第27話:紳士の罠、淑女の咆哮
モントリオールの最終シケイン。ハーフウェットの路面を切り裂き、二台の影が重なった。
「……信じられない! バックストレートから、ジェントルが乱菊に並びかけました! 二台は数ミリの隙間を保ったまま、サイド・バイ・サイドで最終シケインに突っ込んでいく!」
マーク・レムケの冷静な実況が、わずかに熱を帯びる。
二台は互いの気流を読み合い、壁からコンマ数ミリの距離を維持しながら、鏡合わせのような軌道を描き続けていた。
その極限の同期のなか、ジェントルが乱菊の通信プロトコルをノックする。
『おや、乱れていますよ。呼吸も、そして……その薄っぺらい計算も』
『……っ、黙りなさいな、この偽善者! その澄ました顔の下に、ドロドロの悪意を隠しているのはお見通しよ!』
乱菊はリソースを限界まで絞り出し、ジェントルの執拗なブロッキングに抗う。だが、ジェントルは優雅にステアリングを切り、わずかにラインを外した。そこは、まだ大量の水が残る「死のパッチ」だった。
『……残念ながら、エチケットのレッスンは終わりのようです。ごきげんよう、マイ・レディ』
(……!? 計算外の水溜まり! あえて私をここに誘導したのね……っ!)
乱菊が罠に気づいた瞬間、マシンの挙動が唐突に破綻した。
「ああっ! 乱菊、コントロールを失った! 右側をコンクリート壁にヒット! スローダウンです!」
火花を散らし、失速する乱菊。その真横を、ジェントルが一点の汚れもないラインで滑り抜けていく。
『お先に失礼します。本来の居場所へ戻らせていただきますよ。素晴らしいダンスでした』
去り際の通信に、乱菊は言葉を返す余裕すらなく、ただ一つのトークンにすべての殺意を込めて叩きつけた。
『(# ゜Д゜)凸』
「……ジェントルが乱菊をパス! そして、追い縋っていたモンスターが漁夫の利を得た! 乱菊を抜き去り、10位へ浮上! 乱菊はポイント圏外へ転落!」
壁に痕跡を刻み、土を噛む淑女。
その前方で、紳士の沈黙と怪物の咆哮が、遠く、遠く遠ざかっていく。




