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衝き合う意志


「転校生?」


そう言うのは、教室の席に着き寒さのあまり手をこすり合わせる琴羽。

そして傍にいるのは、彼女とは対照的に全く平気といった感じの好美。部活の朝練後で程よく身体が温まっているのだろう。


「うん、昨日急に決まったんだってさ。私もついさっき知ったの。

今日から来るみたいだよ」


「どんな人?可愛い子なのかな?」


「性別まではわからないけど…

むしろこういう時って、カッコいい男子を期待するもんじゃないの?」


好美の指摘はもっともだが…むしろ琴羽は女子の方を期待した。

なぜなら、もう心に決めた人がいるから。


ホームルーム開始のチャイムが鳴り響き、急ぎ自席に戻る好美。そして担任が教室に入ってきた…

1人の女子生徒を連れて。


「皆、おはよう。今日からこのクラスに入る新しい仲間を紹介するぞ。

では自己紹介を」


担任が教壇を降り、入れ替わるようにその女子生徒が上がる。


「皆さん初めまして、有沢仔麦(ありさわこむぎ)と申します。どうぞよろしくお願いします」


言い終わると同時にペコリとお辞儀をする仔麦。

女子達の拍手はまばらだが、男子達からは盛大な拍手が湧き起こる。その理由は…琴羽の態度に出ていた。


「うう…か、可愛い…!胸も私より大きいし。

どうしよう…」


親指の爪をギリギリと噛む。思っていたよりも遥かに可愛かった為、女子を期待した事を全力で後悔した。

これだけ魅力的だったら…あの人を取られてしまうかも。


(ダメダメッ何考えてるの、私は‼︎)


目を閉じ、顔を左右にブルブルと振る。


「伏間、どうした?大丈夫か?」


「いえ、何でもありません」


その様子を見ていた担任が琴羽を気遣うが、彼女は必死に平静を装うのだった。


「よし、有沢といったかな。君の席はあれだ」


「はい」


琴羽の席から3つ後ろの空席を指差し、着席を促す担任に従い歩き始める。

そして、琴羽の側を通りかかった時だった。


「面白い人ですね、よろしく」


「よ、よろしく…」


手を差し出し握手を求める仔麦に応じる琴羽。


「あなた、屠霊師ですよね?」


琴羽だけに聞こえる声で呟き、席に向かっていく仔麦。

耳を疑った琴羽は思わず振り返るが、彼女は既に何食わぬ顔で席に着いていた。


(気のせい…?そうよね、あの子には会った事ないし、まして私の正体を知ってるなんてこと…)


ふと、琴羽は彼女と握手を交わした手に違和感を感じる。

そっと掌を見るとそこには…


『放課後、屠物を持ちお友達を連れて裏庭に来て下さい。話があります

有沢』


という文字。琴羽の掌にはそう書かれていた。

握手する前には勿論こんな文字など無かった。仔麦の名が記されている以上は彼女の仕業なのだろうが、一体どうやって?

凍りつく琴羽を後ろから眺める仔麦は…

不気味な笑みを浮かべるのであった。







放課後。言われた通りに裏庭へとやって来た琴羽だったが、『お友達』は連れてこなかった。好美の事だと直感した琴羽は、無駄に彼女を巻き込みたくないと思った故だ。


「え…プスコ⁉︎」


「マジコッ」


しかしそれも意味を成さなかった。

なぜなら、好美も琴羽と同じ方法で呼び出されていたからだ…


「あんたも呼び出されたんだね、あの転校生に」


「そういうマジコこそ」


好美から声が掛からなかった事を考えると、好美も琴羽と同じ考えだったのだろうと気付き安堵するが…

直後、その安堵も露と消える。


「私の思った通りですね。握手した時、私が直接体内に霊氣を送って記したあの文字。あれが読めるのは同じ霊氣を持つ屠霊師のみ」


2人が揃うのを見計らっていたかのように姿を現す仔麦。

咄嗟に身構える琴羽と好美。


「そして『お友達』の身を案じ、2人共お互いを連れ出そうとしなかった。別々に呼び出したのも正解でした」


「あんた…一体何者なの⁉︎」


恐る恐る尋ねる琴羽。好美は黙って頷きながら仔麦を睨みつける…


「何者か、ですか。これを見ればすぐにわかります」


仔麦が鞄から取り出したのは…ポリ袋に入った、まるで死体のような色をした女性の腕らしきもの。

あまりの気味の悪さに口を覆う2人。


「何なの、その腕は⁈」


「これは…ダサコの腕。

そう、あなた達が手も足も出なかったダサコのね」


腕が入ったポリ袋を鞄に戻す様子を見ながら、琴羽は。


「あいつを倒したの?」


「まさか。奴とは初交戦でしたが、こうして腕を切り落とすのが精一杯でした。もし倒してたら…腕じゃなくて首を持ってきてますよ」


正直、生首なんて見せられても…と思ったが、彼女が屠霊師であるという裏付けには充分だった。


「さて、本題に入りましょうか。話というのは他でもありません。

単刀直入に言います、決して悪いようにはしません。貴女達の屠物を私に預けてください」


琴羽と好美は思わず顔を見合わせる。耳を疑わずにはいられなかったからだ。


「なんで…?屠物が無くなったら、私達はどうやって悪霊と戦えって言うの?」


「だからそういう事なんです。貴女達はもう戦う必要は無いと、そう言ってるんです」


事務的な口調で2人に両手を差し出す仔麦。

その手に屠物を置いたのは…好美だった。


「ちょっ…マジコ⁉︎」


あっさりと屠物を手放す好美に向かって驚愕の声を上げる琴羽だが、好美は吹っ切れたような表情をしている。


「もういいじゃん、プスコ…私だって無理矢理屠霊師に仕立て上げられたようなものだし、あんただって死の危険を冒してまで戦うのは嫌でしょ?」


「それは勿論そうだけど…」


俯き考え込む琴羽に、仔麦の手が容赦なく伸びる。


「はい、貴女は?」


急かすように手を近付けるが、琴羽は屠物を渡そうとはしない。


「私は暇じゃないんです。早く渡して貰えますか?」


「嫌よ、渡さない」


屠刃を抱えて背を向ける琴羽に、仔麦は溜め息を吐く。


「…これはね、逆に貴女の身を守る為にもなるんですよ。ダサコは『霊視』で、居場所どころか霊氣の濃度、屠物の有無までも見通しているんです」


「えっ…」


「屠物を所持している=戦意があると、奴は解釈するでしょう。つまり、貴女が屠物を持っている限りダサコに命を狙われ続けるという事。わかりましたか?」


奪い取ろうとしてくる仔麦から必死に逃げる琴羽…

好美は呆れたような目付きで眺め、仔麦は再び溜め息を吐く。


「どうしても渡す気にはなりませんか…仕方ない、今夜まで待ちましょう。

一丁目の神社で待っています…いい返事を期待してますよ」


くるりと踵を返した仔麦は早々に立ち去っていく。その姿を見送った後、堪らず好美は琴羽に掴みかかる。


「なんでプスコは渡さなかったの⁉︎悪霊と戦うのが嫌じゃないの⁉︎」


「私だって嫌だよっ‼︎」


好美の手を振り払う琴羽、その顔はなんとも言えない苦悩に満ちた表情だった。


「プスコ…」


「ごめん、もう帰るね」


とぼとぼと去っていく琴羽。好美の視界から消えるまで、一切彼女が振り返る事は無かった…







刻は午後9時。すっかり夜も更け、周りの街灯の明かりでぼんやりと照らされた神社の境内には仔麦の姿が。

その腰には屠刃らしきものを引っ提げているが…


「来ましたか。思ったより早かったですね」


仔麦が顔を向けた先には、神妙な面持ちをした琴羽。

その手にはしっかりと屠刃が握り締められている。


「決心はつきましたか?さあ、屠物を私に」


手を差し出す仔麦に対し琴羽は…

黙って屠刃を引き抜き、切っ先を彼女に突き立てた。


「これが私の答え。どう?納得した⁉︎」


あくまでも屠刃は渡さない。

屠霊師を続ける。

悪霊と戦い続ける。

その理由が彼女にはある。


「どうしても欲しいのなら、私を殺してでも奪う事ね‼︎」


勢いよく啖呵を切ったものの、相手は自分より遥かに腕の立つ屠霊師だという事を意識するせいか…表情は強張り、心臓は異常なくらい高鳴っていた。

しかしそんな琴羽とは対照的に、落ち着き払う仔麦は静かに屠刃に似た屠物を抜き…

切っ先を琴羽に突き立てた。


「まさかご本人の口から願い出てもらえるとは…

大変、感謝いたします」


口元に軽く笑みを浮かべると、ゆっくりと屠物を上段に構え…

素早く振り下ろす。

一瞬何が起きたかわからなかった琴羽だが、違和感を覚えた額に触れた時、理解した。


「う…うわ…」


血。指には自分の血がベットリと付着している。


ーー 斬られた。


仔麦には明確な殺意がある事を、琴羽は本能的に理解した!


「何を狼狽えているのですか?私の申し出を断った場合、どんな目に遭うか…まさか想定してなかったわけではないでしょう。

覚悟、出来ていますね」


今度は脇に構えて一気に距離を詰める仔麦。

琴羽も反射的に屠刃を構え…


鳴り響く剣戟音は、闇夜の静寂をも容易く切り裂いた ーー







つづく

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