95. リュカ5歳の誕生月
「「「「リュカ(坊)、五歳の誕生月おめでとう!」」」」
「ありがとっ!」
お誕生席に座るリュカはほっぺたを真っ赤にして、とびきり嬉しそうに笑っている。
「りゅー……ぼく、ごさい!」
リュカは自慢するかのように右手の指を全部広げ、みんなに見せびらかした。わざわざ振り返って、後ろに控えている従僕にまで見せている。
そんな天真爛漫な仕草におじいちゃんとおばあちゃん、それとすっかり家族枠のテオドアさまがにこにこと目尻を下げた。
(あのちっちゃな赤ちゃんだったリュカが、もう五歳か……)
春の王都行きに向けて、この冬から僕もリュカも必要なマナーを学び出した。そのおかげか、リュカは舌足らずさが抜けて、自分のことを「ぼく」と呼ぶように変わってきている。
さらに、長く伸びた髪をリボンで一本に結び、上等なセーターでめかし込んで、すっかり小さな紳士だ。
去年も「あっという間に大きくなったなあ」と思ったけれど、今年もさらに感慨深い。きっと来年も再来年も、リュカがいくつになろうとも、僕はずっと思うのだろう。
家族のお祝いの言葉を皮切りに、次々と料理が運ばれてくる。
「むふっ。今日はリュカぼっちゃまが、お肉もお野菜もパンもパスタもみーんな食べたい! とご希望されましたので、豪華チーズフォンデュパーティーですっ!」
食いしん坊のリュカは、調理長のグルマンドに随分と無茶を言ったらしい。
テーブルには一口サイズのキッシュ・サンドイッチ・マリネ・ラムチョップといったオードブルが、大皿でどどーんと置かれた。どれもリュカの好物ばかりだ。
それとは別に、良い焼き色がついたパン・きのこ類・冬野菜を中心とした野菜・肉数種類・ソーセージやベーコンなどが所狭しとテーブルに並ぶ。
たくさんのチーズフォンデュ用の具材はまさに『豪華』の言葉どおりで、僕はぎょっとしてしまった。
(ぜったい、四人+幼児で食べる量じゃない……!)
残ったら家人たちに下げ渡されるとはいえ、この冬の時期に尋常じゃない気前の良さだ。
「きゃあ〜〜〜、おいしそっ! いたっきまっす!」
リュカは従僕が取り分けてくれたオードブルを、もりもりと摘んでいる。
大人たち三人は、優雅に白ワインで乾杯だ。
テオドアさまもワインが大好きな方なので、一人飲む人が増えた分、一度の食事でいろいろなワインを開けられるとおじいちゃんもおばあちゃんも喜んでいた。
「美味しい!」
僕も一通りオードブルをいただいたあと、チーズフォンデュをぱくり。
一人一つ、ろうそくの灯った小さなポッドで供されたので、チーズはあつあつとろ〜りのままだ。少しお行儀は悪いけれど、わざとチーズがどこまで伸びるのかを楽しむ。
具材はどれも美味しいけれど、なかでも最高なのがかぶだった。じっくり焼かれた甘いかぶに、塩気のあるチーズ。合わないわけがなかった。
(あああ〜。僕も早くワインが飲みたい……!)
代わりに、温かい葡萄の新芽茶をちびちび飲む。せめてキリッと冷たいレモン水が飲みたいけれど、我慢した。
チーズフォンデュに冷たい飲みものを飲むと、胃の中でチーズが固まって腹痛を引き起こしかねないのだ。
ちらりと目の前を見ると、リュカはかぼちゃ・にんじん・じゃがいもを何度もおかわりしている。リュカにつきっきりでチーズをつけ皿に置くを繰り返している従僕は、一人忙しそうだった。
(わんこそばならぬ、わんこチーズフォンデュ……)
永久機関はいつまで続くのかと思われたけれど、グルマンドから明後日の方向におかしい助け舟が入る。
「むふん。リュカぼっちゃま。まだパスタとデザートが控えていますよっ! お腹の空きを残しておいてこそ、食いしん坊ですっ!」
「そうだった!」
はっと気づいたリュカの手と口が、やっと止まった。……止めなければ、いったいどれだけ食べたのだろうか。
そうして、〆はパスタだった。煮詰まってどろどろ、焦げてカリッとした残りのチーズを最後まで楽しんだら、デザートだ。
(もうかなりお腹いっぱい……)
チーズは美味しいけれど、食べ過ぎれば胃が重たい。おじいちゃんたちは途中からバーニャカウダソースに切り替えていたので、僕もそうすれば良かった。
さすがにデザートはパスしようかなと思ったら、そこはさすがにグルマンドも考えていたらしい。
デザートは、甘酸っぱい葡萄コンフィチュールのフォンデュだった。
ほとんど甘さのないふわふわ蒸しパンを絡めて食べるので、紅茶と一緒にひとつふたつ摘めるくらいの余裕はある。
「ぼく、ぶどう、すき!」
葡萄が好物のリュカは、嬉々として食べている。年々、食べる量が増えている恐ろしさに、僕はもう気づかないふりをすることにした。ただ……。
(この冬は、もっと運動させよう)
ころころと丸いリュカもかわいいだろうけど、健康に悪い。特に運動量が少なくなる冬は、食べたら食べた分だけ消費させよう、と僕は密かに決意したのだった。
♢
満腹を通り越して喉元に迫るまで食べたら、各々用意したプレゼントをリュカに贈る。
おじいちゃんからのプレゼントは木馬だった。下男が二人がかりで運び込んできたくらい、大きなものだ。
「リュカは元気が有り余っているようだからな。冬の間はこれで我慢してくれ。王都から帰ってきたら、乗馬を始めても良いやもしれん」
「じいじ、ありがと! かっくいー!」
さっそく木馬に乗ってゆらんゆらんと揺れるリュカは、なかなか様になっている。格好いいでしょ、とドヤ顔だ。
おじいちゃんはそんなリュカの頭を撫でながら、矛先を僕へと向けた。
「ルイもだ。貴族となったいま、乗馬は必須となる。これからリュカとともに学べば良い」
「……はい」
今世はスポーツらしいスポーツをやってこなかった僕だ。一抹の不安があるものの、かわいい弟の手前、お兄ちゃんの僕が手本にならないわけにはいかない。
(乗馬かあ。がんばろう……)
次いで、おばあちゃんからは青の毛糸で編まれたマフラーだった。両端がポケットという珍しい形をしている。
「ばあば、ありがとっ! めろちゃんの、ぽっけ!」
「あらあら、良くわかったわね」
どうやらポケットは手を入れるためではなく、いまは部屋で留守番をしているメロディアのためのものだったようだ。
「ほっほっほ。わしからはこれじゃ」
「テオドアさままで……」
「ておじー、ありがと! ……これ、なあに? いし?」
こてんとリュカが首を傾げる。綺麗な布袋から出てきたものが、何かわからなかったみたいだ。
「それはな、秋植えの球根じゃよ。簡単な世話で、それはそれは綺麗な花が咲くのじゃ。自らの手で育てるのも、またいい経験になるじゃろうて」
「おはなー? ておじいと、おおきくな〜れ、する!」
「ほっほう。楽しみじゃな」
にぱっと笑ったリュカは、と期待するかのようにきらきらな瞳で僕を見上げた。
「にいにからは、これだよ。ええと、名前は……」
(しまった! 全然名前を考えてなかった。『カルタ』はさすがに意味がわからないし……)
「そう、文字札っていうんだ」
「もじふだ?」
「うん。実際に少し遊んでみよっか」
試しに三枚だけ並べて、僕が読み札を読む。対応した文字札を、リュカが自信満々に取った。
「これ!」
「ぶっぶー! はずれ! 正解はこの札だよ」
「えええ〜」
リュカは口を尖らせているけれど、遊び方はわかったみたいだ。
大人たちは文字札を見て、感心したような呆れたような表情をしている。
「ルイ、悪いことは言わなんだ。これはルイが商会ギルドと契約しなさい」
「まあまあ。良くできた遊び道具ね」
「かっかっかっ。遊びながら文字を覚えられるとは、とんでもないのう」
「えっ。はい……」
(こんな簡単なものでも、契約が必要なのか……)
このくらい誰でも思いつくものだし、大丈夫だろうなんていう考えは甘かったらしい。
どうせ売りに出すのなら、絵をつけてもらってもいいかもしれない。それで、改めてリュカにプレゼントしよう。
そう算段をつけていると、リュカはがさごそと文字札を漁って、何やらお目当ての札を並べていたようだ。
両手で札の文字を隠しながら、僕の方を見ている。
「えへへ〜。にいにー!」
リュカが照れながらぱっと手を離すと、そこに「すち」の文字が。きっと「すき」のつもりで並べたのであろう。
完全に不意打ちだったラブレターに胸がきゅんとして、僕はリュカを抱きしめた。
「リュカ〜!」
「やーなの! にいに、あついー!」
(近頃は恥ずかしがって、なかなか言ってくれなくなったのに……!)
もう僕の半分よりも大きくなったリュカ。腕におさまるくらい小さいと思っていたのに、いつの間にか肩がしっかりして、手も足も飛び出るようになった。
口では恥ずかしがりつつも逃げようとしないリュカの成長を、僕はいつまでも噛み締めていた。
■ 補足
この世界の文字は、ひらがな(表音節文字)をアルファベットに置き換えたような文字をイメージしています。合わせて、前話にもその旨を追加修正しました。




