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第54話 〜卒業〜


 四月の第一週。

 日曜日の夜。


 アンちゃんから、LINEが来た。


 *「遊馬くん、ちょっと話したいことがあるんだけど」*


 *「どうした?」*


 *「電話していい?」*


 アンちゃんが電話で「話したい」と言うのは、珍しい。

 普段は、LINEのテキストか、会った時に直接話す。


 電話に出た。


「遊馬くん」


「うん」


「あのね、今月末で、ルーナ辞めようと思ってて」


 *(来たか)*


「配信の方が忙しくなってきて、両方続けるのが、ちょっとしんどくなってきた。それに——」


 アンちゃんが、少しだけ、言葉を止めた。


「配信の方が、楽しいんだよね。お客さんと話すのも好きだったけど、画面の向こうのみんなと話す方が、私には合ってるなって」


「収入の方は大丈夫なの?」


「うん。投げ銭が安定して入るようになって、キャバの給料とトントンくらいにはなってきた。常連のリスナーさんもついてくれて、もうちょっとで追い越せると思う」


「アンちゃんがそう思うなら、いいんじゃない」


「……本当に?」


「だって、アンちゃんが自分で決めたことでしょ。俺は応援するよ。できることはサポートする。」


 電話の向こうで、アンちゃんが笑った。


「ありがと。あとね、最終出勤の日、来てくれない? 四月の最後の金曜日。二十五日」


「行くよ」


「ほんと? 嬉しい。最後の日に、遊馬くんが来てくれたら、ちゃんと終われる気がする」


 *(ちゃんと終われる、か。アンちゃんにとって、ルーナはただのバイト先じゃなかったんだな)*


「最終日、何かするの?」


「常連さんたちと、軽く乾杯くらいかな。店長と相談してて、ささやかにやろうって。あんまり派手なの、私の柄じゃないし」


「ささやか、ね」


「うん。四年間支えてくれた人たちに、ちゃんと『ありがとう』を言えたらそれでいい」


 *(ささやかに、か。アンちゃんらしい。でも——)*


 *(四年も働いた場所の、最後の夜だ。もう少しちゃんと、見送ってもいい)*


「アンちゃん」


「ん?」


「俺の方から、ちょっと派手なやつ、足させてもらっていい?」


「派手なやつ?」


「卒業祝い。せっかくだから、華やかに行こう」


「えっ、何それ。何するつもり」


「シャンパンタワー」


 電話の向こうで、アンちゃんが、一瞬黙った。


「……シャンパンタワーって、本当に?」


「うん」


「いやいやいや。ルーナでシャンパンタワーって、相当だよ?」


「だよね。二千万くらいのでお願い」


「!?」


「派手にいこう。アンちゃんの最後だから」


 アンちゃんが、何かを言いかけて、やめた。

 しばらく、電話の向こうで黙っていた。


「……遊馬くん、ほんと、意味わかんない人だよ」


「褒め言葉として受け取っておく」


「褒めてないし」


 でも、声が、少しだけ、笑っていた。


「店長には、俺から先に連絡しておく」


「もう、そこまで決めてんじゃん」


「決めてからアンちゃんに言うのは違うかなと思って、今聞いた」


「順番、ぎりぎり大丈夫だね」


 アンちゃんが、笑いながら言った。


「じゃあ、二十五日ね。待ってるね」


「ああ。アンちゃんも、最後までよろしく」


 電話を切った。


 窓の外の夜景を見た。

 四月の東京は、桜が終わりかけている。

 ビルの間に見える街路樹が、薄桃色の花びらをわずかに残していた。


 *(アンちゃんがルーナを辞める。あの店で初めて隣に座った日から、もう一年以上が経った)*


---


 四月二十五日。金曜日の夜。


 吉野さんの車で、六本木に向かった。

 スーツは着ていない。普段通りの、ジャケットにTシャツ。

 客として行くのだから、気取る必要はなかった。


 六本木の交差点を過ぎて、路地を入る。

 雑居ビルの三階。「LUNA」の看板。

 何度も来た場所だった。


 階段を上がって、ドアを開けた。


 店内は、いつもより、明らかに華やかだった。

 テーブルの上に、ピンクのバラと白いカスミソウが飾られている。


 そして、店の中央——いつもならフロアになっている場所に、ガラスのピラミッドがそびえていた。

 七段。グラスは百を超える。透明な層が、店内の照明を受けて、静かに光っていた。

 昼間に頼んでおいたシャンパンタワーの、骨組みだ。営業前から組まれていて、あとはシャンパンを注ぐだけ。


 席はほとんど埋まっていた。スーツの男たち、ジャケット姿の年配の客、若い男のグループ。みんな、アンちゃんの常連たちだろう。

 最後の夜だと知って、四年分の指名客が、それぞれの予定を空けて来ていた。


 黒服のスタッフが、席に案内してくれた。


「桐島様、お久しぶりです。本日は、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。例の件、店長と詰めてもらえました?」


「はい。すべて準備が整っております。十一時半過ぎ、アンちゃんが他のお客様への挨拶を一通り終えたタイミングで、ご案内いたします」


「お願いします」


「ありがとうございます」


 席に着いた。

 水割りを注文した。


 店内を見回した。

 ルーナは、六本木のキャバクラの中では、派手な店ではない。

 落ち着いた照明。暗すぎず、明るすぎず。

 客層も、騒がしいタイプは少ない。

 アンちゃんが長く働けたのは、この店の雰囲気のおかげもあるだろう。


 水割りが来た。

 一口飲んだ。


「遊馬くん!」


 アンちゃんが、来た。

 黒いドレス。いつもより少し大人っぽい。

 髪をアップにしていて、首筋にシルバーのネックレスが光っていた。


「来てくれた」


「来るって言ったでしょ」


 アンちゃんが、隣に座った。

 ふわりと、いつもの香水の匂いがした。


 アンちゃんが、店の中央のタワーを、ちらっと見た。


「あれ、ほんとに置いてあるんだね」


「だから言ったでしょ」


「うん。覚悟はしてたんだけど。実物がそこにあると、ちょっと頭がついていかない」


「あとで注ぐから、まあ、楽しみにしといて」


「楽しみ、なのかな……」


 アンちゃんが、苦笑いを浮かべた。

 でも、嫌そうではなかった。


「今日で最後なんだ」


「うん。四年間。大学二年の時から」


「四年は長いね」


「うん。長かった。でも、あっという間だったなあ」


 アンちゃんが、グラスの水割りを受け取った。

 乾杯はしなかった。二人とも、そういうタイプじゃない。


「最初の頃、全然お客さんつかなくてさ。話も下手だし、お酒も弱いし。店長に何回も怒られた」


「アンちゃんが? 想像できないな」


「ほんとだよ。指名ゼロの日とか、普通にあったんだから。泣きながら帰ったこともある」


 アンちゃんが、少しだけ目を細めた。

 昔を懐かしむ表情だった。


「でも、半年くらい経ったら、指名がつくようになって。常連さんが増えて。気づいたら、この店が居場所になってた」


「いい店だよね。雰囲気が」


「うん。店長が作った空気だと思う。派手なことしなくていい、ちゃんと話を聞ける子を育てるって方針で」


 店長の話は、前にも聞いたことがある。

 アンちゃんは、この店と、この店を作った人への敬意を持っている。

 それが伝わってくる。


「遊馬くんが最初に来た時のこと、覚えてる?」


「覚えてるよ。去年だった」


「そう。フリーでご新規。私が席についたら、メニュー見てる顔が真剣すぎて笑った」


「ドリンクの種類、多すぎたんだよ」


「で、最初に頼んだのが『とりあえずビール』。あまりに普通すぎて、ちょっと笑った」


「無難に行ったんだよ」


 アンちゃんが、声を出して笑った。

 この笑い方は、キャバクラの営業スマイルじゃない。素の笑い方だ。


「お仕事は? って聞いたら、『ギャンブルしてます。副業で投資を少し』って言ったでしょ」


「うん」


「それ絶対逆でしょって突っ込んだら、『本当にギャンブルがメイン』って真顔で言うから、やばい人来ちゃったって思った」


「失礼な」


「でも、話してて全然嫌な感じじゃなくて。二十分くらい喋ったら、私が他のお客さんのところ回らないとって言ったら、『このままいてもらうことできます?』って。フリーで来た人が、いきなり場内指名してくるの、なかなかいないんだから」


「居心地がよかったから」


 水割りを飲んだ。

 ルーナの水割りは、いつも同じ濃さだ。


「ねえ、遊馬」


「ん?」


「遊馬くんがいなかったら、私、配信やってなかったと思う」


「それは違うよ。藤原さんがアンちゃんの才能を見抜いて、水野さんが背中を押して——」


「そうだけど。でも、最初にKY Liveの話をしてくれたのは遊馬くんじゃん。『うちの事務所でやってみない?』って。あの一言がなかったら、私はまだここにいたと思う」


 アンちゃんが、グラスの氷を、ゆっくり指で回した。


「ここが嫌だったわけじゃないよ。でも、ずっとここにいるのも違うなって、どこかで思ってた。かといって、何をすればいいかわからなかった。遊馬くんが、選択肢をくれた」


「……買い被りすぎだよ」


「ほんとのことだもん」


 アンちゃんが、こちらを見た。

 きれいな目をしていた。


---


 十一時を過ぎた頃、店長が挨拶に来てくれた。


 五十代くらいの女性。黒いワンピースに、パールのイヤリング。

 落ち着いた物腰だが、目に力がある。


「桐島さん、いつもアンちゃんを指名してくださって、ありがとうございました」


「こちらこそ。いい店でした」


「アンちゃんには、うちで一番長く働いてもらいました。最初は、泣いてばっかりだったんですよ。でも、一番成長したのも、あの子です」


 店長が、アンちゃんの方を見た。


「アンちゃん。四年間、よく頑張ったね」


「店長、ありがとうございました。本当に」


 アンちゃんの声が、少しだけ、震えた。


「泣くんじゃないわよ。最終日に泣いたら、お客さんに心配されるでしょ」


「泣いてないし」


「目が赤いわよ」


 店長が笑った。

 アンちゃんが、唇を噛んで笑った。


「新しいお仕事、頑張ってね。配信の方も、時々見てるわよ。焼肉の話ばっかりしてるけど」


「見てくれてるの!?」


「お店が暇な時にね。あ、今の録音しないでよ。店長がTikTok見てるとか、お客さんに知られたら恥ずかしいから」


 店長が去った後、アンちゃんが小さく息を吐いた。


「店長、配信見てくれてたんだ。知らなかった」


「いい人だね」


「うん。店長には、すごくお世話になった」


---


 十一時半。


 黒服のスタッフが、こちらに小さく頷いた。

 昼間に店長と詰めていた、その時間だった。


「桐島様、お時間です。よろしいでしょうか」


「お願いします」


 黒服が、深くお辞儀をして下がった。


 店内の音楽が、ゆっくりとフェードアウトした。

 照明が少し落ちて、店の中央にずっとあったタワーに、スポットライトが当たった。

 透明なピラミッドが、急に主役になった。


 常連たちも、何が始まるかを察したように、こちらをチラチラと見ていた。

 店長が、奥のカウンターから、こちらに目で合図を送ってきた。

 俺は、軽く頷いた。


 金色のボトルが運ばれてきた。

 アルマンド・ドゥ・ブリニャック。通称、アルマンド・ゴールド。

 金色のエースのマークが刻まれたボトルが、ワゴンの上にずらりと並んだ。


 店内が、静まった。

 他の客も、キャストたちも、全員がタワーの方を見ていた。


 黒服が、最初の一本の封を切った。


「アンちゃんの四年間に、乾杯」


 俺が言った。

 自分でも、気恥ずかしかった。でも、言いたかった。


 金色のシャンパンが、最上段のグラスに注がれた。

 泡が立ち上がって、グラスから溢れた。

 二段目のグラスに流れ落ちていく。

 三段目。四段目。

 金色の液体が、ガラスの階段を一段ずつ降りていった。


 二本目が開いた。三本目。四本目。

 空っぽだったタワーが、ゆっくりと、金色に染まっていった。


 店内から、拍手が起きた。

 キャストの女の子たちが、「すごい」「きれい」と声を上げていた。

 常連の客たちも、立ち上がってタワーを見上げていた。

 四年間、何度もアンちゃんを指名してきた人たちだ。今日この夜のために、それぞれ予定を空けて、ここに集まった人たちだ。

 その視線が、全員、アンちゃんに向いていた。


 アンちゃんは、タワーを見上げていた。

 金色の光が、アンちゃんの目に映っていた。


「遊馬くん」


「ん」


「ほんとに、やってくれちゃった」


「事前に言った通りでしょ」


「うん。最初から置いてあるの、ずっと視界の端で気にはなってたけど。実際にシャンパンが注がれてくと、やっぱり別格」


 アンちゃんが、唇を噛んで笑った。

 でも、目が潤んでいた。


「あと、これだけお客さん来てくれてるのもさ。卒業なんだなって、ようやく実感する」


「みんな、アンちゃんに会いに来てるんだよ」


「うん。ほんと、ありがたい」


 アンちゃんが、店内をぐるりと見回した。

 常連の一人と目が合って、軽く手を振り合った。


「ばか。こんなことされたら、泣くなって言っても無理じゃん」


「店長に怒られるよ」


「もう最終日だから関係ない」


 アンちゃんが、目尻を指で拭った。

 笑いながら、泣いていた。


 タワーの一番上のグラスを取った。

 アンちゃんにも、一つ渡した。


「四年間、お疲れさま」


「ありがとう。ほんとに、ありがとう」


 乾杯した。

 アルマンドの泡が、口の中で弾けた。

 甘くて、きれいな味がした。


 店長が、少し離れたところから見ていた。

 何も言わなかったが、口元が、少しだけ、ほころんでいた。


---


 深夜零時。

 ルーナの営業が終わった。


 アンちゃんは、他の客にも挨拶を回っていた。

 常連たちが、花束やプレゼントを渡していた。

 小さなテーブルの上に、花束が四つ。紙袋が三つ。


 四年間の指名客の数が、そこに表れていた。


 最後の挨拶が終わった。

 スタッフの子たちが、裏口でアンちゃんを見送っていた。

 若い女の子が二人、泣いていた。

 アンちゃんは泣かなかった。笑って、ハグして、「ありがとう」と言っていた。


 店を出た。

 六本木の深夜の空気が、四月の夜風をまとっていた。


 アンちゃんが、花束を抱えて、隣に立っていた。

 黒いドレスの上に、ベージュの薄いコートを羽織っている。


「終わった」


「お疲れさま」


「うん。終わった」


 アンちゃんが、空を見上げた。

 六本木の空は、ネオンで明るい。星は見えない。


「遊馬くん」


「ん」


「私、明日からキャバ嬢じゃないんだよ」


「そうだね」


「ただの配信者。水沢アン」


「ただの、じゃないでしょ。フォロワー一万三千人の配信者」


「そうだった。一万三千人だった」


 アンちゃんが、ふふっと笑った。


「でも、ここで学んだことは、全部配信に活きてるなって思う。人の話を聞くこと。場の空気を読むこと。相手が何を求めてるか察すること。全部、ルーナで教わった」


「いい四年間だったんだね」


「うん。最高だった」


 吉野さんの車が、路地の先に待っていた。


「送るよ」


「ありがと」


 車に乗った。

 花束を、アンちゃんが膝の上に乗せた。

 バラの香りが、車内に広がった。


 六本木の通りを抜けて、渋谷方面に向かった。

 アンちゃんのマンションは、渋谷の駅から少し歩いたところにある。


 車の中で、アンちゃんは静かだった。

 窓の外の夜景を、ぼんやり見ていた。


「アンちゃん」


「ん?」


「配信、楽しい?」


「楽しい。すごく」


「なら、良かった」


 それだけで十分だった。


 アンちゃんのマンションの前で、車が停まった。


「遊馬くん、今日ほんとにありがとう。最後の日に来てくれて」


「いい夜だったよ」


「うん。いい夜だった」


 アンちゃんが、花束を抱えて車を降りた。

 振り返って、手を振った。

 黒いドレスにベージュのコート。腕の中のピンクのバラ。


 車が走り出した。

 バックミラーの中で、アンちゃんが小さくなっていった。


---


 帰りの車の中。


 窓の外を、深夜の東京が流れていた。

 渋谷のスクランブル交差点が、この時間でも明るい。


 *(アンちゃんが、ルーナを辞めた。キャバ嬢じゃなくなった)*


 *(あの店で初めて会った時、アンちゃんは普通のキャバ嬢だった。きれいで、話が上手くて、客を楽しませるのが得意で。でも、それだけだった)*


 *(今は、一万三千人が見ている配信者だ。自分の言葉で、自分の声で、画面の向こうの人たちと繋がっている。ルーナのテーブルの上で培ったスキルが、もっと大きな場所で活きている)*


 *(いい卒業だった)*


 タワーマンションに着いた。

 リビングに入って、ソファに座った。

 コーヒーを淹れるのは、やめた。

 水割りを一杯だけ、自分で作った。


 窓の外の夜景を見た。

 四月の深夜。

 東京の光が、いつもより少しだけ、柔らかく見えた。


 *(アンちゃんの配信者としてのキャリアは、ここから本格的に始まる。キャバクラとの掛け持ちがなくなれば、配信時間も伸ばせる。常連のリスナーが増えれば、ギフトも積み上がる。フォロワーも伸びる)*


 *(俺は、環境を整えるだけだ。スタジオを広げて、サポートを厚くして。あとは、アンちゃん自身の力だ)*


 水割りを飲み干した。

 グラスを流しに置いて、シャワーを浴びた。


 ベッドに入って、懐中時計を枕元に置いた。

 冷たかった。


 *(明日は、日曜日だ。競馬がある)*


 目を閉じた。


---


 日曜日。


 朝、目が覚めて、懐中時計を握った。

 温かかった。


 映像が、来た。


 多摩川競艇。第九レース。

 一号艇が、イン逃げ。二号艇が差して二着。六号艇がまくり差しで三着。


 *(多摩川か。午後のレースだ)*


 シャワーを浴びて、コーヒーを淹れた。


 午後。

 吉野さんの車で、多摩川競艇場に向かった。


 四月の多摩川。河川敷の桜が、最後の花びらを散らしていた。

 競艇場のスタンドから、多摩川の水面が光っているのが見えた。


 第九レース。

 3連単。1-2-6。

 五万円。


 一号艇がスタートを決めて、そのままイン逃げ。

 二号艇が差し。六号艇が、外からまくり差しで三着に入った。


 1-2-6。確定。


 払い戻し。

 3連単。配当、四十二倍。

 五万円が、二百十万円。


 *(二百十万。控えめだが、堅い配当だ)*


 桜の花びらが、スタンドの通路に舞い込んできた。

 四月の風が、冬の名残を吹き飛ばしていた。


 スマートフォンを見た。

 アンちゃんのTikTokのアカウントを開いた。

 昨夜——ルーナの最終出勤日の翌日の昼に、配信をしていた。

 タイトルは「新しいスタート」。


 アーカイブを覗いた。

 同時視聴が八百人を超えていた。

 アンちゃんがキャバクラを卒業したことを報告する配信で、コメント欄が温かいメッセージで埋まっていた。


 *(八百人。デビューの時は二百六十七人だった。半年で、三倍になった)*


 アーカイブを閉じた。


 多摩川の水面が、午後の光を反射してきらきらと光っていた。


---


**── 残高メモ(第54話)──**


*アンちゃんがキャバクラ「ルーナ」を卒業。最終出勤日に遊馬が来店し、アルマンドのシャンパンタワー(約2,000万円)で卒業を祝う。配信者・水沢アンとして専業に。フォロワー13,000人、同時視聴800人規模に成長。*


### 個人資金(桐島遊馬)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約24,205.8万円 |

| 多摩川競艇 3連単(5万→210万) | +約205万円 |

| 競馬・競艇収入(4月上旬〜下旬・片手間分) | +約180万円 |

ルーナ最終出勤日アルマンド・シャンパンタワー | ▲約2,000万円 |

| 生活費・飲食費等 | ▲約5万円 |

| **桐島遊馬 個人資金** | **約22,585.8万円** |


### 法人資金(KY Holdings)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約14,017.4万円 |

| FORECAST 4月月次売上(横ばい安定) | +約770万円 |

| 不動産賃料収入(4月分・既存4物件) | +約197万円 |

| オフィス賃料・人件費等(4月分) | ▲約390万円 |

| 宮本エンジニア給与(4月分) | ▲約58万円 |

| 融資返済(4月分・初回)| ▲約180万円 |

| **KY Holdings 法人口座** | **約14,356.4万円** |


*注:融資返済開始。月額約180万(元金167万+利息約12万)。借入残高:約9,833万円。不動産頭金5,000万+旋盤残金1,400万+スタジオ残金1,200万は今後支出予定。*


### KY Live


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約240.5万円 |

| ギフト収入合計(事務所分10%・全ライバー・4月) | +約53万円 |

| 人件費・ライバーサポート等(4月分) | ▲約160万円 |

| **KY Live 法人口座** | **約133.5万円** |


*注:水沢アンがキャバクラ卒業、ライバー専業に。フォロワー13,000人。キャバクラとの掛け持ちがなくなり、配信頻度が上がる見込み。月間ギフト収入(事務所分)53万に成長。赤字幅は月107万に縮小。KY Liveのキャッシュが薄くなっており、来月以降KYHからの追加注入が必要。配信収益はほぼ全額がギフト(投げ銭)由来で、企業案件はほとんどない。*


### ナカジマ精工


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約4,555万円 |

| 受注加工売上(4月分) | +約385万円 |

| 大手メーカー継続取引(4月分) | +約125万円 |

| 人件費(従業員14名・社保込み) | ▲約350万円 |

| 研究費・材料費 | ▲約50万円 |

| 工場賃料(桐島個人名義物件) | ▲約30万円 |

| 光熱費・設備維持費 | ▲約40万円 |

| **ナカジマ精工 口座残高** | **約4,595万円** |


*注:月次黒字5ヶ月連続。五軸CNC旋盤は6月中旬納品予定。*


---


### 全体サマリー(第54話時点)


| 口座 | 残高 |

|:--|--:|

| 桐島遊馬(個人) | 約22,585.8万円 |

| KY Holdings(法人) | 約14,356.4万円 |

| KY Live | 約133.5万円 |

| ナカジマ精工 | 約4,595万円 |


*融資借入残高:約9,833万円。*


---


*【第55話 へ続く】*


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