第7話:沼
受験を乗り越え、それなりの学力で中学校の勉強にはついていける。
”はずだった”
なぜか勉強ができない。
頭が悪い「勉強ができない」ではなく、
行動できないの方の「勉強ができない」だ。
受験でのものすごい負荷の勉強により、勉強への意欲が焼き切れてしまっていたのだ。
より正確に言えば、数学のような「その場で考えて理屈で解く」科目はどうにかできる。パズルを解明するような感覚で、まだ手が動くからだ。
最悪なのは、社会などの「暗記するためにひたすら勉強。反復練習をしないとやっていけない」タイプの科目だった。
歴史の年号、地理の用語。それを覚えようと単語帳やワークを開いた瞬間、あの小六の冬の記憶がフラッシュバックする。寝る間も惜しんで、吐き気がするほどのプレッシャーの中で、意識が朦朧とするなか強引に推し進めた日々。
でも僕の心の中の「勉強を頑張るための燃料」は、あの受験で完全に使い果たしてしまったため、再始動することすらできなくなってしまった。
それなのに、周囲からの扱いは残酷だった。
初めての定期テストが近づくにつれて、クラスの奴らは僕を「受験を経験した、勉強ができるヤツ」として扱ってくる。
あはははは〜
お調子者のフリをして普通に、普通に笑ってみているけれど、内面は死ぬほど焦りまくっている。社会なんて、まったく頭に入ってこない。どうしても体が暗記作業を拒絶する。
そんな五月のある日の放課後。
お昼の放送を終えたあと、僕と恩田結愛は放送室でテスト前の提出物であるワークを広げていた。
「あー、もう全然わかんない! 数学とかマジで意味不明なんだけど」
恩田がシャープペンを机に放り出し嘆いた。
「見せて。ここの方程式は、こうやって項を移動して、こうして、あーして……」
「えっ、すご! 一瞬じゃん! やっぱ一ノ瀬くん頭いいねー!」
恩田はパァッと顔を輝かせて僕を褒めた。
けれど、彼女は僕の机の端に置かれた『歴史』のワークを見て、少し驚いた。
「……あれ? 一ノ瀬くん、社会のワーク完全に真っ白じゃない?」
「あ、うん。……ちょっと、やる気が出なくて」
いつものドヤ顔を作る余裕もなくて、声が少しだけ低くなってしまう。
「やる気は出すものだよ!」
「今度勉強会でもやろうよ!」
恩田は落ち込んでいる僕を見て、そんなことを言い出した。
俺はすぐには乗り気になれなかった。
でも、こういうチャンスを自分のものにしていかなければ、この沼から抜け出すことはできない。
そう思って、俺は答えた。
「いいよ」
少し、自分が変わったような気もした。
本格的に中学校生活が始まり、まだ戸惑うこともあるが、小学校のころとは違うなにかに動きがあった。




