20,不死身の勇者
「ヴァンドゥ・ダクター……だと……!?」
ミリーは貴族として勉学に励んできた。
当然、歴史の学もある。
ヴァンドゥ・ダクターと言えば……【邪神傭兵】。
一〇〇年以上も前に世を騒がせた狂気の殺戮者だ。
戦場にふらりと現れては、その場にいたすべての人間を殺戮した男。
邪神の手下でもなければ辻褄が合わないとまで言わしめた残虐性の塊。
そして、ミリーの出身国の戦争に介入したのを最後にぷっつりと消えてしまった、ミステリアスな存在でもある。
つまり、ヴァンドゥ・ダクターが生きていたとして。
少なくとも齢一〇〇は越えているはずだ。
だが、小屋の屋根上で折り畳み式の大鎌を展開する少年は――たった今形容した通り、どう見ても少年。
しかし、成人でも持て余しそうな大鎌を構える姿は実に堂に入ったもの。
使い慣れている、熟練の雰囲気。悪鬼に棘鉄棒と言ったフィット感。
(……不死身……と言っていたが)
不老不死、だとでも?
「有り得ない。神の奇跡でも賜ったと?」
「最初はそうでしたよ。でも途中で剥奪されたので、それからは秘術で賄っています」
ヴァンドゥの白い瞳は、狂気の光を帯びている。
普段であれば、妄言だと断じるべきだ。
しかし、それではどう説明を付ける?
火球を受けた火傷や手首の傷が消えている事。
今まさに裂けた胸と腹を修復してみせた事。
変形変質の魔術を用いれば、人体を変形させる事はできる。
だがしかし、生体は基本的に魔力が循環しているため魔力が固着しない。つまり変形変質の魔術は一時的にしか作用しない。
傷を一時的に塞ぐ事はできても、完璧に修復する事など不可能だ。
だが、ヴァンドゥの体は完全に修復されている。
傷が戻る気配が無い。
明らかに、異質な肉体だ。
神術もそれを模した秘術も神代のロストテクノロジー。
それを現代でどうして?
と言うのは、考えるだけ無駄だろう。
すごく身近に神代のロストテクノロジーである呪術を使っている邪神がいる。
もしも本当に不老不死ならば、彼と同じく神代から生き抜いてきた者である可能性も有り得る。
(しかし、どうやってそんな輩を雇ったのやら……下等な連中は意味不明な所で凄まじいな!? どこまで私が憎いんだ……!?)
ヴァンドゥの言の虚実はさておき。
その言を完全に否定できないようなぶっとんだ輩である事は事実。
今はあれこれロジックを並べ立てるより、その対処をすべきだ。
ミリーはその指に魔力光を灯す。臨戦態勢。
「舐められたものですねぇ」
「ッ」
ヴァンドゥの声は、後方。
「ちゃんと戦って殺す、そう言いましたが」
――邪神傭兵。
数多の戦場で途方も無い大虐殺を繰り返してきた狂戦士。
ただの「ゴミ掃除」ではなく「戦い」として動けば、そのパフォーマンスはまさしく歴戦のそれ。
蚊虫を払うのと敵を殴り殺すのを、同じレベルで実行する者などいない。
先ほどミリーへ雑に飛び掛かってきた時とは、訳が違う。
今のヴァンドゥは、本気でミリーを殺しに来ている。
多少護身の心得がある程度のミリーでは、躱せる道理など無い。
身体強化の魔術に頼ればそれなりに健闘できるが、魔文を刻む猶予も当然無い。
ミリーが声に反応して振り向く前に、大鎌が振――
「何してんだ、おまえ」
大鎌の刃を掴み止める、黒鉄の大爪。
まるで黒い疾風のように森を駆け抜けてきた、黒鉄の巨体。
黒いフードの下で、紅い瞳がギロリと光る。
「おっと」
ヴァンドゥ、咄嗟に大鎌を手放して後退。
直後、黒鉄の大爪が大鎌の刃を握り潰した。
「……人間、だが、妙な雰囲気だな」
大爪で握り込んだ破片を雑に捨てながら、黒鉄の巨体――ゼレウスが訝しむ。
だが、今はそんな事より――
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ、ありがとう。ゼレウス」
ゼレウスは肩越しに振り返って、ミリーの状態を確認。
怪我は無いようだ、とひと安心して、すぐに視線をヴァンドゥへと戻す。
「ゼレウス……? ほう、もしかして、噂の邪神ですか?」
「おう。良い噂じゃあねぇみてぇだがな。確かにオレは邪神ゼレウスだ。おまえは?」
「ヴァンドゥ・ダクター」
「……あぁ?」
ヴァンドゥの名前を聞いて、ゼレウスは怪訝な声をあげた。
「何であのイカれ野郎の名前なんざ名乗っていやがる? 縁起が悪ぃだろうに」
「君、邪神傭兵を知っているのかい?」
ゼレウスは神代の頃からこの森で暮らしているはずだ。
故に、人の世の事情には疎い。
だのに何故、一〇〇年前に人の世を騒がせたヴァンドゥの名を知っているのか。
「邪神傭兵……? なんだそりゃあ。オレ、あんな奴と何の関わりもねぇぞ」
ヴァンドゥの名前は知っていて、邪神傭兵の通り名は知らない。
世間的な認知度で言えばむしろ逆は有り得るが……。
一体、これは、どう言う食い違いなのか。
「別に、縁起うんぬんで名乗っている訳ではありませんよ。ヴァンドゥ・ダクターは僕の本名です」
ゼレウスの疑問に答えながら、ヴァンドゥは背中から新たな武器を噴出させた。
一本の剣だ。またしても少年が扱うには大振りだが、構えは様になっている。
「あぁん……? …………ああ、成程。どっかのバカが、封印を解いたのか」
「はい。その通りです。理解が早くて良いですね」
「お、おい。君。一体、何の話をしているんだい? 封印……?」
「……ヴァンドゥ・ダクター。あのクソガキは――」
ゼレウスが、拳を構える。
明確な臨戦態勢。
魔獣を軽くあしらえるゼレウスが、警戒するほどの相手である事の示唆。
「神様に選ばれた勇士。勇者って奴だ。元、だけどな」
◆
僕は神様に選ばれました。
悪い奴を殺せと神託を受けたのです。
その日から僕は、神様の恩寵――神術により奇跡の体を手に入れました。
巫術を授かる法師や巫女なぞよりも更に上の待遇。
神様直々に力を分け与えてもらう者……そう、【勇者】です。
……最初の頃は、よく失敗しましたっけ。
でも、勇者である僕は何度だってやり直せる。
僕は死なない。
正義を為し続ける限り。
悪い奴を殺して、殺して、殺し続けました。
でもある日、神様は妙な事を言い出したのです。
――やり過ぎだ。
意味がわかりませんでした。
僕は当然、異議を唱えましたが、聞き入れてもらえず。
僕は奇跡の体を剥奪されました。
勇者ではなくなってしまったのです。
おかしい。おかしいですよ、神様。
……ああ、きっと、神様は日々我々を見守り管理する業務の忙しさから、正気が濁ってしまわれたのですね。
仕方がありません。
神様だって、疲れて適切な判断ができなくなる事はあるでしょう。
僕は、独学で奇跡の体を再現しました。
元となる研究素材として、僕の肉体に残った奇跡の残滓がありましたからね。
割かし、簡単な話でしたよ。
神術の模倣――いわゆる、秘術と呼ばれるものです。
秘術によって僕は奇跡の体を取り戻し、正義を為し続けました。
正義を為し続けていれば、きっと神様も正気を取り戻してくれる時がくるでしょう。
そうすれば勇者に戻れる。その日を待ちました。
――しかし、待っていたのは、封印処置。
神様はなんと、僕を封印したのです。
どうやら、神様の疲労は深刻なものだったようです……やれやれですね。
僕の封印が解かれたのは、それから悠久の時が流れてからでした。
神殿を荒らす不届き者が偶然に解いたようでした。
感謝はしましたが、無論、そいつは殺しました。
そして当世について調べて、愕然としましたね。
僕が活躍していた時代は神代と呼ばれ、今となっては遥か昔の事。
神々は神代の終わりに、異星より来訪した名状しがたき侵略者を迎え撃つため、この星を発って未だ帰らないと。
ですがまぁ、いつか帰ってこられるでしょう。
その時に、今度こそ見直してもらうためにも。
勇者として、復権を果たすためにも。
悪い奴らを殺し続けましょう。
いつの時代も人は変わらない。
どころか、神様たちがいなくなった事で酷くなっていますね。
戦争戦争また戦争。
ろくでもない。自分たちの国家を発展させるために他者を傷つけるなど、当然、悪!
皆殺しにしなきゃ、ですね♪




