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ヤングポテト・セカンドフライ1

ヤングポテト・セカンドフライ1


 はる子はジャガイモに囲まれていた。毒の芽を持つジャガイモならまだ良かったのに。洗えばそのまま食べられる新ジャガみたいな可もなく不可もないツマラナイ奴ら。心の底からはる子は思う。カーボンナノチューブ製メガネフレームに収まった新円レンズの内側だけが明滅する。はる子の視線移動と瞬きに合わせてレンズ埋込型ディスプレイがその表示を変化させる。まだ始まって15分しか経過していない。早くこのクダラナイ新歓コンパが終わらないかしら。それにしても、ふう。何でジャガイモなのよ。北端先端科学技術大学だから? あたしが南端先端科学技術大学に入学してたらサツマイモみたいな奴らに囲まれてたってこと? それにしても、ふん。北端と聞いてジャガイモを連想するなんて、あたしも前時代的な環境適応型農業のイメージから脱却できていない証拠だわ。はる子は素早く視線を走らせる。レンズディスプレイが四方の各先端科学技術大学周辺を産地とする農作物の年間生産量順リストを表示する。どこもかしこも似たような生産物と生産量。農業用閉鎖環境ピコプラントによる近代的アグリカルチャ。うん? 北端農作物生産量ランキング1969位、心臓主義農場によるハーティストのための自然有機農法によるジャガイモ、0.2トン。ハハハ! 昔ながらのアグリカルチャ。非効率の極みだわ。それにしても、ふふふ。こんな意味のないデータを表示させるような操作しかできないんじゃ、まだまだ駄目ね。最速のヒューマンインターフェイス入出力速度を誇る視線トレースターゲッティングシステムも、目を慣らさなきゃ全然だわ。しばらくは去年まで使っていたハンドヘルドコンピュータも共用した方がいいかしら。ヘルドコンピュータ達に思いを馳せるはる子がレンズディスプレイからその先のビールに焦点を合わせようとすると、右隣に座っていた男が急に立ち上がった。はる子とジャガイモ共を新歓コンパまで引率してきた同じ学系の先輩だ。黒いアフロヘアと精悍な顔付きと190cmはあろうかという身長以外は丸メガネをかけた普通の日本人。

「ハロハロ、エブリバディ。ピコテクノロジー学系入学おめでとうございます。ええと、僕はこちらに座られている杉山超進学系長の研究室に所属してるジャックと言う者デース。セルフイントロデュースタイム&スプリングハズカム! 皆様のお名前、大学でやってみたいこと、趣味・特技などを発表して下サイ。あ、杉山先生には最後にクローザのお言葉を頂きますのでヨロシクお願いします。恥ずかしくって皆の前じゃ話せないっていうシャイボーイ&ガールは、後でカツ丼を食べながらゆっくりと吐いてもらいます。キャハハ」

 お互いに探り合い状態ではあったが、それなりに騒がしかった新入生達が一斉に押し黙る。カツ丼? はる子は「カツ丼」「吐く」で素早く検索をかける。ああ、旧世紀の警察機構で取調べ中の容疑者を懐柔する際に使われた古典的手法、か。あたしが知らない昔話をジャガイモ共が知っているわけないじゃない。誰に向かって話してるつもりかしら、この先輩。馬鹿じゃないの? それにしても、やれやれ。自己紹介、ね。本当に後輩思いの先輩で涙が出そうになるわ。無表情な顔ではる子がジャックの横顔を見上げていると、彼は急にはる子の方を見て言った。

「じゃあ、トップバッター、メガネピカピッカーチュウ。背番号69。そう、君から」

 はる子は顔を真っ赤にして立ち上がった。ビール一杯で酔っ払うほど弱いわけではないし、ましてやジャガイモ共の前で自己紹介することに何の気後れもない。しかし顔の皮膚表面の水分がどんどん蒸発して砂漠化していくのを感じながらはる子は口を開いた。

「田中はる子です。エクソダス計画に興味があって、惑星改造ピコプラントの研究をしたいと考えています。趣味は自然有機農法ジャガイモ栽培、特技はジャガイモ料理です」

 口の回転数が上がるにつれて、はる子の顔から赤みが引いてゆく。最後には誰にも気付かれずに皮肉を言う余裕も生まれていた。しかし、はる子がふと右隣りを見ると、まだ立ったままのジャックが白い歯を覗かせながら満面の笑みを浮かべている。

「サンキュー、はる子。まだまだ硬式イントロトロデュースだったけど、トップバッターの役割は出塁すること! 今のは正直言って内野ゴロなんだけど、ジャガイモボールの不規則な形状がイレギュラーを誘ったね! ナイスポテトヒット! ファーストセーフ! 次行ってみよう」

 この男はどこまで気付いている? はる子は座布団の上に腰を下ろしても、ジャックから視線を外すことが出来なかった。メガネピカピカということは、あたしがヘッドヘルドコンピュータで色々していたのは気付いていたのだろう。でもあたしが周りをジャガイモ呼ばわりしていたのは分かるはずがない。ジャガイモボール? ポテトヒット? あたしの考えすぎだ。しかしはる子の心に一度巣食ってしまったモヤモヤとする灰色の雲は中々消えてくれない。それを振り払おうとはる子は視線を激しく動かし、瞬きを続ける。あたしに恥をかかせたジャックという男について調べ上げるために。そして認めよう。あの男だけは他の男爵イモ共とは違うってことを。少なくとも侯爵イモくらいには考えておいてやろう。でもね、そう、これは負けなんかじゃない。あたしは負けてなんかいない。


 オートリンキング・ループ数384回転。6σ確保。リングリンク数3回転。「北端先端科学技術大学」「ピコテクノロジー学系」「ジャック」に関するウェブリングリンクリサーチ開始。…検索結果、3件。はる子は直感的に少なすぎると感じた。それでもはる子は藁をも掴む思いで各検索結果に目を通す。一件はジャックが所属する研究室のホームページ。そこでは彼が28歳で博士後期課程一年生ということしかわからない。残りニ件はジャックの学士・修士論文のタイトルが判明しただけで、肝心の内容についてはアクセス制限されていた。それにしても、情報が少なすぎる。そこには何か作為性があるような…。ドッキンドッキン。レンズディスプレイ上の心臓の絵の明滅とその鼓動が、メールの受信を知らせてくれる。はる子はフウとため息をつく。すると直後にはる子の意思とは無関係にメーラが強制起動して一通のメールが開かれた。


送信者/ジャック・A

日時/25年4月10日 20時32分

宛先/田中はる子

件名/わかさいも

本文/ヘイ、ジャガイモガール! どうやら君は僕のことを好きになっちゃったみたいだネ! 僕のことを調べてるってわざわざわかるように、ウェブ上に蜘蛛の足跡ペタペタ残しまくりだなんて! でもね、僕はリアルの付き合いを大事にしたいオールドタイプ。僕との仲を深めたいなら直接会って体と体、肉体言語で語り合わない? キャハハ。それが嫌なら「科楽部・噂まとめ」ってサイトにゴートゥー中華でイッチャイナ! ああ、そうそう、北端銘菓「わかさいも」って知ってる? 旧世紀から連綿と続くとっても甘ちゃんでねちっこいやつなんだけど、誰かを連想させるよな。ギャハハ! ちなみに僕は「わかさいも」が大好きサ。イモらしさを再現するために白餡の中に昆布の繊維を入れるあたり、中々芯のあるやつだって感じちゃうよネ! それじゃあ、チャオ。ヤングポテトガール!


 自己紹介も一巡し、賑やかな宴会場ではる子は一人、肩を震わせていた。隣りに座るジャックが白い歯を覗かせたまま口の端を吊り上げ、何ともいやらしい笑みを浮かべながらはる子を見ている。

「どうしたの、本年度首席入学の田中はる子ちゃん。んん~? 科楽部・噂まとめは見てくれたかな。んん~? キャハハ」

 ジャックの白い歯と歯の間の暗闇に吸い込まれるようにはる子は静かに崩れ落ちた。

「あ、先生、この子、体調不良にもかかわらず呑み過ぎちゃって困るのガール! なんで、僕が送りウルフ! ガルル~」

「おいおい、ジャックくん、タクシー代は出してあげるから、本当に送るだけにしてくれよ。あとね、それを言うなら送りウルフじゃなくて、送りバントウルフと言ってだね、私の方にも回してもらわないと。ワハハ」

「オウ! さっすが先生! いつも正しい日本語を教えて下さってアリガトゴザマース。また一つネイティブにグングン接近初めてのチュウ…」

 薄れゆく意識の中でこうなる原因を作ったはずのジャックと杉山超進教授の会話だけが、何故だかはる子には温かなものに思えた。


 …「学内ええじゃないか事変」は23年に北端先端科学技術大学で発生した集団幻覚事件である。学生や教職員が数分間だけ「ええじゃないか」と声を上げ踊り狂ったと言われているが、実際にそれを体験したと思われる人間も不思議とその時の記憶を留めておらず、正確なところは不明である。ただし、何故かは分からないが某倶楽部のJ氏が関与しているのではないかという噂だけが一人歩きしている。その他にもJ氏は22年の「学内十戒事変」への関連を疑われているが、やはり確固たる証拠は存在していない…。


 はる子が目を覚ますと、そこは見た事もない部屋のベッドの上だった。あたしは新歓コンパ中に右隣の男にハッキングされ、無理矢理メールを読まされ、あたし自身でさえ知らないようなことを聞かされ、あのいやらしい笑みを見て気を失った。服は着ている。ここはどこ? 先ほどの変な夢は何?

「やあ。僕のチュウが無くてもお目覚めできたね、カッパッパ呑んじゃったガール。君を僕のウチまで連れてくるのは大変だったヨ」

 ベッド脇に置かれた椅子に腰掛けるジャックの声だった。

「あたし、そんなに呑んでません。それに助けてなんて言ってないし」

「オウ! 連れないなあ。そんなにツンツンするのが好きなら僕のジャニーズジュニアでズンズンしてあげようか! キャハハ。そうそう睡眠学習で僕の主催する科楽部についての断片情報を夢見てくれた? そして餅のロンで入部してくれるよねえ?」

 はる子はジャックの蜘蛛の巣に囚われている自分を感じながら頭を抱えた。それにしてもこの男は、男爵でも侯爵でもないわ。少なくとも伯爵イモくらいには考えておかなきゃ。


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