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(後日談)時計塔前にて

リドルとシンシアの後日談です。

シンシアの父の話になります。

「シンシアの親父さん、この時計を作ったスヴェン・ブレゲナーだったんだな。この前、王女にそんなことにも気づいてなかったの!って呆れられたよ。」


「私も言いませんでしたしね。言えば、私が女だということも分かってしまうと思いましたから。それに、父は徹底して身を隠していたので、リドル様が気付かないのも無理はありません。」


 俺の言葉に、隣にいるシンシアが笑う。

 俺たちは今、王都の広場に来ていた。

 もうすぐ冬の足音が聞こえる季節。

 真っ直ぐに時計を見上げているシンシアの横顔の向こうに、今日の陽が沈んでいくのが見えた。

 冷たい風を感じ、そっとその細い肩に、俺のストールをかける。

 

 俺は、改めてその時計を見上げ、思わずゴクリと喉を鳴らした。

 これまで何度も見たはずなのに、シンシアの親父さんが作ったものなのだと思うと、それが意思を持って俺を威圧しているようにも感じる。


 永遠に狂うことがないというこの時計。

 この世に唯一無二と言われ、その仕組みは誰にも解き明かすことができないと言われている。

 ネジ一本でも緩めようものなら、一瞬でバラバラになって二度と組み立てられないようになっているのだという。


「肉屋のおばちゃんが普通に教えてくれたから、まさかスヴェン・ブレゲナーだなんて思ってなかったんだよ。俺がここのサラミは世界一美味しいって言ったら、『そりゃそうでしょうよ!うちのサラミは国一番の魔具技師が、王都から取り寄せる価値がある唯一の品だって言ってるのよ!』って。」


 肉屋のおばちゃんの自慢げな表情を思い出し、今度、シンシアと一緒にあらためて報告しにいかなければと思う。

 おばちゃんの一言がなければ、俺はシンシアと知り合えてもいないのだから。


「あの肉屋さんのサラミは美味しいですよね。父の大好物でした。父は王都を去る時、全ての縁を切ったらしいですけど、あのサラミだけは断ち切れなかったんですって。」


 伝説の特級魔具技師スヴェン・ブレゲナーは、この時計を作った後、王都を去ったことでも知られている。

 それは王直属の諜報部でさえ見つけ出せないほどの完璧な失踪だったのだという。

 だから、俺がご本人には間に合わなかったものの、その娘を連れて帰り、幻の腕時計を見つけ出した時、フェリクスもルバートもかなり驚いたらしい。

 なんでそんな大事なことを教えてくれなかったんだ!と責めたら、二人は悪びれもせず、


『そんなこと言ったら、シンシアの性別が分かってしまうだろ!』


 と声を揃えて言った。


 腹立たしいことに、二人は俺がいつシンシアの性別に気付くか賭けをしていたのだという。

 しかも、やたらと機密情報の扱いに長けている眠り姫病研究室のメンバーまでグルだったというのだから、俺が気づかないのも無理はない。

 この時計の作者がシンシアの親父さんだと知ってさえいれば、さすがの俺でもシンシアの性別に気付いたはずだ。

 何故なら、この時計には魔具技師の娘の名前が付けられているのだから。


「時の記念日が11月8日な理由も、やっと分かった。シンシアの誕生日だったんだな。」


 シンシアが生まれた翌年の博覧会に出品されたこの時計は、その壮麗さと最高峰の複雑技巧が評価され、博覧会初の満場一致で最高評価を獲得し、時計塔に設置されることが決まったのだという。

 

「母が言うには、父は博覧会の後、鐘を鳴らす日を建国記念日に変更するように命じられたらしいのですが、私の誕生を祝って作った時計だから絶対に変更しないと頑なに拒否したみたいですね。それで仕方なく、その日が『時の記念日』になったらしいです。」


 今日はその『時の記念日』。シンシアの誕生日。

 シンシアが生まれた時刻だという夕刻になると、この時計は一年に一度、壮大なカラクリが動き出す。

 毎年違う仕掛けなため、この日、時計塔がある王都広場は大晦日以上の賑わいを見せるのだ。


「だから、毎年この日は早く帰ってたんだな。てっきり、他の魔具技師同様、カラクリに興味があるんだとばかり思ってたよ。」


「まあ、それもありますけど、誕生日のこの時刻を時計の前で過ごすことは生前からの父との約束でした。だから、毎年誕生日は王都に見に来ていたんですよ。父が病で来れなくなってからも、必ず見に行くようにと言われていました。」


 時計塔を見上げるシンシアの瞳が、かすかに光る。

 娘の誕生日を祝うためだけに作った時計。

 年老いてから娘を授かった魔具技師は、自分の死後も永遠に娘の誕生日を祝うためにこの時計を作ったのだろう。

 スヴェン・ブレゲナーがこの世を去って、もう十年以上が経つが、その思いは今年も娘に届くはずだ。


 やがて、時計の針が、その時刻を指し示す。

 同時に、一年で一番壮麗な鐘の音が王都に響き渡る。

 これまで何度も聞いたはずなのに、シンシアの親父さんの想いを知ると、まるで違う音のように聞こえる。


『おめでとう、シンシア。誕生日おめでとう。』


 空耳だろうが、俺の耳には確かにそう聞こえた気がした。

 

「父さん。私、今日結婚したよ。」


 鐘の音に応えるように、シンシアが左腕にはめた腕時計に向かって小さく呟くのが聞こえた。

 俺はそんなシンシアの肩に手を回し、グッと力をこめた。

 必ず、お嬢さんを幸せにしますと心の中で誓いながら。


 と、その時、動き始めていたカラクリが突然止まった。

 不具合か?と思ったら、次の瞬間、時計は華々しいファンファーレのような音楽を鳴らし始めた。

 時計の文字盤に嵌め込まれた魔石が瞬くように輝きを放ったかと思うと、時計盤が真っ二つに割れ、その内側から何やら壮麗なカラクリ人形たちが現れた。

 例年と全く違うカラクリに見物に訪れていた人々がどよめく。

 そして、やがて現れた人形たちが繰り広げた寸劇に、思わず目を見張る。

 なんとそれは、結婚式を表現したものだったのだ。

 どういう仕掛けなのか全くわからないが、どこからともなく花びらまで降ってくる。


「父さん・・・・。」


 驚いてシンシアが目を見張る。

 シンシアがつけている腕時計が、時計と呼応し合うように光っている。


「す、、、すごいな。」


 もう俺はそれ以上の言葉を言えなかった。

 生前、シンシアの親父さんが決して外さないようにと言っていたらしい腕時計。

 この時のためだったのかと、神の腕を持つと言われた特級魔具技師の仕掛けた壮大なカラクリに鳥肌が立つ。

 後で聞いたところ、鐘の音が鳴っている間に、その年の近況報告をするのも、遺言の一つだったらしい。


『おめでとう、シンシア。結婚おめでとう!』


 そんな父の想いを乗せ、最後には時計塔の上から何発もの花火が上がり、人々の大歓声の中、その年の『時の記念日』は幕を閉じた。


 その数年後、今度は初孫の誕生を祝うド派手な花火が打ち上がることになることを、その時の俺たちはまだ知らなかった。

シンシアの父 スヴェン・ブレゲナーについては作品中に入れたかったのですが、割愛したので、後日談にしてみました。

そして、11月8日は先日他界した私の父の誕生日となります。

この作品は亡き父へ捧げたいと思います。


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