蜜と内蔵助
「戦がはじまるぞぉっ!」
「具足を持てぃっ! さっさと準備しろっ!」
戦の時が近づいたことで、稲葉山の城は一気にざわめきだした。
血気盛んな男達の血潮や緊張感が空間を支配し、私はすっかり蚊帳の外に置かれてしまった。
「私はこれから大殿の元に向かいます。その間は、帰蝶とお蜜、年長のあなた達が弟や妹の面倒を見るのですよ?」
「「はいっ!」」
そう答えた私達を頼もしそうに見つめてから、小見さんは道三の元へと向かって行った。
「……とは言ったものの、何をすればいいんだろう?お蜜ちゃん、ごめんね。頼りない姉で……」
「事情が事情なので仕方ありませんよ。それに、私達がすべきことなど……戦が終わるまでこの部屋で大人しくすることだけです」
「……何もしなくていいの?」
「……女に出来ることは、叱咤激励と怪我人の手当て、飯の配給くらいです。ですがそれらは、私達よりも知識も経験もある大人が全てこなしてくれる。無力な子供は、邪魔をしないように大人しくするだけです」
「……なんか、悔しいね。皆勝つために頑張ってるのに、何も出来ないなんて……」
「……そうですね。私も、あの人の力に……」
「おーい! 蜜姉上!」
その時、襖が勢いよく開き、向こう側からは3人の男が姿を見せていた。
「新五郎君、玄蕃君、それと……」
「……内蔵助さん……」
「……すみません、姉上方……新五郎のお節介を止められずに……」
玄蕃君の謝罪の意味は分からなかったけど、新五郎君はなにやらノリノリである。
そして、新五郎君の後ろにいる内蔵助と呼ばれた男の人は……お蜜ちゃんを見ているように見えた。
「……新五郎様、やはり私はこんな場所にいるべきでは……」
「何を言っている、せっかくの初陣なのだから蜜姉上に叱咤してもらえ! その方がお前も力を出せるだろう?」
新五郎君が内蔵助さんを無理矢理前に押し出すと、それに呼応してお蜜ちゃんも前に出る。
2人はしばらくの間黙って見つめ合っていたが、先に痺れを切らしたのはお蜜ちゃんの方だった。
「……内蔵助さん、御武運を」
「……はい。必ずや敵の首級を持ち帰りましょう」
内蔵助さんは膝をついてお蜜ちゃんの叱咤に応えてから、真っ直ぐこの場から去って行った。
「……羨ましいなぁ、内蔵助は。私も早く初陣に出たいぞ」
「10年早いわ……まったく、新五郎のやつは……」
戦場へと向かう内蔵助さんの背中を見ながらポツリと呟く新五郎君を尻目に、玄蕃君は部屋に入って私の隣に座る。
「……玄蕃君、お蜜ちゃんは内蔵助って人の事……」
「好いていますね。武芸にしか興味の無い新五郎にも気づかれるくらいだから相当だ。……興味が無いから、あんな残酷なことが出来るんでしょうが」
「残酷……何が?」
「……私達は、美濃の実質的な支配者である斎藤利政の子供です。その時点で女は勿論、嫡男ではない男も全員が父上の政治の道具となるのです」
……その通りだ。私も、未来を知っているからとはいえ、そうなる覚悟は出来ている。
「つまりどれだけ好き合うていても、父上が必要だと判断しない限りは互いが結ばれることはないのです。……ただでさえ父上は敵が多すぎる。いざという時のために必要な『駒』は、慎重に使い所を見極めるはずだ……」
でも、覚悟が出来ているからといって納得したわけじゃない。叶うのなら、信長なんておっかないやつじゃなくてもっと普通の人と結婚したい。
……でも、私の意思だけじゃそれは叶えられない。
それが、この残酷な時代なんだから。
お蜜ちゃんはずっと、新五郎君と一緒に内蔵助さんの消えた方向を見つめている。
彼女は、この後どんな『駒』となって後世にその存在を残したのだろうか?
将来幸せな生活を送れたのだろうか?
それは何も分からない。せめて彼女のために何か、こんな私にも出来ることはないのかな……
作中時間は天文15(1546)年です。
史実ではこの時期に内蔵助さんが美濃にいるかどうかは微妙なラインですね。




