出逢った双刃
ゆっくりと瞼を開くと、目の前には真っ白な風景が広がっていた。
(ここ、どこだろう?
私、死んじゃったのかな…)
その真っ白な視界の外から覗いてくる顔が2つ。どちらも見慣れた顔だ。
「あ、やっと目が覚めたんだね!」
「心配したんだよ、ガラコ!」
間違いない、琴羽と好美だ。
そして自分が今、仰向けで横たわっている事にも気がついた。
視界を動かすと、次々と飛び込んでくる身体中に巻かれた包帯。身体を動かそうとすると、鈍く走る痛み。
ここは…病院?なぜこんな所で寝てるのか。
そうだ。思い出した ーー
あの夜、琴羽達とは別動で口裂け女を追っていた小冬は、背後から突如巨大な霊氣を浴びる。
小冬が振り返った時、顔が前髪で隠れた『あの女』が眼前に迫っていた。
身の危険を感じ屠鞭を取り出すが時既に遅し。
一瞬にして小冬の身体中に無数の切り傷が生まれ、鮮血が飛び散る。
全身に走る激痛を堪えながら、屠鞭を振おうとするが…
その唯一の得物も、無残に切り落とされ無くなっていた。
『弱イネ…アンタ、ソレデモ屠霊師ナノカイッ』
女の罵声を浴びた直後、全身に次々と殴打されたような衝撃が走り、空を舞う。
再び地に身を預けた時には、もう身体は言う事を聞かなくなっていた ーー
今まで出会ったことないほどの強敵。
アイツは『恐怖』という消えない傷を私に刻み付けた。
そしてこの2人にも、情けない姿を見られてしまった…
もう消えてしまいたい。その想いが小冬の瞼を再び閉じさせた…
「どうしたの⁉︎しっかりしてっ」
好美が小冬の身体を揺さぶるが、その腕を琴羽が掴む。
「マジコ…彼女は怪我人なんだよ。今はそっとしといてあげよう?」
琴羽に諭され、渋々頷く好美。
病室には心電図の機械音だけが虚しく鳴り続けていた…
数日後 ーー
授業が終わり放課後になると同時に、いつものように琴羽に話しかける好美。
「今日からテニス部再開だって!もちろんプスコも行くよね⁉︎」
「ごめん…私、しばらくテニスは出来ないんだ」
琴羽は好美の方を見ずに返事をする。
「え、なんで?もしかして、まだ亡くなったあの子の事気にしてるの?それとも入院中のガラコの事?」
「ううん、違うの。例のあの女の子にね、『学校が終わったら、特訓よ!部活はしばらく禁止』って言われちゃってさ…」
元気の無い声で話す琴羽。またテニスが出来る事を心待ちにしていた分、脱力感は半端ではなかった。
「そっか…ねえ、私もこうして屠霊師とかいうやつになったわけだし、その特訓に付き合うよ!いいでしょ?」
琴羽は、何も言わず首を横に振る…非常に辛そうな表情だ。
「マジコにはマジコの特訓メニューがあるそうだから、私と一緒には出来ないみたい。。
ごめんね」
「プスコが謝る事ないじゃない?別に私は気にしてないから、頑張って特訓してきなよ。
さて、私は久々のテニスに精を出して来よっと!」
バッグを肩に担いで教室を出て行こうとした好美が、不意に立ち止まり琴羽の方を見る。
「プスコってさ、あの女の子と仲良いの?
私が『見える』ようになる前から知り合ってたみたいだけど」
「別に、仲が良いとかじゃないけど…
あの子が一方的に付きまとってきてるだけだよ」
「ふーん。一体、あの子って何者なんだろう?
何が目的で私達に近付いてきたのかな?名前すら教えてくれないし…」
2人の間に流れるしばしの沈黙。
そして、それを破ったのは好美だった。
「まあ、悪い奴じゃなさそうだし、いっか!
じゃ、行ってくるね!」
琴羽に手を振り教室を後にする好美。
そんな彼女の楽観的な所が、ちょっぴり羨ましいと思う琴羽だった ーー
銀髪の少女に指定された『特訓場所』に到着した琴羽は、いつになくソワソワしていた。
その理由として、少女の用意した特訓に大いなる不安があったからというのもあるが…
「待たせたわね」
毎度の如く急に話しかけてくる少女だが、琴羽は壁を背にして立っていたので無駄に驚かずに済んだ。
だが失った左眼に眼帯を当てていた為、違う意味で肝が冷えたが。
「もしかして、特訓場所って…ここ⁉︎」
琴羽が指差すその先には、剣道部と書かれた貼り紙のある扉。
そう、ここは剣道部の道場前だったのだ。
「私はテニス部なんだよ?なんで剣道をしないといけないの⁉︎
それに、部員でもない私がこんな所に入ったら…」
「いいから入るのよっ‼︎」
道場の扉を開け、少女に押し込まれた琴羽は足を縺れさせながら、転倒…
練習中の部員達の注目を集めたのは言うまでもない。
「いたたた…何も突き飛ばすことないのにっ」
床に打ち付けた肘を庇いながら身体を起こす琴羽に1人の部員が近付く。
「あれれ、誰が来たかと思えば…プスコちゃんじゃねえか?」
ふと顔を上げた琴羽の目の前には、前垂れに『眞嶋』と書かれたゼッケンを付けた剣道着姿の男子部員がしゃがみ込み目線の高さを合わせていた。
「あなたは、確かマジコの…?」
「おう、アイツの兄貴の吾大だ。この剣道部の主将をやってる。
いつも好美が世話になってるな」
吾大に手を差し伸べられ、照れながらその手に捕まり立ち上がる琴羽。
「オイオイ、アツイ所を見せつけてくれるじゃないの〜」
「マジゴ、その子はお前の『コレ』か?」
小指を立てて吾大をからかう他の部員達に、吾大は涼しい顔で振り向き…
「バーカ、そんなんじゃねえよ。いいからお前らは練習に集中してろ」
手でシッシと払う吾大に対し、琴羽の顔は赤らんでいた。
同年代の異性にこうまでしっかりと手を握られたのは、一体何年ぶりだろうか…
からかってきた部員達が引き下がるのを見て、再び琴羽に視線を戻す吾大。
「そういや、プスコちゃんってテニス部じゃなかったっけ?妹からは今日から再開したって聞いたし…行かなくていいのかい?」
しどろもどろになる琴羽の傍に少女が寄り添い、肘で軽く突く。
「剣道がしたいんです。教えてくださいって、言いなさい」
なぜか琴羽だけに聞こえるような小声で指示する少女。
琴羽は疑問に思いながらも、吾大の顔をしっかり見て気をつけをする。
「私、剣道がしたいんです!もちろんテニスはしたいけど…ちょっと事情があって。
とにかく、剣道を教えてください‼︎」
深々と頭を下げる琴羽の脚を、少女がつねる。
「…余計な言葉は入れなくていいの」
「うるさい、ほっといてよ」
またもや小声でダメ出しをしてくる少女に、琴羽も同じくらいの声で言い返す。
「ん?なんか言った?」
「いや…何でもないですっ」
照れ笑いをしながらごまかす琴羽を、少女は白けた目で眺めていた…
「いつも好美と仲良くしてくれてるプスコちゃんのお願いなら、教えてあげたいのは山々なんだが…
いかんせん、ここは正規の剣道部員が練習する場なんだ。プスコちゃんはいわゆる部外者ってやつだから、ちょっと無理があるかもな」
「そうですよね…」
「でも、ここ以外の場所なら全然大丈夫だからさ!
そうだなあ…三丁目の公園で待っててくれたら、部活が終わり次第すぐに行くからよ!」
琴羽の肩を軽く叩き、練習へと戻っていく吾大の背中をじっと見つめる琴羽。
そんな琴羽を眺める少女の目は相変わらず白けていた…
吾大に指定された公園のベンチに座る琴羽と少女。
黙って座り続ける少女に、琴羽が話しかける…
「ねえ。君の名前、そろそろ教えてくれてもいいよね?」
「知ったところでどうするの?あなたや好美みたいに、変なあだ名付けるつもりじゃないでしょうね」
「別にそんなつもりないよ!ただ、名前くらいは知っときたいと思ったからさ…」
少女の冷たい返しに、琴羽はすっかりテンションが下がってしまう。
「じゃあさ。口裂け女と戦ったあの夜に現れた、あの長髪女は何者なの?なんでアイツは私達を襲ったわけ?」
質問を変え、再び少女に問う。
少女は一瞬眉を顰めた後、続ける。
「あの女の名はダサコ。私の管轄区域内を荒し回っている悪霊よ。
しかも、そんじゃそこらの悪霊とは格が違う。奴は、極悪霊と呼ばれる、悪霊の上位種なのよ…!」
「極、悪霊…⁉︎それって、相当ヤバいんじゃないの⁉︎」
「ヤバいなんてものじゃない。並の屠霊師は接触すら禁じられている程の難敵なのよ?
この私ですら敵わないんだから…」
少女の顔が一気に曇る。まずい話題に触れたと思った琴羽だが、どうしても納得がいかなかった事を訊いてしまおうとも思った。
「てゆうかさ…私が無理して強くなるより、君自身が戦った方がダサコって奴に勝てる見込みはあると思うの。
実際に、口裂け女だってあんな簡単に倒したわけだし」
琴羽の質問に、溜め息を吐きながら少女が顔を向けると。
「だったら最初から貴女達には近付いていないわ。屠霊は『生きている人間』だけに許された儀式なの。私はもうこの世で『死』を迎えた。屠物は使えても、肝心の屠霊は出来ないのよ…!」
少女は悔しさを滲ませるような口調で返す。少女が特殊な存在というのはわかっていたが実際に本人の口からそう聞くのはやはり複雑なものがあった。
「あと、口裂け女がダサコに身体を引き裂かれた時はどうなったの?あの後はもう動かなくなったけど…
霊体も出なかったし」
「あれは抹霊と言って、屠霊とは別物なの」
「ま、抹霊?」
「屠物を用いてあの世へと送る屠霊とは違って、完全に霊を抹消するのが、抹霊。抹消された霊はあの世へは行かず、この世からもいなくなる。つまり、『無』になってしまうということなの」
「そうなんだ…」
死んだ者は霊となって遅かれ早かれあの世へと行くものだと思っていた琴羽は抹霊という存在を知り、いたたまれない気持ちになった…
「やあ、お待たせっ」
とても部活帰りとは思えない爽快な駆け足で公園にやってきた吾大。
「あれ、二人ともどうしたの?
体調が悪いなら、今日はやめとこうか?」
重苦しい話をして、すっかり意気消沈して俯く2人を心配した吾大が気をかける。
「大丈夫ですっ、私からお願いした事なので一生懸命頑張ります!」
「そうか。んじゃ、早速始めっか!」
そう言い、持ってきた長い袋から木刀を取り出していく吾大を見ながら琴羽は…ふと気付く。
「眞嶋先輩…この女の子、見えるんですか⁉︎」
「は?見えるも何も…目の前にいるんだから、見えて当たり前だろ?プスコちゃんってホントに面白いな。噂通りだよ」
ハハハと笑いながら取り出した木刀を丁寧にタオルで拭っていく吾大。
それにしても…一体どんな噂なのか。想像しただけで顔が真っ赤になり、また俯いてしまう琴羽の腕を少女が肘でつつく。
「あなた、好美の時にも同じような事言って、同じような返しをされてたわよ」
「あれっ、そうだったっけっ」
軽く握り拳を作り、自らの頭をコツンと叩きながら舌を出す琴羽だが、少女は見向きもしない。
その目線は…吾大へと向けられていた。
凝視とも言える眺め方に、琴羽は堪らず問いかける。
「君も眞嶋先輩の事…気になるの?」
「何言ってんの?その先よ」
少女が指差すその先には…一匹の猫が、吾大の背後からゆっくりと歩み寄って来ているのがわかった。
吾大はまだ木刀の手入れをしている。どうやら猫には気付いてないようだ。
「わあ…可愛い。あの猫ちゃん、首輪してないけど…野良なのかな?」
「そんな事はどうでもいい。それより、気にならない?
あの猫の目が…白くなってるのがっ!」
少女が猫がいる方向を指差した直後、いきなり走り出した猫が地を蹴って跳躍する。
いつの間にかその爪は、まるで果物ナイフのような鋭い物に変化し、今まさに吾大に降りかかろうとした…
その時だった。
「手癖の悪い猫ちゃんだ…お仕置きが必要だなっ‼︎」
吾大が持っていた木刀の柄を握り締めたかと思えば…
目にも止まらぬ疾さで振り返り、間合いに入った猫目掛けて一閃を浴びせた。
吾大の身体を通り過ぎて、地面に落下した猫は。
まるでなんとも無かったかのように起き上がり、平然と立ち去っていった…
あまりの一瞬の出来事に、しばし唖然とする琴羽。彼女の動体視力をもってしても彼の動きは捉えられなかった。
「まさか、こんな所で『黒の屠刃』の持ち主に出会うとは思わなかったわ」
ポツリと呟く少女。それを耳にした琴羽は吾大が手に持つ物をよく見ると…それは木刀ではなく、刀身が黒く染まった合口拵だった。
色の違いを除けば、見た目は琴羽の屠刃と全く同じ。
あまりの急展開に琴羽は思わず生唾を飲み込む。これで吾大に少女の姿が見えた事にも合点がいった。
彼も屠霊師、だったのだ ーー
つづく