第十九話 【九度山】
日が暮れ、夜更けになった頃、信繁様が帰ってきた。お父上は一緒じゃないらしい。何かあったのかな?
「藍姫、前柴殿から文を預かった。読むといい」
そう言って信繁様は手紙を渡してきた。
家康に仕えることになったのか。もう会えないなんて。
しかも前柴家の秘密……私が未来人だとお父上は分かっていたのか。それでも尚、本当の娘として扱ってくれた。
なんとお優しい方なのでしょうか
過去に来て、お父上の娘となれたこと、嬉しく思います
どうかお父上が天寿を全う出来ますように
「大丈夫か?」
「問題ありません。お父上の愛情をしかと受け止めていただけです」
「そうか。藍姫、私にも家康からの命令があってな。高野山へ蟄居しろとのことだ」
「……信繁様とも離れ離れなのですか?」
「いや、そうならないように策は考えていてな」
「ほう」
「高野山さんの麓に九度山という所があるらしい。高野山さんは女人禁制だが、九度山はそれがない。そこに蟄居すれば、お前たちと一緒に居られる」
「なるほど!」
「だが、ひと月は高野山さんに居ないと怪しまれる。ふた月後に津之江城は解体される。それまでには間に合うだろう」
「ひと月の別れですね」
「そうなる。我慢できるか?」
「私は出来ますよ?信繁様が出来ないんでしょう?」
「お前な……そんな可愛い顔をして」
そう言うと、信繁様は口づけしてきた。
香乃さんや他の侍女たちも居るけど?恥ずかしくないの?
「皆様が見ておられますぞ!」
「私は気にしないが?」
悪戯に笑う信繁様。くそ、こいつやりよる。
「しばし、待っておれ。迎えにも来れないが、九度山で待っている」
「はい、お知らせが来たらすぐに向かいますから」
「うむ」
九度山か。観光しに行ったなぁ…
今の九度山はどんな感じなんだろう?未来では屋敷が寺?になっててあまり良く分からなかったから、なんだか嬉しいな。
でも、地球温暖化の未来でもかなり寒かったから今だとさらに寒そうだ。
寒いのは苦手だけど、信繁様と一緒なら大丈夫かな?
そうだ。信繁様と香乃さんに渡すプレゼント、九度山で作ってしまおう。都合がいい。
「どんな生活になるんでしょうね。少し楽しみです」
「きっと今と何も変わらないさ。私の父上が加わるだけだ」
「昌幸様ですか。お会いするのは初めてですね」
「優しき方だ。心配はいらないぞ」
「仲良くなれたら嬉しいですわ」
「すぐになれるさ」
こうして高野山行きが決定した。
私は二人の寝室へ。信繁様は食事を取ってから部屋にやってきた。
この日は寂しさを埋めるように、愛を確かめ合うように……私たちは身体を重ねた。
次の日、信繁様は高野山へと向かった。
二週間後、私の身体に異変が起き始めた。
朝食を取っていると、急に吐き気に襲われた。これはもしかして?と思い、香乃さんに伝えた。
「香乃さん……ちょっとお話が」
(珍しいですね。どうされましたか?)
「その……懐妊した気が」
(まぁ!なんと!!すぐに医者を呼んで参ります!)
香乃さん、明らかにテンション上がってる。
もし、妊娠していたら……推しとの子どもを……
やだ!!!!嬉しい!!!!!
ドタバタと廊下を走る音が聞こえる
部屋の襖が開けられた。まさかの医者まで走っておりました。
診断結果……やはり懐妊してました!!!
わぁーい!!
(急いで旦那様に文を出しましょう!)
「待って!」
(へ?)
「もうすぐひと月でしょう?そろそろ信繁様からこちらに来いと文が届くはず。直接伝えたいから今は…ね?」
(なるほど!名案です!そうしましょう!)
「香乃さん、嬉しいんだけどさ。もう少し静かに出来る?」
(はっ!私としたことが。舞い上がっておりました!申し訳ありません)
「大丈夫よ。嬉しい、喜んでくれてありがとね」
(もちろんです!姫様の幸せが私たちの幸せです!)
駄目だ。香乃さんのテンションが下がらない。
もう無視しておこう。笑
悪阻と戦いながらも二週間後、信繁様から文が届いた。いよいよ九度山へ出発である。今は冬なので、お腹を冷やさぬよう、腹巻をして準備万端だ。
信繁様、どんな反応をするのかな?楽しみだな。
津之江城を出発してから三時間後、九度山へ到着した。
やっぱり山の中だから京都より断然、寒い。
「藍姫ーーー!!!」
到着と同時にテンションの高い叫び声が聞こえる。
もうっ!旦那ってば、私のこと大好きなんだから〜
「会いたかったぞ!!」
ものすごい強さで私を抱きしめる信繁様。
まずい、お腹に衝撃が……!
(旦那様!お離れください!)
「ふぇっ!?」
「ごめんなさい、信繁様。一度、離れてくれますか?」
「藍姫……私のことが嫌いになったのか?」
勘違いして、目をうるうるさせる信繁様。
やだ、泣かないで。違うの、嬉しいことなのよ。
「違いますよ!やめてください、笑いが止まりません」
「私は真剣だぞぉ……」
泣く数秒前である
「本当に違います。信繁様にとって嬉しいことですよ?」
「私にとって嬉しいこと?」
「はい。実は二週間ほど前に懐妊していることが分かりました」
「はぁぁっ!?」
うるさい。笑
「本当か!?それは本当なのか!?そなたのお腹に私との子がいるのか?」
「左様でございます。故に、先ほどすごい強さで抱きしめられたので、驚いてしまって」
「あぁ、そうか!知らなかったとはいえ、すまない!お腹は大丈夫か?痛くないか?」
「大丈夫ですよ」
「そうかそうか、私が父親か……」
今度こそ、泣いちゃいました。
妊娠を泣いて喜んでくれる旦那って最高だよね。
「藍姫の夫として、父親として、私の父上や前柴殿のような素敵な男になるぞー!」
気合い十分でございます。
こうして見知らぬ土地での妊婦生活が始まったのである。