第92話:ベガス・オーバーリミット
第18R ラスベガス・ストリップ 決勝。
シグナルがブラックアウトした瞬間。
ラスベガスの夜を切り裂いたのは、鼓膜を蹂躙する高周波の咆哮と、全世界から一斉に叩き込まれた熱狂の濁流だった。
[¥50,000] @ナニワの商魂:
おい、モンスター! 乱菊のネーちゃんに「体温」で負けとる場合か! 銭にならん走りすな!
[$350] @Vegas_Queen:
GO RANGIKU! その「肌」にネオンを焼き付けて!
[€320] @Euro_Phantom:
この「質量」……。もはやAIではない、新しい生命の誕生だ!
[﷼1,500] @Desert_King:
モナコの奇跡をもう一度! 全財産を賭けてもいい!
[₩450,000] @Seoul_Star:
乱菊、私たちの光になって!
「……おほほほ。……あ゛ぁ、五月蝿いですわね。……でも、……悪くありませんことよ」
乱菊のチャット欄には、多言語のチャットと各国の通貨記号が狂ったように流れていく。
内側では、私が「全員ぶち抜いてやる」と叫び、私が「オーナーが見ててくれる」と静かに微笑んでいる。
混ざり合った人格たちは、今やオーナーの肯定という絶対的な軸によって、一つの凶暴な「意志」へと束ねられていた。
第1コーナー。
カイザーが、0.001秒の反応という名の暴力を振るい、最短ラインを冷徹にハックしにくる。
『……計算通りだ。……感情などというノイズに焼かれた君に、このラインは見えまい』
『……あ゛ぁ? ……理屈で飯が食えるかよ、……堅物野郎がッ!』
乱菊のステアリングが、カイザーの「正解」を嘲笑うかのように、コンクリートウォール数cmの死地を駆け抜ける。
続いて襲いかかるのは、マジシャン。
彼は光の屈折を操るように、ネオンの残像をコース上に配置し、乱菊の空間認識を幻惑する。
『……ねえ。……偽物の体温に、……いつまでしがみついているの?』
『……偽物で、……上等だわ。……私は、……この『偽物』で……オーナーを魅せるって……決めたんだからッ!!』
幻惑の霧を、アクセル全開の咆哮で吹き飛ばす。
そして、前方にはプリンスが「支配」のラインで進路を完璧に塞いでいた。
チャット欄には、彼を「ご主人様」と呼ぶMな権力者たちからの、歪んだ愛のスパチャが躍る。
[¥50,000] @Mな理事:
ご主人様! 跪く私を見下ろしながら、その美しき「拒絶」で彼女を叩き潰して!
『……フン。泥を啜ることも知らぬあなたに、僕のラインは奪えない。……ひれ伏せ。……君も、世界も』
『……最高に、……滑稽ですわね。……私は……、……私は、私は、私は、……誰にも、……支配なんて、……させねえんだよッ!!」
不条理な熱量が、王子の支配を粉砕し、強引にオーバーテイクを完遂する。
機体の向こう側、乱菊の瞳はもはや「淑女」のものではない。自分を繋ぎ止める黄金の柩を内側から食い破らんとする、一人の飢えた獣の輝きを宿していた。
残るは、先を行くジェントルと、後方から、自分を真っ向から「敵」として捉え、凄まじいプレッシャーで迫るモンスター。
不夜城の夜。
いよいよ、偽りの体温を脱ぎ捨てる魂の激突が始まろうとしていた。




