かわいいやきもち
※ ep.5「05. 弱さにつけこまれて」の直後くらいのお話です。
「え! 軽い! 赤ちゃんって、こんなに軽かったっけ!?」
「ふふふ。まだ生まれて三ヶ月だし、女の子だからね〜」
今日はリュカが赤ちゃんの頃、良くお世話になった近所の主婦がうちに来ていた。
自分の生まれたばかりの赤ちゃんを連れ、散歩の途中に顔を見せに立ち寄ってくれたのだ。
「はあ〜〜〜。柔らかい。小さい。かわいい……!」
ぼくは抱っこさせてもらった赤ちゃんに、もうメロメロだった。
久しぶりに嗅いだミルクの匂いと、ほやほやの抱き心地が懐かしい。気持ちよさそうに、すやすや眠る赤ちゃんの寝顔は、まさに天使だ。
「う? に〜?」
リュカも興味津々で、ぼくの脇から赤ちゃんを覗き込んでいる。
まだ二年、もう二年。二年前はリュカもこんなに小さな赤ちゃんだったのに、今では言葉を話すまでになった。そう思うと、本当に感慨深い。
「リュカ、赤ちゃんだよ〜。やさ〜しく、いい子いい子してあげてね」
「? いこーいこー」
リュカは良くわかってないながらも、ちっちゃなお手々で赤ちゃんの頭を撫でている。
その光景は、語彙力がなくなるくらいに可愛かった。
(くっ……! ここにカメラがあれば……!)
こういうのを、「尊い」というのだろう。ここ最近、ぼくの心は母さんのことでやさぐれていたけれど、そんなことがどうでも良くなるくらい、圧倒的な癒しだった。
「……それにしても、この子、よく眠ってるね」
「そうなのよ。上の子はまあ良く泣いて寝なかったけど、この子はねんね上手で助かってるわ〜」
赤ちゃんも、その子によって性格が全く違うらしい。
リュカはよく笑い、よくミルクを飲む子だった。それは離乳食に切り替わってからも変わらない。好き嫌いなく、ぼくやエミリーさんが食べ過ぎを心配するくらい、もりもりと食べた。
その分、おむつもヘビーなことになっているけれど、すくすく元気に育ち中だ。
「あ、起きた」
すうっと静かに起きた赤ちゃんが、「あなた、だーれ?」とでも言うかのように、目をぱちくりさせている。
そのつぶらな瞳に吸い込まれ、ぼくは無意識に笑いかけた。けれど、赤ちゃんはきょとんとした後、涙を浮かべ、ほあほあと泣き出してしまった。
「あら〜。おはよう。ママはここにいるわよ〜」
おばさんに抱っこを変わると、ぴたっと赤ちゃんは泣き止む。こんなに小さくても、誰が母なのかしっかり理解しているのがすごい。
(あれ、そういえばリュカは?)
ぼくの脇にいたはずのリュカが、いつの間にかいなくなっていた。姿を探すと、居間の隅でいわゆる『ごめん寝』をしている。
「リュカ、どうしたのー? 眠くなっちゃった?」
呼びかけても反応がない。でも、もぞもぞお尻を動かしているので、寝てしまった訳ではないと思う。
「ああ、やきもちかもしれないわね〜」
「やきもち?」
「そっ。大好きなお兄ちゃんを、赤ちゃんに取られちゃった〜って思ってるのかも。うちも上の子がそうだったわ〜」
思ってもみなかったことに、ぼくは目が点になる。赤ちゃんを抱っこしていたのは、ほんの短い時間だけだった。それでも、やきもちを焼くものなのだろうか。
「この子も起きたし、そろそろ散歩の続きにでも行くわ〜。お茶とお菓子、ありがとね」
そう言うと、おばさんは見送る暇もなく、さっさと帰って行った。……嵐を残して。
ぼくはリュカににじり寄り、ちんまりした背中をさする。
「リュカ、どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
「……」
リュカは黙ったまま這いずって来て、今度はぼくの膝の上でごめん寝することにしたようだ。
ぐりぐりと小さなおでこをなすり付けてきて、胸がきゅっと締め付けられる。
そうっと両脇に手を入れてリュカを抱き起こすと、ぼくの首と腰にガシッとしがみついてきた。
「……う”ぅぅ。に”〜。ええ〜ん、ええ〜ん」
「ああ〜。ごめんね。リュカは、にぃにの一番大事だよ」
まだ上手に、言葉で感情を表現できないリュカ。
ぎゅっと力いっぱい抱きつき、必死に泣いて「構って! 寂しかった!」と伝えてくれている。
その様子は可哀想でもあり、酷くいとおしくもあった。
♢
リュカの機嫌は、席を外してくれていたエミリーさんが戻ってからも、直らなかった。二人がかりで、あの手この手で機嫌を取っても、しがみついたままそっぽを向くばかり。
結局、ぼくはひっつき虫と化したリュカを、その日は一日中抱っこし続けたのだった……。




