探知する皇女、斬る叔父(クラリス12歳頃の話)
本編では書けなかったフェルネスとクラリスの話
フェルネスとクラリスの二人は、グランディル帝国北方にある魔石鉱脈の近くに立っていた。
周囲には巨大な針葉樹が立ち並び、その先には岩肌をむき出しにした鉱山が見える。
本来なら、今頃は採掘の槌音が響いているはずだった。
だが、今は静まり返っている。
「ああ、大きいのがいますね。しかも数匹。あれでは採掘できません」
クラリスが目を閉じた。
彼女を中心に、目には見えない魔力の波が静かに広がっていく。
地中を流れる魔石の力。
木々の中に潜む小動物。
そして――その中に混じる、明らかに異質な巨大な魔力。
クラリスはさらに意識を集中させた。
魔力だけではない。
生き物が放つオーラを重ねて探ることで、その位置だけでなく、おおよその大きさや動きまで読み取る。
「三匹です。一匹は左の岩場。その奥、大きな木のそばに一匹。それから……」
クラリスがわずかに眉を寄せる。
「もう一匹。少し離れています。これはかなり大きいですね」
魔力感知とオーラ探知。
どちらもクラリスが得意とする魔法だった。
「いいな、そなたは」
フェルネスがふっと笑う。
「グランディル帝国皇族ならではの魔法が使える」
「お父さまに教わりました」
クラリスが得意げに笑った。
「私は望遠の魔術しか使えない。遠くを見ることはできても、森の中に隠れたものを探すのは不得手だ。そなたと一緒に来て正解だったな」
「叔父様のお役に立ててうれしいです」
クラリスは十二歳。
まだ面差しには幼さが残っている。
だが、その実力はすでに一般の騎士たちをはるかに上回っていた。
フェルネスは、クラリスが示した方角に目を向けた。
瞳に薄い光が宿る。
望遠魔法。
遠く離れた岩場の景色が、一瞬で目の前に引き寄せられる。
「いたな」
巨大な魔獣が岩陰に伏せていた。
「そなた、あれらを一人でやれるか?」
「いいえ、無理です」
クラリスは即答した。
「そんなに無鉄砲じゃないですよ、私。叔父様、ちゃんと手伝ってください」
「そうか。やれそうな気もするがな」
「やれなくはありません」
クラリスは笑った。
「でも、『あと』が困ります。全部の魔力を使い切ってしまったら、帰る途中で何か出ても戦えませんから。余力は残しておきたいです」
フェルネスが満足そうにうなずいた。
「正解だ。力がある者ほど、退路を残しておかねばならん」
そして腰の剣に手をかける。
「では、やるか」
二人は飛行魔獣を呼び寄せ、その背に乗った。
大きな翼が風を巻き起こし、二頭は一気に森の上空へ舞い上がる。
「左のが一番小さいので、私が先にやります」
クラリスが先行した。
飛行魔獣の背から身を乗り出し、片手を前へ突き出す。
指先に赤い光が集まった。
だが、放たれた魔力はごく小さい。
牽制程度の攻撃だった。
赤い光弾が魔獣の硬い外皮に当たり、弾ける。
ほとんど傷はつかない。
だが――。
「グオオオッ!」
十分だった。
魔獣の目がクラリスを捕らえる。
次の瞬間、大きく開いた口の奥に青白い光が集まった。
「来ます」
クラリスは笑った。
魔獣の口から青い光線が放たれる。
その瞬間、クラリスの姿が掻き消えた。
光線は空を貫き、遠くの岩壁にぶつかって弾ける。
そして魔獣の真横に、クラリスが姿を現した。
「そこです」
開いたままの口へ向けて、赤く光り輝く球形の魔力を撃ち込む。
一発。
二発。
三発。
硬い外皮を破る必要などない。
狙うのは、最初から体内だ。
赤い光球は吸い込まれるように魔獣の喉の奥へ消えていった。
クラリスはすぐに飛行魔獣を上昇させる。
やがて魔獣の巨体がぐらりと傾いた。
地響きを立てて、その場に倒れ込む。
「はい。一匹目、片付きました」
クラリスが何事もなかったように笑った。
「相変わらず、いやな倒し方をするな」
フェルネスが苦笑する。
「皮膚が硬いなら、中から倒せばいいんです」
「理屈は正しい」
「でしょう?」
「よし。次はどこだ?」
「あちらです。あの大きな木のすぐそばです」
クラリスが指さした。
「さっきのより大きいです。あれも表面の皮膚はかなり硬そうですね」
「わかった」
今度はフェルネスが先に向かう。
クラリスが倒したものより、一回り大きい魔獣だった。
フェルネスが上空から観察する。
「口を開けないな」
「開けさせます」
クラリスがそう言った瞬間、その姿が消えた。
次に姿を現したのは、魔獣の頭上だった。
「失礼します」
トン。
軽く頭を蹴る。
そのまま二度、三度と跳ねるように移動した。
魔獣が苛立って頭を振る。
「ここですね」
クラリスの手のひらに白い光が走った。
狙ったのは、魔獣が呼吸するための小さな器官。
細く絞った熱線をそこへ直接叩き込む。
魔獣が苦しげに身をよじった。
その瞬間には、もうクラリスの姿はない。
「グアアアッ!」
苦しさに耐えきれず、魔獣が大きく口を開いた。
「見事」
フェルネスの手のひらには、すでにいくつもの火球が浮かんでいた。
一つひとつが、人の頭ほどの大きさを持つ。
「では、いただこう」
フェルネスが腕を振る。
火球が次々と放たれた。
一発目が口の中へ。
二発目。
三発目。
最後の一発が喉の奥へ消えた瞬間――。
魔獣の腹部が内側から赤く光った。
低い爆発音。
巨体がその場に崩れ落ちる。
クラリスは飛行魔獣の背に戻ると、倒れた魔獣を見下ろした。
「次は、ちょっと厄介そうです」
「そなたの『瞬間移動』は便利だな。うらやましい」
フェルネスが目を細める。
「叔父様の動きだって、瞬間移動みたいなものじゃないですか」
クラリスが笑った。
「高速移動と、完全にその場から消えるのとでは違う」
「私の瞬間移動は、移動できる距離が限られていますから。それほど便利でもありませんよ」
そう言いながら、クラリスは再び意識を集中させた。
周囲へ魔力を広げる。
すぐに、強大な気配を捉えた。
「いました」
クラリスが遠くを指さす。
「次はあそこです。一番の大物です。ただ……」
少し探る。
そして、にこりと笑った。
「皮膚は柔らかいようです」
「それはよかった」
フェルネスも笑った。
その言葉とは裏腹に、どこか楽しそうだった。
二人は最大の魔獣が潜む場所へ向かった。
フェルネスは上空へ。
クラリスは飛行魔獣から地上へ降りる。
そして――。
姿が消えた。
十数歩先に現れる。
また消える。
さらに先に現れる。
ヒュン、ヒュンと、森の中を瞬間移動で駆け抜けていく。
やがて巨大な魔獣のすぐそばまでたどり着いた。
「叔父様。ここです」
クラリスは空へ向けて信号弾を撃ち上げた。
赤い光が一直線に空へ伸びる。
同時にクラリスの姿が消えた。
上空で待機していたフェルネスが、その光を確認する。
「見つけた」
飛行魔獣から身を躍らせた。
落下しながら剣を抜く。
刀身へ魔力を流し込む。
剣が白銀の光をまとった。
さらに魔力を込める。
光は刀身から溢れ、やがて剣そのものを何倍にも巨大化させたかのような光の刃を作り出す。
下にいる魔獣が気づき、顔を上げた。
遅い。
「――終わりだ」
フェルネスが剣を振り下ろした。
光の刃が一直線に走る。
凄まじい轟音とともに地面が裂けた。
そして巨大な魔獣の体もまた、頭から尾まで一直線に断ち切られた。
しばらくして。
クラリスが木の陰から顔を出した。
「相変わらず叔父様も、最後は力技ですよね」
「皮膚が柔らかいと言ったのは、そなただろう」
「そうですけど」
二人は顔を見合わせて笑った。
「では、戻るか。執務が残っている」
フェルネスがクラリスに声をかける。
「はい。戻りましょう」
クラリスは飛行魔獣の背に乗りながら、楽しそうに言った。
「久しぶりに叔父様と二人だけで狩りができて、楽しかったです」
フェルネスの口元がわずかに緩んだ。
「私もだ」
「お兄さまと一緒だと、全部軽々と切ってしまいますから。私の出番がありません」
「ああ。皇太子殿下の力技には、私も及ばない」
「叔父様も十分、力技ですけどね」
「聞こえんな」
二人を乗せた飛行魔獣は、途中まで肩を並べるように飛んでいた。
やがて遠くに、帝都の城が見えてくる。
フェルネスは少し速度を落とした。
「さあ、お先にどうぞ。クラリス様」
先ほどまでの「叔父と姪」ではない。
城へ戻れば、クラリスは皇女。
フェルネスは臣下である。
クラリスもそれを理解していた。
少しだけ寂しそうに、それでも笑ってうなずいた。
「フェルネス、わかりました」
クラリスを乗せた飛行魔獣が前へ出る。
フェルネスは、その背中を見つめた。
まだ十二歳。
だが、いつまでも子どものままではない。
皇族として背負うものは、これからますます増えていくだろう。
――こうして二人だけで狩りに出られるのも、これが最後かもしれぬな。
フェルネスはそう思いながら、少しだけ目を細めた。
そしてクラリスの後を追い、静かに城へと戻っていった。
クラリスの瞬間移動は設定していたのですが、描くところがなかったという・・・




