは先日の南部王国との戦争が原因かと思われます。勝利したのは良いのですが、その際に軍用魔石をだいぶ消費したとの噂です」
へー、戦争なんかあったんですか。この世界も物騒ですね。
「で、真面目な辺境伯は魔王を倒して魔石を手に入れようとしたと?」
「はい、レイ姫のおっしゃるとおり、魔王の周りには軍用魔石の採れる魔獣も多いため、安全に採取するには、どうしても魔王を倒す必要がありました」
「なるほど、それは大変でしたね。同情いたします」
「治療して頂けたら、結城円で十億、いえ二十億円お出しします!」
「そこは円でお願いします。円で二億円。それならば治しましょう」
自国発行のお札よりも信頼のある円が良いよと答えると、キオは考え込み……頷く。
「わかりました。円でお支払いしましょう」
「良かった。商談成立ですね。では、収穫祭が終わったら向かいましょう」
パチンと手をうち、にっこりと微笑む。旅行決定です。バナナはおやつに入りますかね?
『万能やられ役小悪党ランピーチに転生しました』と言う作品も投稿開始しましたので、よろしかったからお読みください。




