リディアside①
「フレディ?具合はどう?怪我の手当てをしてもいい? そこに座って」
ソファーに横並びに座ると、リディアはフレデリックの後頭部の手当てを始める。
「少し、沁みるかも……大丈夫?」
「リディア、君はなんて優しいんだ。私の妻。そう、私のかわいいリディア」
「フレディ⁉︎ えっ⁉︎」
フレデリックはリディアの手をとると、口付けを落とす。
「やっと、来てくれた。ずっと、待っていたんだ。今日、大事な話があると伝えていただろう? なぜ離れようとする?」
「大事な話?何を言っているの?もう、その話は終わったじゃない。覚えてないの……?」
そういえば、ジェームズが言っていたわ。フレディは、打ち所が悪くて、部分的な記憶がないとか……。
今日、話があると言ったことは覚えてるみたい。けれど、私と話した記憶がない?
部分的な記憶喪失って、そんなことがあるの?
でも、まるで別人みたい。打ち所が悪かったのね……。私のせいだわ。
「ごめんなさい……フレディ……」
無意識にフレデリックの頭を撫でる。
「リディア……」
「フ、フレディ⁉︎ ど、どうしたの、離してっ。この匂いは……お酒臭い……フレディ、飲み過ぎたのね、ちょっと離して。きゃぁっ」
フレデリックは、リディアをきつく抱きしめた後、横抱きにしてベッドへと運ぶ。
「フレディ、あなた酔っているのよ。飲み過ぎよ。今日は、もう休んだ方がいいわ。だから……離して……」
ベッドの上で組み敷かれたリディアは、混乱していた。
「そうだな、休んだ方がいいかもしれないが、まだ大事な話を伝えていない」
「大事な話?こ、この状態で聞くの?」
フレディは、いったいどれだけの量のお酒を飲んだの? こんな体勢では、何も頭に入ってこない。
「あぁ、逆に聞くがどういう風にされたいんだ?」
「される?何を?ちょっと待って、フレディ、あなた何か変よ。大事な話って?」
「それは、もちろん……寝室に呼び出したのだから、分かるだろう?リディア……」
何を言っているの……?さっきは別れようと言っていたじゃない。
忘れてしまったの?
酔っているからといって、酷い……あんまりよ……。
私は、気持ちが通じ合えたらと想っているのに。
酔った勢いで結ばれたくなんかない。
朝、目覚めたら後悔するでしょフレディ。
部分的な記憶喪失だからといって、受け入れられない。
「フレディは……誰とでもこういうことをしたいの?私達の関係が、契約結婚であること……そのことも忘れてしまったの?」
「それはっ……」
焦ったフレデリックは、手を緩める。
「覚えているのね……?嘘つき……」
「ちが、違うんだ、リディア、泣かないでくれ。ひとまず私の話を聞いてくれないか。ソファーに座ろう。リディア……、頼む」
コクンと頷くことしかできなかった。
フレデリックはリディアを抱き抱えて、ソファーへと連れて行く。
鼓動が早鐘をうつ。フレディの胸板から伝わってくる鼓動も早かった。
「リディア、私にチャンスをくれないか。明日は、私達の記念日だ。一緒に街へ行かないか。私達はデートらしいことをしたことがない。2年も一緒に暮らしていたというのに……。君の時間を私に分けてくれないか。あの頃のように、一緒に過ごしたい」
あの頃のように? 図書室で過ごした日々が懐かしい。
「ふふ……」
真っ直ぐにフレディに見つめられて、嬉しい。本心で言ってくれていると分かるから。あなたもあの頃のことを覚えていてくれたのね。でも……。記憶が混乱しているのかもしれない。だって……。
「あぁ、リディア。君の笑顔は魅力的だ。あの頃よりも、もっと」
「フレディ……本当にごめんなさい。頭を打つと、こんなにも人が変わってしまうなんて……。フレディ、大丈夫だから。勘違いしないから。何かのフィルターがかかって、私のことがそんな風に見えていると分かっているから。きっと、記憶はそのうちに元通りになるから。ねぇ、フレディ、明日は記念日なんかじゃないのよ。それでも、いいの?」
「記念日、あぁ、確かに結婚記念日ではない。明日は、リディアの髪に初めて触れた記念日だ。リディアの制服に、抜け毛がついていた日を覚えているか? 背中で見えないから取ってほしいと言ってくれた。そうだ、実際に見せよう」
おもむろに立ち上がると、フレデリックは壁に隠してある隠し棚から小袋を取り出した。
「この小袋は、形状記憶の効果があるんだ。アーサーと一緒に購入したものなんだ。アーサーのことは、今は考えないでおこう。ほら、当時のまま綺麗だ」
「気持ちわる……捨てよう。なんか、いや……」
「気持ち悪い……?いやなのか……。かわいいリディアの髪は私だけのものなのに。最後の手段として、この髪の毛があれば、どこにいようとリディアの追跡だってできるのに……。そ、そういう道具もあるとアーサーが言っていた。とにかく、元の場所に保管しておく」
フレデリックが立ち上がった隙に、リディアは急いで部屋から逃げ出す。
「フレディ、おやすみなさい!」
自室に戻ると鍵を閉めて、ベッドへと倒れ込んだ。フレディが何か言っていた気がするけど、今のフレディは普通でなない。関わってはいけない気がする。
今夜は、色々なことがあった。
いつか、終わりが来ることは分かっていた。でも……。あれからもう7年も経つのね。アーサー、元気かな……。怪我などしてないといいけど。はぁ……。いったい、どんな風に話したらいいのかな。
それに、フレディ……。怪我はすぐに治ると思うけど、あんな状態で仕事に支障はでないかしら。
目が覚めたら、元通りになっているかもしれないよね。そしたら今度は、一緒に出かけようと言ったことを忘れているのかな。
真面目なフレディが、あんな風になるなんて、なんだか可笑しい。まぁ、ちょっと、引く部分もあったけれど……。髪……、だめだめ、考えないようにしよう。
精神的な疲れもあり、リディアは深い眠りへと誘われた。




