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這い寄る凶兆


好美の兄、眞嶋吾大も屠霊師である事を知った琴羽。

その吾大も何事も無かったように颯爽と振り返ると、笑顔を作り頭を掻く。


「ハハ…バレた?」


照れながらそう言う吾大だが、琴羽は首を横に振る。


「先輩、カッコよかったです」


琴羽の眼はいつしか憧れの眼差しとなっていた…そんな彼女を見る少女の眼は、なんとも冷ややか。


「それにしても…なんであの猫は急に先輩を襲ったりしたのかな?」


「何も悪霊は人間だけの霊に限ったことじゃないし、取り憑かれるのも人間だけじゃない」


恒例の淡々とした説明を始める少女。


「あれはおそらく、虐待にあったり保健所に入れられて死んだ動物の霊が悪霊化したケースね。人間に対しての恨みが強すぎて、人間なら誰彼構わず襲ってしまうの。

理性が多少なりとも残っている通常の悪霊と違って、視界に入った生物を見境なく攻撃する非常に厄介なタイプよ」


もしあの猫が吾大ではなく自分に襲い掛かって来ていたら…間違いなくやられていた。自分でも簡単にわかってしまうくらいの未熟さを実感した琴羽は、ただ唇を噛みしめる。


「まあ、あなたなら確実に噛み殺されたでしょうね」


「わざわざ口に出して言わないでくれる⁇」


あからさまに不愉快な表情を浮かべる琴羽であった。


「ちょいとアクシデントはあったけど、やっと練習を始められるな!

プスコちゃん、ほいっ」


吾大が軽く投げた一振りの木刀を受け取る琴羽。今度は何も変わった所のない普通の木刀だ。


「あの…剣道だから、竹刀じゃないんですか?」


思わず素朴な疑問をぶつけるが。


「その女の子から話は聞いてる。

プスコちゃんも屠霊師で、俺と同じ屠刃使いなんだろ?じゃあ形も感触も似ている木刀で訓練した方が上達も早いってもんさ」


琴羽は反射的に少女を睨み付ける。少女は…そっぽを向いていた。


「よっし、まずは基本の構え方と素振りだな!」


「えっ、す、素振りですか⁉︎」


再び目線を吾大に戻した琴羽が思わず訊き返す。


「なに言ってんだ?素振りなんて基本中の基本だ。テニスでもやってたろ?」


「うう…好きなテニスでも充分キツかったのにっ」


心から望んだわけではない剣道の素振りなんて、正直したくなかったが…『やりたい』と言ってしまった手前、やらないわけにはいかない。貴重な時間を割いてくれた吾大の為にも。

琴羽は泣く泣く吾大の指示に従い木刀を構え、黙々と素振りを始める ーー


「そういや先輩、さっきの猫の事なんですが」


「ん?どした?」


素振りの手をピタリと止め、吾大に質問を投げかける。


「確かに先輩は、あの猫の身体を屠刃で斬りつけたはずですよね?

でも出血どころか傷一つ付かなかった。あれって一体、どういうカラクリなんでしょうか?教えてください‼︎」


改めて気をつけをし、お辞儀をする琴羽に吾大は…

少し困った顔で少女に目配せをするが、少女は目を閉じて首を横に振る。どうやら、説明は吾大にして欲しいらしい。


「う〜ん、なんつーかなあ…屠物ってのは、悪霊を攻撃する為の道具で、一般の者には見えないってのは知ってるよな?」


「は、はい」


また難しい話になりそうな気がした琴羽の表情が次第に曇ってゆく。


「霊氣を屠物に込めると、屠物自体がいわば霊氣の塊みたいになって悪霊だけにダメージを与える物質になるんだ。霊氣は文字通り『氣』だから、目には見えないし触れもしない。よって、霊氣を持たない一般の者は一切傷付けないってワケ」


琴羽は飲み込み切れずに首を左右に傾げるが、少女はニッコリと微笑んでいる。

説明というのは難しいものだと実感した吾大だった。


「さて、これで質問タイムは終わりかな?

じゃあ気を取り直して特訓再開っ!」


「ふえぇ…」


吾大の号令とともに、再び木刀を振るい始める琴羽。

少女はただその光景を真顔で眺め続けていた…







壁に無数のモニター画面が張り巡らされた薄暗い部屋にいるのは、椅子に腰掛けた中年男と琴羽と同い年ぐらいの女性。

男はおもむろに、手に持つ資料の束を女性に渡す。


「君も中々に腕を上げた頃だからな。そろそろ『ソイツ』の屠霊を任せてみようと思うのだが」


資料に載っていた写真には、顔全体を覆う程不気味に伸び切った漆黒の髪の女だった。


「コイツを私が?」


「本来ならそこは相良小冬とかいう屠霊師がいるエリアなのだが…その極悪霊にやられたらしい。一命は取り留めたが、しばらく戦線には復帰出来んだろう。

よって、君にはその間の代理として赴任して貰いたいのだ」


女性が資料を捲っていると、見知らぬ女子高生2人の顔写真が載っている事に気付く。


「この者達は?」


「エリア責任者のダサコが『活きのいい屠霊師を2人も見つけた』と言っていたが…

正直そんな小娘共が極悪霊に対抗出来るとはとても思えん。逆に奴を下手に刺激して、余計な被害を出されても困るからな」


「つまり、どうしろと?」


「その極悪霊の屠霊が完了するまで、その2人には屠霊師としての活動を自粛するよう説得して欲しいのだ。

もし応じないようであれば…“処理”を頼む」


「了解しました」


男に向かって一礼をし、部屋を後にする女性。

その姿を見送り、男はモニターに目線を移しながら呟く…


「アリコvsダサコか。これは目が離せなくなりそうだ…」







日はすっかり傾き、夕焼けに染められた公園のベンチには…琴羽と少女の2人が並んで座る。


「ふぅ…疲れたあ」


グッタリと項垂れる琴羽を横目に、少女は手帳のような物に何かを書き込んでいる。


「それ、何書いてんの?」


「あなたには関係ないわ」


「いつもそれなんだから…もういいよ」


立ち上がった琴羽は、近くのブランコに立ち乗りをして勢いよく漕ぎ始める。


「先輩は先輩で、約束があるとか言って急に帰っちゃうし…

はあ…やっぱり付き合ってる人いるのかな」


溜め息を吐きながらブランコを揺らす琴羽に対し、少女は。


「そんなに気になるのなら、訊いてみれば?」


「あんたには関係ないよっ」


少女の提案をイヤミと捉えた琴羽は、先程のお返しとばかりに突っぱねる。


「あっ……」


そして突然漕ぐのをやめる。

目の前を通りかかった帰宅途中と思われる男子中学生が、顔を赤らめて琴羽をじっと見つめていたからだ。

ちなみに琴羽の今の格好は、普通のセーラー服姿。。


「ちょっと、何見てんのっ⁉︎」


ブランコから飛び降りて、男子中学生に詰め寄る琴羽、

危険を感じた男子中学生は慌てて走り去ってしまった。


「もうっっ、なんで男の子ってこうもやらしいのっ」


膨れっ面をしながら再びベンチに座る琴羽に、少女は屠刃を渡す。


「ふう…今度はどこで出たの?」


「悪霊出現の情報は無いけど…これからその屠刃は自分で管理してもらうわ。それはあなたの屠物なんだから、いつまでも私が持ってるのは変でしょ?」


「それはそうだけど…」


「それに、何か嫌な予感がするの。ダサコが近いうちにまた現れる可能性もあるし、このエリアの主力である小冬が入院中の今…あなた達に頑張って貰わなきゃいけないから」


すっくと立ち上がった少女はゆっくりと歩き始める。


「この霊氣の感覚…おそらく『あっち』の方で何か動きがあったんだわ。

くれぐれも用心しておくことね」


「あっち?ねえ、それって一体…」


公園出入口の角を曲がった少女を追う琴羽だが…既に少女の姿は無くなっていた。


「何だかよく分からないけど、もう甘えてられないって事なんだよね?しっかりしなきゃ、いけないんだよね?」


屠刃をギュッと握りしめ、自分自身に言い聞かせるように心の中で何度も同じ言葉を繰り返す。



そして、『暗雲』はすぐそこまで迫って来ていた ーー








つづく

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