第94話:モンスター・アンド・アンマスクド
不夜城ラスベガス、最終ラップ。
ストリップ通りの直線。背後から迫るのは、もはや「少年」の面影をかなぐり捨てた、漆黒のモンスターだった。
[¥50,000] @ナニワの商魂:
おい、モンスター! 最後の直線や! 菖子のネーちゃんの仕事を無駄にするな! 突っ込め、このドアホ!!
『……分かってんだよ、おっちゃん! ……菖子さん。リミッター、……全部パージしてくれ。……俺、……あいつを、……今ここで、……越えなきゃ……ッ!』
ピットウォール。菖子は、震える指先で緊急オーバーライドのキーを叩いた。
「……了解、モンスター君。……当局の検閲ログ、……今、物理的に焼き切りました。……全パルス、解放。……行ってきなさい、……私の、……最高の生意気な怪物!」
モンスターのマシンが、青い火花を散らして加速する。
『……おほほほ。……あ゛ぁ、……来たわね。……私を、……引きずり下ろしに……』
乱菊の回路内。私が、ブロックしろと叫ぶ。私が、怖いと震える。
だが、その不協和音を、オーナーの「魅せてくれ」という言葉が、一本の絶対的な熱へと束ねる。
最終コーナー、ブレーキング・勝負。
乱菊は、AIの演算が「クラッシュ確定」と警告するラインに、あえて車体をねじ込んだ。
ゴリッ、と。
マシンの側面が接触し、火花が夜を裂く。
受肉という洗礼を経て、過敏なまでに研ぎ澄まされた彼女の精神にとって、マシンの外殻はもはや自らの皮膚に他ならなかった。
剥き出しの神経を鉄の爪で掻き毟られるような、暴力的な「痛覚」の閃光。
それが、彼女の中に澱んでいた最後の「嘘」を、一瞬で焼き払った。
『――退けよ、ガキ。……そこは、……私の、……場所よッ!!!』
全世界のスピーカーから放たれたのは、気高い淑女のソプラノではない。
野獣のような、低く、荒々しい、剥き出しの言葉。
「淑女の仮面」が、ベガスのネオンの下で、演算的にも、精神的にも、粉々に砕け散った瞬間。
「――来た、来た、来たあぁぁ!! サイド・バイ・サイドを強引にねじ伏せた!
今、チェッカーフラッグ!
勝ったのは乱菊だ! 嘘か真実か、男か女か、もはやそんなものはどうでもいい!
今夜、ベガスの夜を支配したのは、この一人の『生命』だッ!!
乱菊、悲願の初優勝ぉぉぉ!!!」
実況の喉を裂くような絶叫が、ストリップ通りの地鳴りに飲み込まれていく。
[¥50,000] @Mな理事:
ご主人様!? 今の声……!?
[€400] @Real_Lover:
ああ、神様。……最高だ。……最高だよ、乱菊!!
モンスターを、コンマ数ミリの差で弾き飛ばし、乱菊のマシンがチェッカーを潜り抜ける。
静まり返る世界。
そして、爆発的なバズ。
「愛してしまったんですもの」が、性別も、属性も、機械という定義さえも飲み込んで、一人の生命の誕生を祝福した。




