121. 真意 2
7月10日に、書籍四巻&コミックス一巻の同時発売が決定しました。
TOブックスのオンラインストアにて予約が開始しております。
本文下の画像リンクから予約ページに遷移できますので、あわせてご予約いただければ幸いです!
(だから、ユヴィさんは王女さまなのにあの救児院にいたんだ……。でも、それがどうして婚約なんて話に?)
訳がわからなくて、僕は首を傾げる。
「典医が申すには、ヴァレーで新たに発見された『古樹の涙』は第三王女の治療にも効くのだそうだ。再生を促すことで痘痕ごと古い皮膚が剥がれ落ち、新しい皮膚に生まれ変わらせるという。根気を要する治療だが、一年もすれば見違えるほどに良くなるだろうと」
「!」
それは朗報だ。治らないと思っていた痘痕が治るなんて、『古樹の涙』を見つけた甲斐がある。
僕が喜びを隠しきれないでいると、国王陛下は浮かない顔で「だが……」と続けた。
「痘痕が癒えれば、もはや瑕疵なき未婚の王女を神の道へと入れるわけにはいかぬ。王家の姫としての責務は、それほど軽きものではないのだ。されど、国内の有力貴族の子息はとうに婚姻を結ぶか、婚約済みの者ばかり。国外に目を向けても、友好国にはすでに第一、第二王女が嫁いでおる。まさに、痛し痒しでな。癒えれば癒えたで、第三王女の立場は一層難しいものとなろう」
国王陛下が嘆息すると、隣に座る王妃殿下がそっと労るように国王陛下の手を握った。
ユヴィさんへの親としての愛情も感じられるから、夫婦仲も家族仲もそう悪くないらしい。意外だ。
「第三王女もそれならば己の治療は不要だと、薬は病に苦しむ民のためにと申して、治療を拒んでおったのだ。……其方と出会うまでは」
「ぼ……私に、ですか?」
驚きに目を瞬かせると、それまで話の成り行きを見守っていたユヴィさんがゆっくりと口を開いた。
「あの日……。この目でしかとお薬の効き目を確かめたわたくしは、やはり治せるものであれば治したいと思ってしまったのです。わたくしだって、大手を振って笑えるのであれば笑いたい。それと同時に、その……貴重なお薬を惜しみなく子どもたちに与えてくださったルイ様をお支えしたいと……」
ユヴィさんはうっすらと目元を赤く染め、頬に片手を添えながらやや早口で話す。
心なしか、両陛下やおじいちゃん、おばあちゃんから僕たちに向けられる視線が、微笑ましそうな、素直に喜びたいけれど喜べないような、複雑な眼差しへと変わった気がした。
(えっと、つまり、どういうこと?)
「一度は責務を投げ捨てようとした身でありながら、虫が良いことを申している自覚はあります。けれど、あのように素晴らしいお薬ですもの。きっと今後、様々な思惑を持った者がヴァレー家に近寄ってくるでしょう。お母様が後見なさるとはいえ、目が行き届かないこともあると存じます。『秘された姫』とはいえ、わたくしも一国の王女。必要な教育は受けております。ですから、きっと爵位を得られたばかりのルイ様のお役に立てるかと……」
切々と話すユヴィさんは、途中でハッと我に返って恥ずかしそうに顔を伏せた。
つられて、僕も恥ずかしくなる。きっと、僕の顔は今、真っ赤になっていることだろう。
「……つまりだ、第三王女もこの縁談に異存はないということだ。家格の差なぞ、瑣末に過ぎぬ。お喋り雀どもが喧しければ、根治の事実を公にせねば良い。それならば、第三王女が男爵家に嫁いだとて誰も騒ぎ立てはせぬだろう」
確かに王家だけではなく、ヴァレー家にとっても利のある話だ。
僕の気持ちひとつ……というかヴァレー家が首を縦に振れば、色々な問題に一気に片がついて、丸っと収まるところに収まるのだろうけれど……。
「えっと、ヴァレーはとても良いところですけど、田舎ですよ? それに、その、贅沢とかはできませんし……」
「もとより、神の道に入るつもりでしたもの。どこであろうと覚悟はできております」
間髪入れずにキッパリと言い切ったユヴィさんに、僕はたじろぐ。いよいよ断る理由が見つからなくなってしまった。
(ユヴィさんのことは嫌いじゃないけれど……)
むしろ、人としては好ましく思っている。ただ、それが、恋愛的な意味で発展するのかが未知数すぎて、戸惑っているだけで。
「……なにぶん急なお話でしたので、今日のところは持ち帰り、家内で検討させていただいてもよろしいでしょうか」
僕が答えあぐねていると、おじいちゃんがそう国王陛下に申し出た。
貴族の婚姻は、家と家との契約だ。そう簡単に決められることではない。それがわかっているからか、国王陛下は鷹揚に頷いた。
「構わぬ。良い返事を期待しておるぞ」
「……御意」
ため息のような返事を返したおじいちゃんの、諦念混じりの視線が僕に突き刺さる。
僕が悪いわけではないけれど、おじいちゃんたちに多大な迷惑と心労をかけている申し訳なさに、僕は身を小さく縮こまらせた。




