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第46話 〜デビュー〜


 九月。

 最初の金曜日。


 恵比寿のオフィスで、山下さんから月次報告を受けた。


「まず、人事から。FORECAST用のエンジニアが、今週から着任しています。三十二歳、前職はフィンテック企業でAIモデルの運用を担当していた方です。小林さんとの相性も良好で、すでに引き継ぎが始まっています」


「早いね。小林さんの反応は?」


「嬉しそうでした。表情はいつも通りでしたが、引き継ぎ資料を事前に用意していたので、相当楽しみにしていたんだと思います」


 *(小林さんらしいな。言葉じゃなくて、行動で気持ちを表す人だ)*


「KY Liveのマネージャーも、先週から稼働しています。二十八歳、前職は中堅のライバー事務所でタレントマネジメントをしていた方。藤原さんが面接を担当して、即決でした」


「藤原さんが即決するなら、間違いない」


「名前は、河村さん。女性です。スカウト候補への連絡も、河村さんが引き継いで進めています」


「了解。次は?」


「FORECASTの九月見込みです。有料課金者数は八千二百人。先月から三百人の減少です。減少幅は縮まっていますが、まだ止まっていません。小林さんのコラム配信が始まって、解約率は改善傾向です。月商は、広告含めて約八百万の見込みです」


 *(八百万か。ピーク時から二割減。でも、小林さんのコラムが効いているなら、底は近い)*


「不動産は?」


「安定稼働。全物件、入居率百パーセント維持です。九月の賃料収入は約百九十七万」


「ナカジマ精工は」


「松田社長から報告が来ています。大手医療機器メーカーからの試作依頼が入ったそうです。チタン合金の微細加工で、うちの技術を使いたいと。規模は小さいですが、実績として大きい」


「いいニュースだ。松田さんに、何か必要なものがあれば言ってくれって伝えてくれ」


「承知しました」


---


 同じ日の夜。

 今日は、アンちゃんの初配信の日だった。


 テスト配信は、三回やった。

 二回目からは、カメラ目線が安定して、話題の切り替えもスムーズになった。

 三回目は、藤原さんが「本番でも大丈夫です」と太鼓判を押した。


 午後八時。

 タワーマンションのリビングで、スマートフォンを手に取った。

 TikTokの、水沢アンのアカウントを開いた。


 告知は、三日前から出していた。

 KY Liveの公式アカウントと、水野さんのアカウントからも発信。

 水野さんが昨夜の配信で「明日、新しい仲間が初配信します。絶対見てほしい」と告知してくれていた。


 八時ちょうど。

 「LIVE」が灯った。


 タップした。


 アンちゃんが、映った。

 スタジオの配信ブース。

 背景は、アンちゃんが自分で選んだという淡いピンクの壁紙に、ドライフラワーのアレンジメント。

 照明が、きれいに当たっていた。


 アンちゃんは、少しだけ化粧を濃くしていた。

 普段とは違う、画面映えを意識したメイク。

 白いオフショルダーのトップスに、ゴールドの小さなネックレス。


「こんばんは。初めまして。水沢アンです」


 声が、少しだけ震えていた。

 でも、テスト配信の時よりも、ずっと落ち着いていた。


「今日から、KY Liveという事務所の所属ライバーとして、配信を始めます。よろしくお願いします」


 コメントが、画面の下から湧き上がり始めた。

 「水野さんの紹介で来ました!」「初配信おめでとう」「かわいい」「声いいね」。


「ありがとうございます。えっと、今日は自己紹介をしながら、みなさんとお話ししたいなと思います」


 水野さんの初配信と、同じテーマ。

 でも、アンちゃんの語り口は、水野さんとは全然違っていた。


「私、六本木でキャバクラのお仕事をしてるんですけど——あ、これ言っていいのかな。いいよね。隠すことでもないし」


 笑った。

 カメラに向かって、少し首を傾けた。


 コメントが加速した。

 「キャバ嬢ライバー!」「かっこいい」「堂々としてるの好き」。


「キャバの仕事って、意外とコミュ力がいるんですよ。知らない人と、いきなり一対一で話さなきゃいけないから。最初は大変だったけど、今は楽しいです。で、配信も同じかなって思ったんです。知らない人と話す。でも、楽しい」


 話し方が、テスト配信の時よりも、さらに自然になっていた。

 緊張はしている。でも、それを隠さない。

 テスト配信で藤原さんが言っていた「自己開示の自然さ」が、画面越しに伝わってくる。


 視聴者数が上がっていった。

 百。百五十。二百。


「好きなものの話をしていいですか? 焼肉が好きです。もう、異常に好き。週二で行きます。タン塩から始まって、ハラミ、カルビ。カルビだけはタレ。これ譲れない」


 テスト配信で話した内容を、もう一度。

 でも、ライブの空気の中で話すと、全然違う熱量があった。


 コメントが爆発した。

 「週二はすごい」「焼肉配信やってほしい」「タレ派です」「塩一択」。


「え、タレ派と塩派で争ってる。やめてやめて、戦争が起きる」


 笑いながら、コメントを拾っていった。

 一つ一つに反応する。名前を読む。リアクションを返す。

 キャバクラで培った、一対一の会話力が、一対多の配信でも機能していた。


 藤原さんが評価した通りだった。


 二十分経った。

 ギフトが飛び始めた。

 スターが画面を横切る。フラワーのエフェクトが咲く。


「え、ギフト!? ありがとうございます。すごい、初めてもらいました。あ、もう一個来た。嬉しい」


 アンちゃんのリアクションは、水野さんとは少し違っていた。

 水野さんは、静かに嬉しそうにする。

 アンちゃんは、テンションが上がる。声が高くなって、笑顔が弾ける。

 どちらも、嘘がない。でも、タイプが違う。


 *(この二人がいれば、事務所の色が出せる。水野さんの落ち着きと、アンちゃんの明るさ。対照的で、いいバランスだ)*


 視聴者数が、二百五十を超えた。


 俺は、匿名のアカウントで、ギフトを贈った。

 レインボー。画面いっぱいに、虹のエフェクトが広がった。


「え、レインボー!? 嘘でしょ。初配信でレインボーもらっちゃった。匿名さん、ありがとうございます。ほんとにありがとう。泣きそう」


 アンちゃんが、本気で目を潤ませていた。

 泣きはしなかった。でも、感情が溢れそうになっているのが、画面越しに伝わってきた。


 コメント欄が盛り上がった。

 「レインボーきた!」「太っ腹」「初配信で虹は強い」。


 *(いいデビューだ)*


 配信の後半。

 アンちゃんが、水野さんの話をした。


「実は、私がライバーを始めようと思ったきっかけは、同じ事務所の水野まりさんの配信を見たからなんです。水野さんの配信って、見てるとすごく温かい気持ちになるんですよ。あの人みたいになりたいなって思って」


 コメントに「水野さんのファンです!」「二人のコラボ見たい」という声が混じった。


「コラボ!? いいですね、やりたい。水野さんに相談してみます」


 配信終了。

 九時五分。

 約一時間。


「今日は、来てくれてありがとうございました。すっごく緊張したけど、みんなのコメントが嬉しくて、あっという間でした。また明日も配信するので、来てくれたら嬉しいです。おやすみなさい」


 アンちゃんが、手を振った。

 画面が暗くなった。


 藤原さんからLINE。


 *「初配信、成功です。同時視聴ピーク267人。ギフト収入合計28,000円相当。水野さんの初配信と比べても遜色ない数字です」*


 *「水野さんとアンちゃんのタイプが違うのがいいね。事務所としての幅が出る」*


 *「はい。コラボ配信も、近いうちに企画します。二人の掛け合いは、視聴者にとっても新鮮だと思います」*


 スマートフォンを置いた。

 窓の外の夜景を見た。


 *(アンちゃんが、始まった)*


---


 翌日の土曜日。

 午後。


 代官山のイタリアンで、桑原さんと食事をした。

 吉野さんに車で送ってもらって、店の前で降りた。

 桑原さんは、すでに席に着いていた。


「ごめん、待った?」


「ううん。五分くらい。久しぶり」


 桑原さんが、メニューを開きながら微笑んだ。

 白いリネンのシャツに、ネイビーのワイドパンツ。落ち着いた装い。

 桑原さんは、いつも服のセンスがいい。


「最近どう? 翻訳の方は」


「締め切りに追われてる。フランス語の小説を一本と、ビジネス書を一本、同時進行で。フランス語の方が好きなんだけど、ビジネス書の方が締め切りが先で」


「大変そうだね」


「うん。でも、好きな仕事だから。締め切りのストレスも、嫌いじゃないかな」


 桑原さんは、自分の仕事を楽しんでいる人だ。

 愚痴を言わない。大変なことも、淡々と受け入れて、自分のペースで消化していく。


「遊馬くんは? 相変わらず忙しそう」


「まあ、ぼちぼちね。新しい事業が動き始めたから、そっちに手がかかってる」


「何の事業?」


「ライバー事務所。TikTokの配信者をマネジメントする会社」


「へえ。遊馬くん、本当にいろんなことやるね」


 桑原さんが、感心したように笑った。

 この人は、俺の仕事に深く踏み込んでこない。

 興味がないわけじゃなく、適切な距離を保っている。

 それが、居心地がいい。


 前菜が運ばれてきた。

 生ハムとブッラータチーズ。白ワインを一杯ずつ。


「桑原さんって、翻訳以外に何かやりたいこととかある?」


「うーん。旅行かな。翻訳した本の舞台になった場所に、いつか行ってみたいの。去年翻訳したフランスの小説が、プロヴァンスが舞台だったんだけど、ラベンダー畑の描写を訳しながら、実物を見てみたいなってずっと思ってた」


「いいね。プロヴァンス」


「でしょ。いつか行けたらいいな」


 桑原さんが、ワインを一口飲んだ。

 夕方の光が、テラス席に差し込んでいた。

 九月に入って、東京の空気が少しだけ変わった。真夏の重さが抜けて、乾いた風が吹き始めている。


 パスタが来た。

 桑原さんはボンゴレ・ビアンコ。俺はカルボナーラ。


「美味しい。この店、当たりだね」


「でしょ。前に仕事の打ち上げで来て、気に入ったの」


 食事の後、コーヒーを飲みながら、他愛もない話をした。

 最近読んだ本の話。桑原さんが翻訳中の小説の裏話。東京で見つけた隠れ家的なカフェの話。


 会計を済ませて、店を出た。

 代官山の並木道を、少し歩いた。


「ねえ、このあと、うち来る?」


 桑原さんが、さりげなく言った。


「行く」


 タクシーを拾った。

 桑原さんのマンションは、恵比寿にある。

 車で十分もかからなかった。


---


 日曜日の昼前。

 桑原さんのマンションを出た。


 恵比寿の街を歩いた。

 九月の日差しは、八月よりも柔らかかった。


 吉野さんに連絡して、迎えに来てもらった。

 車の中で、スマートフォンを開いた。


 アンちゃんのTikTok。

 昨夜の配信のアーカイブ。

 初配信の翌日も、ちゃんと配信していた。


 *(毎日やる。その覚悟が、もう出来ている)*


 続いて、水野さんのアカウント。

 フォロワーが四千人を超えていた。

 配信開始から一ヶ月で四千人。かなりいいペースだ。


 藤原さんからの週次レポートが、LINEに届いていた。


 *「水野さん:フォロワー4,100人。同時視聴平均600人。ギフト収入は月間で約15万円相当(事務所分1.5万)。企業案件の打診が2件入っています」*


 *「水沢さん:初配信同時視聴ピーク267人。2日目は180人。フォロワー320人。初月は水野さんのペースに近い推移になると予測しています」*


 *「河村マネージャー:スカウト候補のゲーム配信者(フォロワー2.3万)と面談完了。前向きに検討中。来週返事をもらう予定です」*


 返信した。


 *「いい流れだね。企業案件の2件、詳細を今度聞かせて」*


---


 日曜日の夜。

 大井競馬場。ナイター。

 吉野さんの車で向かった。


 九月の大井は、夏の終わりの匂いがした。

 照明塔の明かりが、少し秋めいた空に映えている。


 ビールと焼き鳥を買って、指定席に座った。


 時計が温かくなった。

 握った。


 第十レース。

 最終レース。

 ダート1600メートル。

 六番が逃げ切る映像。四番が二着。一番が三着。


 3連単。6-4-1。


 出走表を見た。

 六番は、逃げ馬。前走は出遅れて惨敗だったが、今回は内枠。スタートさえ決まれば、この馬の逃げ足は侮れない。四番は堅実に走る差し馬。一番は、十番人気の穴馬。1600メートルの持ち時計は悪くないが、近走の成績が振るわない。


 *(最終レースの荒れ馬券。今日は、これだけでいい)*


 3連単。6-4-1。

 五万円。


 レースが始まった。

 六番が、スタートを決めた。内枠からすっと前に出て、先頭に立つ。

 二番手に三番。六番のペースが速い。

 後続が追いかけるが、六番のリードが広がっていく。


 三コーナー。

 四番が、外から進出を開始した。

 一番は、後方から、内をロスなく回っている。


 直線。

 六番が粘る。四番が迫る。

 残り二百メートルで、四番が六番に並びかけた。

 しかし、六番が踏ん張った。半馬身差で逃げ切った。

 四番が二着。一番が、内から伸びて三着。


 6-4-1。確定。


 払い戻し。

 3連単。配当、九十四倍。

 五万円が、四百七十万円。


 *(四百七十万。控えめだが、悪くない)*


 ビールを飲み干した。

 秋の夜風が、スタンドを吹き抜けていった。


---


 月曜日。

 オフィスで、山下さんと短い打ち合わせ。


「会長、先週の増資の手続きが完了しました。個人から法人への三千万円の資本金増資。登記も完了しています」


「ありがとう。法人の口座は、今いくらくらい?」


「直近で約四千七百万です。FORECASTの九月売上と不動産賃料を加え、各種コストを差し引いた見込みです。新しいエンジニアの給与分が増えていますが、増資の効果で余裕はあります」


「いい。しばらくは、この水準を維持したい」


「はい」


 *(事業の歯車が、それぞれのペースで回っている。小林さんは新しいアルゴリズムの研究に集中できるようになった。藤原さんは河村さんを得て、KY Liveの拡大に本腰を入れ始めた。松田さんのナカジマ精工にも、外部からの引き合いが来た)*


 *(一個ずつ。焦らない。でも、止めない)*


---


**── 残高メモ(第46話)──**


*アンちゃん初配信成功(同時視聴267人)。桑原さんと食事。KY Liveマネージャー河村さん着任。FORECASTエンジニア着任。大井競馬ナイター的中。*


### 個人資金(桐島遊馬)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約17,686.8万円 |

| 大井競馬ナイター 3連単(5万→470万) | +約465万円 |

| 競馬・競艇収入(8月下旬〜9月初旬・片手間分) | +約250万円 |

| 飲食費(代官山イタリアン等) | ▲約5万円 |

| 水沢アン配信への匿名ギフト | ▲約1万円 |

| **桐島遊馬 個人資金** | **約18,395.8万円** |


### 法人資金(KY Holdings)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約4,234.4万円 |

| FORECAST 9月月次売上(減収継続) | +約800万円 |

| 不動産賃料収入(9月・全物件) | +約197万円 |

| オフィス賃料・人件費等(9月分) | ▲約390万円 |

| 新エンジニア給与(9月分) | ▲約58万円 |

| **KY Holdings 法人口座** | **約4,783.4万円** |


### KY Live


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約638万円 |

| 水野まり配信 ギフト収入(事務所分10%・9月分) | +約1.5万円 |

| 水沢アン配信 ギフト収入(事務所分10%・初配信分) | +約0.3万円 |

| 藤原誠 月額報酬(9月分) | ▲約60万円 |

| 河村マネージャー 月額報酬(9月分) | ▲約40万円 |

| 水野まり 月額サポート(9月分) | ▲約15万円 |

| 水沢アン 月額サポート(9月分・初月) | ▲約15万円 |

| **KY Live 法人口座** | **約509.8万円** |


*注:KY Liveは人件費先行でキャッシュ減少中。ギフト収入の成長と企業案件で回収予定。*


### ナカジマ精工


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約3,585万円 |

| 受注加工売上(9月分) | +約340万円 |

| 大手医療機器メーカー試作案件(着手金) | +約50万円 |

| 人件費(従業員14名・社保込み) | ▲約350万円 |

| 研究費・材料費 | ▲約50万円 |

| 工場賃料(桐島個人名義物件) | ▲約30万円 |

| 光熱費・設備維持費 | ▲約40万円 |

| **ナカジマ精工 口座残高** | **約3,505万円** |


---


*【第47話 へ続く】*


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