第1話 最悪の目覚めと神様じゃない少女
目を覚ますと、そこは死者の世界だった。
誤判定によって地獄行きを免れた青年カズマは、
傲慢な少女ソラのもとで働かされることになる。
だが三ヶ月後、
彼はある使命を与えられた。
それは、
八十九日後に起こる誘拐事件を阻止し、
王国同士の戦争を防ぐこと。
魔力は少ない。
頼れるのは未来を記した一冊の本だけ。
これは、
運命に抗う少年と、
少し騒がしい家族たちの物語である。
――あと八十九日。
シャルロット・フォン・シュラデンは誘拐される。
それを止められなければ、
二つの王国が戦争を始める。
そして、その未来を知っているのは、
この世界で俺だけだった。
……もっとも。
その頃の俺は、
すでに死んでいたのだが
何度か瞬きをして、ようやく目を開いた。頭は痛いし、腹も痛い。最悪の目覚めだった。
「おい、早く起きろよ! 起きろって言ってるんだよ!」
頭上から、苛立いらだわしげな甲高い声が降ってきた。
男は腹部を押さえながら、どうにか起き上がろうと悪戦苦闘しながら悪態をついた。
「人の腹をいきなり蹴っ飛ばすなんて、地獄のガキがあ……!」
目の前では、どう見ても十二歳程度にしか見えない少女が、両頬を膨らませて床団を強く踏み鳴らしていた。装飾のない白いドレスが眩しい光の中でひときわ映え、彼女の金髪は奇妙な茨いばらの冠の下で艶あでやかに輝いていた。ソラは不機嫌そうに睨んでいた。
「誰がガキだ、この変態野郎がッ! それに、お前みたいなゴミクズは蹴られて当然だろ、バカ!」
まだ完全に働かない頭を抱えながら、男はあたりを見回した。壁もなく、定まった床もなく、天井すらない。ただ果てしない「無」の空間が、眩いほどの純白に染まりながらどこまでも広がっていた。彼は前髪の黒髪に手を梳すき通し、思考を整理しようと試みた。二十歳、痩せ型で、シンプルな白いシャツに黒いパンツ、そしてスニーカー姿の彼は、その聖なる空間においてあまりにも浮いた存在だった。
「ここはどこだ……? なんで一面真っ白なんだ? つまり、このガキは誰だ? 一体どうなってやがる……?」
独り言をつぶやきながら、徐々に状況を飲み込み始めた彼は、ひとつの荒唐無稽こうとうむけいな仮説へとたどり着いた。
「もしかしてドッキリ番組……? ハメられたのか……?」
「何を一人でブツブツ言ってやがるんだ、変態?」
少女は眉をひそめ、冷ややかな声で吐き捨てた。
「あのオタクの仕業か?」
男はビクッと肩を震わせ、姿勢を正すと、すべてを見抜いたと言わばかりに彼女へビシッと人差し指を突きつけた。
「いいか、もう全部分かったぞ!」
彼は勝利を確信したような得意げな顔で大声を張り上げた。
「これってあれだろ! 街頭インタビューを装ったドッキリ番組だ! さあ出てこい、制作スタッフの皆さんよ! もう手口はバレバレだぜ!」
少女は無言のまま彼を見据えた。ソラは呆れたようにため息をついた。
「お前、脳みそにウジでも湧いてるのか?」
彼女は氷点下の声で言い放った。
「お前は死んだ」
ソラは面倒臭そうに言った。
「ここは死者の世界だ」
俺は数秒固まった。
そして次の瞬間。
カズマの思考が止まった。青ざめた顔から冷汗が拭いながら、彼は絶望のどん底で必死に思考を巡らせた。
死者の世界……ッ!?
そんなはず……まさか!? じゃあ、この白いドレスに茨の冠をかぶった小生意気なガキは……女神様……ッ!?
極度のパニックに陥った彼は、カズマは勢いよく土下座した。
「すいませんでした! あなたが神様だとは露知らず……! どうかお慈悲を!」
目に涙を浮かべながら、彼は死に物狂いで命乞いをした。
「はあ……どうでもいいわよ」
少女は鬱陶うっとうしそうに片手をひらひらと振り、小さくため息をついた。
「私は女神なんかじゃない。ただの案内人よ」
「案内人……?」
額を床にぴったりと貼り付けたまま、彼は問い返した。
「ちょっと待ってくれ、その『案内人』ってどういうことだ……?」
「説明してやるわ」
彼女はまるで何千回も繰り返してきたかのような機械的なトーンで語り始めた。
「天国と地獄がある。お前がどちらに行くかは、前世でどう生きたかによって決まるんだ」
土下座の姿勢のまま、男の脳みそはフル回転を始めた。
詰んだ、終わった、完全終了だ……!!
完全なパニック状態の中で、彼は言葉を失った。
俺の過去にまともな人生なんて一秒もなかったぞ! 地獄行き確実じゃないか! なんとしてもこのガキに気に入られなきゃいけない……! そうでもしないと、永遠の業火から逃れられない……!!
恐ル恐ル、彼はそっと顔を上げ、前髪を整えると、出せる限りの最も従順な笑顔を作った。
「あの……名前を聞きそびれてたなと思って……」
彼は気まずそうに口を開いた。
「ソラだ」
態度の急変に少し戸惑いつつも、彼女は答えた。
「気色悪いな、急に……そのポーズ今すぐやめろ! 異常にキモいから」
「はい……」
小さく文句を呟きながら、彼はのろのろと立ち上がり、黒いパンツの膝のあたりについた埃を手で払った。
男は、彼女がドレスの裾を整える仕草をじっと観察した。
まさか――。
彼は目の前の小さな少女を再び見つめながら、心の中でつぶやいた。
なんだかんだ言って、変態扱いして足蹴あしげにされない限り、こいつって普通に可愛い顔してやがるな。
「俺はカズマだ! よろしくな!」
カズマは愛想笑いを浮かべた。
「でさあ……この選別って、いったいどうやってやるわけ?」
その質問を耳にした瞬間、ソラの空色の瞳は、まるで珍しいおもちゃを見つけた子供のように好奇心でピカッと輝いた。
「よくぞ聞いてくれた!」
彼女はパッと明るい笑みを浮かべて声を張り上げた。
次の瞬間、まるで魔法のように、黒い布をかぶせた演台が部屋の中央にふわりと現れた。大げさな身振り手振りでソラが布を引っぺがすと、その下から隠されていた代物が姿を現した。
「これが最先端の審判テクノロジーよ!」
ソラは胸を張って誇らしげに宣言した。
布の下から現れたのは、カズマが期待していたような神々しく輝く聖遺物などではなく、歯車が剥き出しになり、あちこちでランプが怪しく点滅する、お世辞にも洗練されているとは言えない巨大なアナログメーター付きの珍妙な機械だった。片方には「天国」と光る文字で書かれ、もう片方には「地獄」の文字とともに下手くそな炎の絵が添えられている。その奇妙なガラクタのてっぺんには、色鮮やかな配線コードで本体と繋がったいかにも重そうな金属製のヘルメットが鎮座していた。
「ジャジャーン! 名付けて、魂の審判マシーン3000号だ!」
ソラは自信満々に親指を立てた。
「面倒な官僚手続きや、長々とした事情聴取はもうおしまい! このマシーンが、お前の前世での行動や意図の『本質』を数秒で読み取くれるのさ!」
カズマは息を呑み、目を血走らせながらその機械を凝視した。再びあの土下座の姿勢に戻るべきかどうか、真剣に迷い始めていた。
待て、待て、待て……魂の読み取りマシーンだと……!?
脳内でパニックの警報音が鳴り響く。
過去の三年間、部屋に引きこもって美少女ゲームばかり遊び、スナック菓子を貪り食い、ネットの掲示板でレスバトルを繰り広げ、母親からの風呂に入れという叫び声を一切無視し続けてきたこの俺だぞ、コンチクショー! こんなもので『本質』を測定された日にゃあ、一発で即死間違いなしだろ、クソが……!!
冷汗を拭いながら、彼は引きつった笑顔で必死にごまかそうとした。
「あ、あはは……すげえな、ソラ様! なんて卓越したテクノロジーだ!」
震える声を必死に抑え込み、彼は恐る恐る尋ねた。
「だがさ……こういう機械って、バグったりしないのか……? ほら、『磁気干渉』とかでさ、エラーが起きて誤判定したりとかさ……?」
ソラは腰に片手を当て、見下ろすような鋭い視線で彼を睨みつけた。
「干渉? 一体誰に向かって口を利いてるわけ? この完璧なマシーンを調整したのは、この私、この天才ソラ様ご本人だけど?」
彼女は苛立ったように言い放った。
「さっさと無駄口叩いてないで、そこに座ってヘルメットを被りなさい。お前の怪しげな執着にまみれた魂がどこ行きになるのか、今からはっきりさせてやろうじゃないの!」
不承不承、カズマは椅子に腰掛け、込み上げてくる涙を必死にこらえながら、怯えきった子供のように大声で泣き真似を始めた。
その瞬間、少女が指をパチンと鳴らした。途端に、頑丈な金属製のロック機構がガチャリと作動し、彼の両腕と両脚を椅子にがっちりと固定。同時に、天井から吊り下げられた重厚なヘルメットが重々しく下降し、彼の頭部を完全に覆い隠した。
「待て! なんだこのクソ仕様はッ!?」
彼はパニックに陥りながら叫んだ。
「あ、言い忘れてたけど」
彼女は自分の頭を軽く拳で叩き、舌をペロッと出して悪びれもせずに邪悪な笑みを浮かべた。
「もし判定が『地獄』になったら、お前はこの世界から消去デリートされるから。完全なる存在抹消ね。まあ、こっちも定員オーバーでパンク寸前だからさ、ちょうどいいのよ」
「一番大事な規約を言い忘れんじゃねえよ、このクソ女神が!」
「だから女神じゃないって言ってんでしょ! うるさい、判定スタート!」
機敏な動きで、彼女はレバーを力任せに引き下ろした。
青年の額から脂汗がとめどなく流れ落ちる。
「死にたくねえ! 死にたくねえ! 死にたくねえ! 死にたくねえッ!」
一瞬たりとも呼吸を忘れたかのように、彼は叫んだ。
機械のパネルが猛烈な勢いで回転し、ピタリと停止したその針が指し示したのは――。
地獄。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます!
不条理な世界でデス・アフターライフ送ることになったカズマと、女神じゃないのにこき使われるソラのドタバタコンビ、いかがでしたでしょうか?
次回、ついに奴隷としての過酷な初仕事が幕を開けます!
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