再会と密約 (本編、序盤の頃の裏話)
序盤の裏話です
本編7話の「皇太子もグルだったのか?」の詳しい話
フェルネスは、アストリア国王の護衛を務めていた。
本国を追われ、行き場を失った自分を救ってくれた元義兄――その恩に報いるように、剣を振るう日々である。
ある日、国王から呼び出しを受けた。
「ある人物と会ってほしい」
短い言葉だったが、その声音はどこか重い。
国王に付き従い、通された部屋。
そこに立っていた男の姿を見た瞬間――
フェルネスは息を呑んだ。
(……兄上……?)
自分よりもなお長身で、鍛えられた体躯。
黒髪に、深い緑の瞳。
その面差しは、亡きクラウスと見紛うほどによく似ていた。
だが、違う。若い。
自分よりも年下であることは、一目で分かった。
「紹介しよう。我が妹の息子、レオンハルトだ」
国王の言葉に、フェルネスははっと我に返る。
「そなたとは、初対面ではあるまい」
「フェルネス殿、お久しぶりです」
レオンハルトは穏やかな笑みを浮かべ、歩み寄ってきた。
「あの節は世話になりました。お変わりありませんね」
差し出された手。
だがフェルネスは、それを取らず、深く膝をついた。
「レオンハルト皇太子殿下。ご無沙汰しております。ご成長されたお姿に、気づくのが遅れました。非礼をお許しください」
「やめてくれ、フェルネス殿」
レオンハルトは苦笑し、軽く手を振った。
「顔を上げてくれ」
「フェルネス、立ちなさい。話がある」
国王の声に、フェルネスは静かに立ち上がる。
「三人で話す。――ターシャのことだ」
その名に、胸が強く脈打った。
「……承知いたしました」
三人は席に着いた。
わずかな沈黙の後、口を開いたのはレオンハルトだった。
「実は……妹の件だが、まだ母に真実を話せていない」
苦しげな声音だった。
「母は回復してからというもの、毎日のように言うのだ。
『娘が帰ってきたら』と……部屋を整え、衣服を用意している」
フェルネスは、言葉を失った。
「とてもではないが……真実を告げられない」
「……お気持ちは、お察しいたします」
かつて、姉に真実を告げた日のことが脳裏をよぎる。
あの絶望を思えば、軽々しく言葉にはできなかった。
「だが、いずれは知られる。隠し通せるものではない」
重く沈んだ空気の中、国王が口を開いた。
「そこでだ。――ターシャを、代わりとしたい」
「……ターシャを?」
思わず声がかすれる。
レオンハルトも身を乗り出した。
「ターシャとは……?」
「クラウス殿の忘れ形見だ」
国王は静かに言った。
「そなたと妹を助けた、あの男の娘。年の頃も近い。
小柄だが、賢く……そして、美しい娘だ」
フェルネスの胸が締めつけられる。
「髪の色も、瞳も……そなたによく似ている」
レオンハルトの目に驚きが浮かんだ。
「そのような娘が……母親は?」
「すでに亡くなっている。今は公爵家で育てられている」
「公爵家……?」
レオンハルトの視線がフェルネスに向けられる。
フェルネスは、ゆっくりと口を開いた。
「……私の姉の娘です」
それだけで、十分だった。
「義兄上は……姉を最後まで守ろうとしていました。
だからこそ、あの子を手放さなかった」
余計な説明はしない。
だが、それで伝わるものはある。
国王が引き取るように言った。
「だが、そのせいで妙な噂が立っている。
『不義の子』だの、根も葉もない話がな」
「……許せません」
レオンハルトの声に、怒りが滲む。
「恩人の娘が、そのように扱われているとは」
「抑えようとしたが……収まらぬ。
それどころか、煽る者までいる」
国王は苦々しく息を吐いた。
そして、まっすぐにレオンハルトを見据える。
「そこで問う。
そなたの妹として、ターシャを迎える気はあるか」
一瞬の沈黙。
やがてレオンハルトは、迷いなく答えた。
「……引き取りましょう」
その声は、強かった。
「幸せに暮らしているのならよいのです。
だが、そうではないのなら――見過ごすわけにはいきません」
「養女という形になるかもしれませんが……必ず守ります」
国王は、静かに頷いた。
「フェルネス。異存はないな」
「……はい。ただし、一つ条件がございます」
「申してみよ」
フェルネスは顔を上げた。
「私も同行させていただきたい。
護衛でも何でも構いません。あの子を、見守りたいのです」
国王は目を細めた。
「そこまでか」
「はい」
迷いはなかった。
「私にとって、唯一の身内です。
姉と、クラウス兄上の……残してくれた命です」
しばしの沈黙。
やがて国王は頷いた。
「……よかろう。話は通しておく」
レオンハルトもまた、真っ直ぐにフェルネスを見た。
「共に来てくれ。心強い」
フェルネスは深く頭を下げた。
「では決まりだ」
国王が締めくくる。
「まずは妹とターシャを引き合わせる。
その後のことは、それからだ」
レオンハルトは立ち上がった。
「伯父上、後はお任せします。フェルネス、また会おう」
そう言い残し、部屋を後にする。
扉が閉まったあと、フェルネスは小さく息を吐いた。
「……残るは、義兄上ですか」
「あれは私が説得する」
国王は静かに言った。
「案ずるな」
フェルネスは膝をつき、深く頭を下げる。
「姪のために、ここまでお心を砕いていただき……感謝の言葉もございません」
「やめてくれ」
国王は苦く笑った。
「私にも……思うところがあるのだ」
フェルネスは何も言わなかった。
ただ静かに、その言葉を受け止めた。
――この選択が、どのような未来を招くのか。
まだ、誰も知らない。
次の話は、本編、第一話から第三話のレオンハルト視点の話です




