保育園の子ども劇
■ 前書き
・読者さまから、以前リクエストいただいた「子どもの日」のお話です。「お遊戯会」をテーマに書きました。Ifに近いお話としてお読みください。
・遅くなってしまいましたが、ギリギリ間に合ったということで、お目溢しください……。
「えええ〜! 子ども劇をやりたい!?」
「そうなのよ……」
夏真っ盛りのある日、僕は保育園の保母さんから、思いもよらない相談を持ちかけられていた。
どうも、町にやってきた旅の一座が、広場で歌あり・踊りありの劇を演じてみせたらしい。
その劇を観て感化された一部の子どもたちが、保育園でもしっちゃかめっちゃかに歌い踊り、手がつけられない状態なのだとか。
しかも、劇を見ていない子どもたちまで、「ぼく(わたし)もやりたい!」と一緒になって騒ぎだす始末に、頭を抱えているそうだ。
(あっちゃー。まあ、確かに遊びが少ない世界だし、子どもはなおさら気に入りそうだけど……)
「もうそれならいっそ、目的を持ってちゃんとやらせた方がまだマシなんじゃないかって」
「それはそうかもしれないけど、僕に相談されても……」
僕は劇なんて全くわからないド素人だ。そういうのは、(この世界にいるのかわからないけれど)専門家に相談して欲しい。いや、まずはレミーが先か?
言外に「お断り」の雰囲気を漂わせたけれど、保母さんの方が一枚上手だった。
「……保育園に寄付してもらった布絵本、風の噂でルイくんが物語を考えたって聞いたのよね」
「それは……」
「それとリュカくんがたまに歌っている『メロちゃんの歌』。リュカくんに誰に教えてもらったの?って聞いたら、『にいに!』って」
「……」
心当たりがあり過ぎて、何も言えない。でも、僕だって何かと忙しいのだ。ずるずると子ども劇の準備すべてを手伝わされるのは困る。
「子どもたちも、一回やれば落ち着くと思うのよ。ねっ。せめて物語の用意だけでも、お願い!」
僕は必死に手を合わせて頼み込む保母さんを、ちらりと見る。今は四人いる保母さん全員にお世話になっているし、この保母さんにはリュカが一番懐いていた。協力してあげたいのは山々だ。
(それに、「保育園を作りたい!」って言い出したのは僕だからなあ。無下にもできないし……)
思えば、前世の保育園では、当たり前のようにお遊戯会があった。僕もうっすらと、劇で歌った覚えがある。
子どもの情緒を育てる意味でも、日中子どもと一緒にいられない親に成長を感じてもらう意味でも、やる意義は大きいけれど……。
「……はあ。物語だけですよ。それ以外は、僕はやりませんから。レミーやおじいちゃんへの根回し・親への連絡・劇の練習・必要な道具の準備なんかは、全部保母さんたちがやってくださいね」
「! ありがとう!」
結局、突っぱねることができない僕は、そんな安請け合いをしてしまったのだ。
その後、保母さんたちがどう説得したのかは詳しく聞かなかったけれど、「お試しでなら」と許可をもらったそうだ。
(う〜ん。どんな物語がいいかな)
凝った劇はできないので、僕は簡単な三幕構成で物語を準備することにした。
前世の物語を改変するよりも、①葡萄を育てる→②悪い虫を退治する→③ワインを作って神さまに捧げる、という物語なら、ヴァレーの子どもたちも親も、どちらも親しみやすいはずだ。
そう考えて用意した物語は、保母さんたちに大絶賛! 子どもたちも、きらっきらのやる気に満ちた目をしていた。
満場一致で受け入れてもらえたので、公正なくじ引きで配役を決める。やっと練習を開始できたのは、ちょうど葡萄の収穫が始まる前だった。
♢
あっという間に、ふた月が経った。
新酒祭りが終わり、冬支度までは少し余裕がある今日。待ちに待った、子ども劇の発表会を迎えた。
ざわざわと、観客席の親たちはおしゃべりに花を咲かせている。「楽しみねぇ」という声が、あちこちから聞こえた。
いつもは保育スペースとして使われている作業所は、今日は三分の一が舞台、残りの三分の二が観客席になっている。
と言っても、舞台は左右に衝立を置いただけだし、観客席も絨毯に直に座ってもらう形だ。
(いよいよだなあ……)
舞台には、小道具として葉がついたままの葡萄の枝が数本置かれている。
この日のために、子どもたちは本当に頑張って練習をしてきたのだ。
結局、忙しい合間を縫って、物語の準備と簡単な指導まで手伝った僕も、観客席の一番後ろから子どもたちの勇姿を見守る。なんだか緊張してきて、手に汗握った。
保母さんが「始めますよー!」と合図すると、観客席が静かになる。
保育園でも一番年長の子どもが二人、左右の衝立から出てきた。左手は男の子、右手は女の子だ。
ナレーター役の二人は両手をピンと上げると、元気良く声を揃えてご挨拶をした。
「「こんにちはー!」」
どこまでも通るような声に、観客の親たちからは「ふふ」と笑いが漏れて、「こんにちはー」と返事を返している。
二人の子どもは、恐らく自分の親の方をちらちら見て、ちょっぴり恥ずかしそうだ。それでも大きな声で、交互にセリフを叫んだ。
「むかーし、むかし、あるところに」
「わいんがだいすきな、さんにんのかみさまがいました」
「いっしょうけんめい、おいしいぶどうと、わいんをつくるひとびとに」
「『ほうびをやろう!』といったのです」
「「これはそんな、ヴァレーのものがたり」」
二人は片手で、背後の舞台を指し示す。
すると、エプロンとほっかむりをした農民役の子どもが四人、上下茶色の服を着た馬役の子どもが二人、衝立から姿を現した。
ナレーター役が、中央から左手に移動する。
その間に、農民役が舞台に並ぶと、葡萄の葉をかき分けながら順にセリフを言った。
「つやっつや、りっぱな、ぶどうにな〜れっ!」
「ぎっちりたわわわな、ぶどうにな〜れ!」
「あまくてしゅっぱい、ぶどーになれ〜!」
「おいちぃおいちぃ、ぶどーに、な〜れ!」
(ちょっとセリフを間違えている子もいるけれど、ちゃんと言えてる! がんばれ!)
馬役は四つん這いの格好で「ひひ〜〜ん」と鳴き、舞台の左から右へ、右から左へと歩き回っている。お尻と一緒に、馬の尻尾に見立てた紐がふるふると揺れた。
そんなかわいらしい子どもたちの一挙手一投足に、観客席から微笑ましい笑いが漏れる。
「ヴァレーのひとびとは、くるひもくるひも」
「おいしいぶどうを、つくります」
「あめのひも、かぜのひも」
「そこに、ぶどうをねらう」
「「わるいむしが、あらわれました」」
ナレーター役がそう言うと、農民役と馬役が一度舞台からはける。
入れ替わりに、真っ黒な服を着た男の子が二人、右手から舞台に上がった。その背中には、虫の羽を模した布がついている。
「くんくん。うまそうな、ぶどうがあるな〜!」
「ぼくたちが、み〜んな、た〜べ〜て〜や〜る〜!」
むしゃむしゃむしゃ、と美味しそうに葡萄食べるふりをする虫役の子たち。
その後ろでは、まだセリフを覚えられない幼児全員が、はいはいやよちよちをしている。お揃いの毛皮の尻尾と耳付きニット帽をかぶり、ミンクリスやうさぎに扮しているのだ。
「うちの子、かわいいー!」と堪えきれなかった声が、観客席のどこからか上がった。
「「「「あーーー! わるい、むしめ!」」」」
そこに、左手から四人の農民役が再登場。虫役を指差している。
一番先頭の子が、腰から差した布の剣を抜き放つ。正面を向いて「えいっ! やー!」と、剣を二回振り下ろした!
「「や、やられた〜〜〜」」
虫役が、三文芝居のような見事なやられっぷりを披露すると、その場にぱたりと横になる。
……でも、しっかりと薄目が開いているせいで、親たちから爆笑の拍手喝采が巻き起こってしまった。
「はなのよい、どうぶつたちの、おてがらで」
「わるいむしは、たいじされました」
「おいしいぶどうは、おいしいワインになり」
「「さんにんのかみさまに、ささげられます」」
場面の切り替えだ。虫役がむくりと起き上がり、客席にバイバイと手を振ると、衝立へと消えていった。
すぐに、白いポンチョを着た神役の子が三人登場し、保母さんが中央に用意した椅子に座る。
……神役の一人は、リュカだ。僕の姿を見つけたリュカは、ぱあっと顔を明るくする。今にも「にいにー!」と叫びそうで、僕は慌てて腕をバツの形にした。
「そうだった!」みたいな顔をしたリュカに僕が胸を撫で下ろした時、農民役が保母さんから渡された小さな空樽を神役に手渡して言った。
「「「「かみさま、おいしいワインをめしあがれ」」」」
「「「いただきます。かんぱい!」」」
神役は両手で空樽を掲げ、三人でガッツンガッツンと乾杯すると、飲むふりをする。
「ん〜! おいちい!」
「このワイン、おいしいねぇ〜」
「さいっこう!」
中身が入っている訳でもないのに、「ごくん、ごくん、ぷっはー!」と美味しそうに飲む子どもたち。迫真の演技だ。
「「「あなたたちに、しゅくふくを。おいしいわいんの、おれいです」」」
「「「「ありがとうございます!」」」」
保母さんたちが、端切れを細く切った紙吹雪ならぬ布吹雪をぱあーっと降らせる。ひらひら感は少し足りないけれど、色々な色が混ざっていて華やかだった。
そうして、衝立から子どもがぞろぞろと全員出てきて、締めくくりに歌を歌う。
僕は作詞作曲の才能なんてないので、前世の有名な童謡を「つやつやひかる、まんまるぶどう」といった内容に替えて、教え込んだのだ。
「さん、はい!」の合図で、子どもたちの少し音の外れた元気な歌声が響く。まだ上手に歌えない小さな子は、ご機嫌で体を左右に揺らしていた。
短い曲が終わると拍手がまた起こったけれど、実はもう一つあるのだ。
子どもたちが、パッパー・マッマー・母ちゃん・父ちゃんと、それぞれの呼び方で親たちに声をかける。「にいにー!」と、僕を呼ぶリュカの声も聞こえた。
──いつも、おいしいぶどう、ありがとう!
それは子どもたちから、親への感謝の言葉だった。これは別に、僕や保母さんが強制をした訳ではない。
ここにいる親たちのほとんどが、小作人だ。子どもたちは、葡萄園で汗水垂らして働く親の背中を見て、育っている。
毎年食べる美味しい葡萄は、自分たちの親が手塩にかけて育てたものだと、ちゃーんとわかっているのだ。
だから、「ありがとう」「がんばって」を言いたい、と子どもたちがもじもじと言ったので、僕たちはその手助けをしたに過ぎない。
これで本当に終わり。子どもたちが、一斉に親の元に駆け寄る。あちこちで、涙を浮かべた親がしっかりと子どもを抱きしめていた。
(準備は本当に大変だったけど、やって良かったな……)
そうして僕もまた、飛びついてきた大切な弟を抱きしめたのだった。
■ 補足
・現代的には「保育士」が正しいかと思うのですが、拙作ではあえて「保母」と表記しています。理由としては二つ。①この世界に、資格制度はないことと、②教育まで担っている訳ではないことです。よって、単に保育園で働く女性の従業員を意味する言葉として「保母」と表記しています。
・童謡は日本語訳の歌詞の著作権はまだ切れていないようだったので、ぼかした表記となっています。




