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皇女の帰還―約束の耳飾り― 番外編集  作者: 鶴見 日向子


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ーエルドリアにてー(本編「呼び戻された第二王子」の裏話です)※暴力描写が強いです※

本編の裏に隠されたシリアスな場面

暴力描写があります。苦手な方はご注意ください


「そ、そなた……いったい何をした!」


エルドリア国王は喉を押さえ、苦しそうに顔をゆがませていた。


「やっと効いてくれましたね。ずいぶん時間がかかりました。アルフレッドの薬はさすがだ。あれも随分と研究してくれたようですね」


王太子がニヤリと唇を歪める。


「アルフレッド、入ってくれ」


小さな瓶を手にした男が部屋に入ってきた。小柄で、いかにも「学者」といった雰囲気の男である。


その男から瓶を受け取ると、椅子から転げ落ち、のたうつ国王に向けて、王太子は一枚の書類を見せながら告げた。


「これに血判を押してください。そうすれば、この解毒剤を飲ませて差し上げます」


「な、なんだ……これは……」


「エルドリア国王としての権限を、すべて私に委ねるという書類でございます」


「そ、そなたなんぞに誰が……ぐっ!」


王太子は国王の腹を踏みつけた。


「まあ、このままでも構いませんが。国王が病死すれば、血判など必要ありませんからね」


「その薬は死後の検視でも残りませぬ。私の特製毒薬ですから。もっともっと苦しみますよ、伯父上」


アルフレッドが淡々と言う。


「そ、そなた達……いったい……いつから……」


苦しげな息遣いが部屋に響く。


「いつから、ですか……」


王太子は静かに言葉を紡ぐ。


「私が幼い頃、持病を抱え療養中だった母上を、父上は力ずくで后にしましたね。母上は、実の子ではない幼い私にも、とてもよくしてくださいました」


「その母上にロザーリアを身ごもらせ、出産させた。さらに、医者に『もう出産は無理』と言われていたにもかかわらず、再び身ごもらせ、フェルネスを産ませて死なせた」


「そして、その責任をすべて生まれたばかりのフェルネスに押し付け、冷遇した……」


王太子は冷たい視線で国王を見下ろした。


「その頃からでしょうか。あなたを父として敬う気持ちも、情も、薄れていったのは」


アルフレッドが一歩前に出る。


「私は、義弟のクラウスを散々使い潰し、利用し、ロザーリアとの結婚を餌にして酷使した……その結果、魔力を回復する余裕もないまま戦場へ送り出し、戦死させた時からです」


「目の前で、手遅れで、クラウスの臨終を見届けることしかできなかった悔しさと悲しさ……忘れません。忘れられるはずがない」


アルフレッドの目の端に涙がにじむ。


「クラウスが万全の状態であれば、あの程度の戦いで死ぬことはなかった。血は繋がっていなくとも、大切な弟でした」


そして、その瞳は再び冷たく凍りつく。


「そして、自分の実の娘であるロザーリアにも同じことをした。ターシャを王室に置く代わりに、クラウスの代わりを果たせと」


「ロザーリアが魔獣の毒を浴び、どれほど苦しんだか……その苦しみを、同じように、いえ、それ以上に長く味わっていただきます」


「そういう毒に仕立てるまで、実に時間がかかりました」


「幼子二人を残して逝かねばならなかったロザーリアの無念……」


王太子の声が冷え切る。


「それなのに、あなたはロザーリアの死後、リチャードに命じたそうですね――『ターシャを消せ』と」


「そ、それは……ロザーリアがまだ、エリアス公子との関係を……」


「その時点で、長年仕えてきたリチャードですら、あなたを見限っていたことに気付かなかったのですか?」


「リチャードはターシャを守るために、辺境の村の孤児院へ預けたのです」


「自分の孫を――しかも国のために死んだ王女の忘れ形見を、己の見栄のために抹殺しようとした」


「それを知った時から、この日のために準備してきました。アルフレッドと共に」


「そして、ターシャを探しに出たフェルネスまで追放した」


「アストリア王の血を引くカイレスだけを返し、自分だけは恩を売る顔をした」


「実際は、クラウス、ロザーリア、そしてフェルネスに押し付けていただけなのに」


アルフレッドが瓶を掲げる。


「もう視界もぼやけているのではありませんか? 毒はすでに心臓にも回っています」


「今ならまだ間に合いますよ。もっとも、時間はほとんどありませんが」


国王が必死に手を伸ばす。


その指が瓶に触れようとした瞬間――


アルフレッドはそれを高く掲げた。


「血判を押してください。そうすれば命だけは助けます」


「その気がないのであれば――」


アルフレッドは一度手を離す。


瓶が落ちる。


だが――


王太子がそれを受け止めた。


「おっと、ダメだよ。アルフレッド……気持ちはわかるが」


「血判がなければ国が混乱する。私はクーデターなど起こしたくない。穏便に政権交代を果たしたいのだ」


「父上、どうされます?」


「わ、分かった……同意する……だから、解毒剤を……」


その言葉と同時に、王太子は国王の親指にナイフで傷をつけ、書類へ押し付けた。


その瞬間、書類が光り輝いた。


魔術付きの契約が成立したのだ


「これでよいな」


「は、早く……解毒剤を……」


アルフレッドは瓶を国王の顔の前に持っていき――そのまま床へ落とした。


瓶が割れ、液体が飛び散る。


「すみません、手が滑ってしまいました」


アルフレッドは笑顔で言う。


国王は床の液体を必死になめ取ろうとしていた。


「もうよかろう。血判は取れた」


「まだ足りぬが……過ぎたるは猶及ばざるが如し、最後の仕上げだ」


アルフレッドは別の瓶を取り出し、国王の口をこじ開けて流し込んだ。


国王は喉をかきむしり、苦痛にもだえる。


「リチャード」


いつの間にか部屋の隅に立っていたリチャードが歩み寄る。


「はい、ここに」


「国王陛下の同意は確かに聞いたな?」


「しかと、この耳で。皆に証言いたします」


「では、国王を医務室へ運べ。急に倒れられた――不摂生が祟ったのだろう」


国王はすでに意識を失っていた。


「ドアが開かれ、呼び寄せられた護衛騎士たちが慌ただしく駆け込んでくる。


そのまま国王は担架に乗せられ、医務室へと運ばれていった。


「この血判を押された書類の内容を、城内および国内、さらにアストリア王国にも告知せよ」


「かしこまりました。至急手配いたします。

その後、グランディル帝国へ向かいたく存じます。ご許可を」


「フェルネスか?」


「はい。帝国にて皇帝陛下の側近としてご活躍中とのこと、聞き及んでおります」


リチャードは一瞬だけ視線を伏せた。


「私が直接お迎えにあがりたいのでございます。ロザーリア様は、私の息子をかばったために亡くなりました。その御恩を、亡きロザーリア様に代わり、フェルネス様へお返ししたいのです」


「……そなたが行ってくれるのであればありがたい。頼む」


「では、さっそく手配いたします」


リチャードは書類を丸めて手に持ち、静かに部屋を後にした。


しばしの沈黙。


王太子が口を開く。


「解毒剤をなめ取っていたようだが……効くことはないのか?」


アルフレッドは肩をすくめた。


「ああ、あれはただの葡萄酒ですよ。解毒剤など、用意しておりません」


「……最後に飲ませたあれは?」


「声が出せなくなる薬です。長年の研究でやっと開発できました。国王は魔力が強いので、普通の毒ではすぐ回復してしまいますから」


アルフレッドの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「やっと念願がかないました」


「全身が麻痺し、声も出せず、寝たきりになるわけか……」


王太子は淡々とつぶやく。


「あのような姿で余生は送りたくないものだな」


「今までの行いの報いです」


アルフレッドは即答した。


「あなた様は、そうならないようお気をつけください。もし同じ道を辿るようであれば――今度は私が、別の薬を飲ませます」


一瞬の静寂。


「それは……大変だ」


王太子は小さく笑った。


アルフレッドも、静かに笑い返す。


「長かったな」


王太子は窓の外へ視線を向けた。


「だが、これからが本当の出発だ。この国を建て直さなければならない」


「レオニスは、本当によくもまあ、長い間“従順な王太子”を演じてこられましたね」


アルフレッドが苦笑する。


「私など、何度キレそうになったことか……」


「機が熟すのを待つことが、何より重要だったからな」


王太子は静かに答えた。


「父の魔力と体力が、年齢や自堕落な生活、贅沢な食事や酒で衰えるのを、ただひたすら待っていた」


「思った以上にしぶとくてな……時間がかかった」


「リチャードがこちら側についたのも大きい。あれは父の最も信頼していた側近だったからな」


そして、ふと視線を落とす。


「……フェルネスが帰ってきてくれるとよいのだが」


「リチャードが行くのです。フェルネスも覚えているでしょう」


「そうだな……安心だ」


「そなたは、これからどうするのだ?」


「エリス嬢の治療を引き続き行いたいと思います。なかなかやりがいがありますので」


「エリス嬢……か」


王太子の表情がわずかに曇る。


「ご両親の気持ちを思うとな……もし自分の子であったなら、と考えると、想像を絶する」


「それでも――」


アルフレッドは静かに言った。


「生きてさえくれれば、受け入れられる日も来ると思います。私は医師として、そう信じています」


「……そうだな」


王太子はゆっくりとうなずく。


「私も、友として……受け入れられるようにしたいものだ」


翌朝。


国王が病に倒れ、再起不能となったこと。


そして、国政は王太子がそのまま引き継ぐこと。


その事実が、城内から国内へ、そして周辺諸国へと、静かに、しかし確実に広がっていった。

アルフレッド、本編ではあまり出番がありませんが・・・

それとなく、登場しております


ターシャの孤児院行きの裏事情をこの番外編で語らせてもらいました

さらなる詳細は、他の番外編にも書きました


お読みいただきありがとうございます


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