6歳編 その8
「『札結界』や『札術』は、戦うためには量がある方が便利じゃない? このスキル用に、札専用のマジックバックが欲しいんだ。僕は、先天性スキルや血縁スキルに攻撃系統はないから、少しでもアイテムで隙を少なくしたいの。……ねえ、どうにかならない? 朱基さん」
そう頼めば、朱基さんは少しの間考え込んだ後、
「どういう機能にしたいとか希望は?」
言いたかったことに対して納得をしたらしく、希望を聞いてきた。こう言う時は、僕の望みはほぼ確実に叶うから、明確な希望を伝えた方が良い。
「札の種類ごとに、専用のマジックバックが欲しいんだ。ベルトに通して持ち運びしたいから、腰につけてても違和感がなくて、上着着てても周りから違和感を持たせないように軽量化して欲しいの」
朱基さんはメモを取り出して、文句を言うことなく、札専用のマジックバックの希望を書き留めていく。
話したことを書き終えれば、「それだけで良いのか?」と聞いてくる。それに僕は、
「それから、マジックバック用の確認端末から収納状況を確認できるようにして欲しいのと、即座に複数の札が使えるような機能が欲しい!」
遠慮なく希望を伝えれば、朱基さんは我儘なお願いに嫌そうな顔1つせず、むしろ安堵したような笑みを浮かべた。
その表情で、僕のことをどれだけ心配して、この鍛練に真摯に向き合ってくれているのかが感じられた。
「……それは、そのように手配しておく。質問はそれだけのようだし、スキルを取得する又はスキルのレベル上げは〝ひたすら札を作り上げる〟ことじゃ。まあ、『札術』については〝オリジナルの札を作り上げる〟こともレベルが上がる要因となる。……良いか、集中力を切らすのではないぞ。切らせば、経験値には入らないからの」
手配をしてくれるのは有難いけど……、レベル上げの仕方がシンプルで、地味にしんどいタイプなのが、気が遠くなる。
しかも、〝集中力を切らせば経験値に入らない〟ときた。……『札結界』と『札術』を取得しない人が多い理由がわかったような気がする。
(あーでも、僕の場合は〝シンプルで地味な作業〟ほど得意とするから、平気かも。冒険者さんの駄目になった衣服を修復する作業を何百枚も1日で仕上げることもあるし)
そう考えると気が遠くなっていた心が、少しだけやる気を取り戻したような気がする。
「今日やることはレベル上げをすることじゃ。このスキルは〝スキルの上げ方〟と〝設置型の札結界の基本的なやり方〟しか教えられん。つまり、札結界の強化をするタイミングや札術を使うタイミング、オリジナルの札をどう作るかを指導するのはただの〝その指導者がするやり方の模倣〟じゃ。それは良くないからのぅ」
「……それはつまり、基本的なことは共通ではあるけど、その先は自分で作り上げろってこと?」
それならもう、ワクワクしちゃうよね〜。研究者気質だから、レベル上げの相性としては最高だろうね。
現に、〝同じものを生産してレベルを上げることが多い〟生産系のスキルのほとんどが、これ以上レベルが上がらない状態だし。
「そうだ。レベル上げに関しては、お前と相性が良いスキルだと思うぞ。まあ、それは良い。話は戻すが、設置型の札結界のやり方はこの紙に書いておいた。実際に札結界を形成する練習をギルド内でしてから、実戦で使うと良い」
……朱基さんには敵わないや、僕の性質がバレてる。さすがは、教養のほとんどを教えてくれてくれただけあるや。
「わかった、自分で札結界の練習をしてから実戦で使うことにする!」
「それで良い。お前の場合儂が下手に口出しするよりか多少の基礎を教えるだけが調度良い。あとは自分で考えさせた方が上手くいくからのぅ。
自分のペースで頑張ると良い」
「うん! 朱基さん、ありがとう」
お礼を言えば、「構わん、構わん」言いながら先生の顔から孫を見るおじいちゃんのような顔に変わった。その優しい顔に、優しく撫でる手に、何かが癒されているかのような感覚を覚え、思わず猫のように目を細めてしまう。
そんな様子をいつから見ていたのか、苦笑したような声を出した後、
「弟子と師匠と言うより、孫と祖父って感じだよな。〝あの〟朱基さんをここまで骨抜きにする零は、〝ある意味〟敵に回す奴はいないだろうな」
染み染み言う叔父様の言葉の意味がわからなくて、首を傾げる。
それより、〝あの〟朱基さんってどう言う意味なんだろう? とぼんやり考えていれば、
「余計なこと言うでない、昔の話じゃ。お前が新人冒険者の先生になる前は儂がその役割を担っていただけのこと。今の儂は、れいちゃんの教養の先生でしかないただの爺よ」
そう言って、ニヤリと笑った。
ただ、僕にはわかる。
「ふふっ、そう言いながらまだまだ夜兎には負けることはないがなって思ってるんでしょ?」
そう言えば、またニヤッと笑った後、声をあげて笑って、
「れいちゃんには敵わんのぅ」
また、孫に向けるような穏やかな顔に戻る。
そんな朱基さんの顔が僕は好きだった。
「さて、儂は仕事へ戻る。無理しない程度に鍛練をすると良い。……行くぞ、夜兎。儂に用があったんじゃろう?」
そう言って離れていく朱基さんと、それを追いかける夜兎さんの後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、僕はいつのまにか机に置かれていた札と墨汁を手に取った。
書く準備を整えた後、何か集中して取り組むものをする時は時間制限を付けるようにと言われて渡されたタイマーで時間を決め、開始ボタンを押してから、鍛練を始めるのだった。
※※※※※※
「零の推理、あながち間違いではないと思います。いや、あれが真実に最も近い事実と言っても過言ではないと思います。冷静ならば自然にたどり着くであろう答えになぜ、自分でも〝殺害された〟以外の選択肢が出てこなかったのか、不思議でなりません。……そう考えると、零が言っていたお香に対する結論も、正しいと考えるのが妥当でしょう。ですから、今雪兎に頼んで零が言うお香を作って貰っております」
「そうだな、儂も不思議でならない。れいちゃんの言っていることは恐らく正しいじゃろうが、世間一般から考えれば、想像でしかない。それを正しいと証明するのが我々大人の役目じゃ。お香の件は雪兎にまかせておけば良い、あの男はれいちゃんが我々に味方をする限り、裏切ることはない信用に足りる男よ。……お前には、もう1つ調べて欲しいことがある」
「わかっております、零にはこんな危険なことはさせられません。……雪兎は生産ギルド内で随一の優秀で、信頼に足りる男だと言うことは重々承知しております。だからこそ、任せたのですから。……それより、調べて欲しいこととはなんでしょうか?」
「あの時期の賢者は、ギルド所属をあの事件の数ヶ月後に退職しておったはずよ。その賢者について調べよ、脅されたか最初からそれ目的かはわからんが怪しいのは確かじゃ」
「わかりました、零に怪しまれない程度に調べを進めていきます」
……なんて、会話がされていただなんて、今もこれから先も知ることはない。
※※※※※※
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ! と大音量でギルド内にアラーム音が響き渡る。
その音でさえも気づくことなく、この大音量に慣れた冒険者さん達は鍛練中の例のアレか! と考えつつ、作業のキリのいいところでアラームを止め、僕のことを我に返らせるまでがお決まりの流れとなっていた。
集中しすぎてしまう鍛練をし始めたのは1年くらい前からで、その時から冒険者さん達は嫌がることなく、好意でそうしてくれていた。
しっかりとお礼を告げた後、とりあえず札作りセットをいそいそとマジックバックにしまう。
僕が帰宅するタイミングはハッサク達と一緒だ。彼らの鍛練が終わるまで、まだ数時間もある。これは随分お暇な時間が長い。
……しょうがない、暇潰しに冒険者さん達のボロボロになった大量の衣服を鍛練が終わるまで修復することにしようとするか! と考えた僕は、今日は胸ポケットに入れていた簡易裁縫セットを取り出し、修復作業を始めるのだった。
「「……集中力、ありすぎだろ……!」」
他の冒険者さん達がそう呟いていたことを、再び集中し始めた僕には聞こえることはなかった。




